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10 歓待

 午後、仕事を終えて帰宅し、ルイーズが自室で明日の移動販売の品物のリストをチェックしていたら父と話している聞き覚えのある声がした。聞き間違いのない声だ。


 どうやら明日からの移動販売の護衛はローランドらしい。なんていうことか。窓からそっと下を覗くと、ローランドがいい笑顔で父と話している。


(なんで?なんで封印した途端に現れるかな)


 そんな気持ちで眺めていたら父が夕飯を食べて行けと誘っていた。ネールまでもが。


(なんでそうなる)


 結局、ローランドは断れずに食べていくことになった。慌てて頭の中で作り置きに何があるか思い出す。二つ三つは保存食があるはず。そこまで考えて急いで台所に向かった。


 台所でネールがいい笑顔で

「傭兵さんが一緒に夕食を食べることになりました」と言う。「うん、知ってる、聞いてた」と答える自分をネールが観察してるような気がするのはなぜか。


「今夜は魚介の白ワイン煮でしたけど、それだけでは足りないのでルイーズ様の保存食をお出ししましょうね」


 ルイーズは断る理由を思いつかなくてぎこちなくうなずいた。



 ローランドは気持ちの良い食べっぷりだった。大きく口を開けて美味しそうに食べる。どんどん食べる。(この人はこんなふうに食べるんだな)と思って見てしまう。が、目は合わせられなかった。


 そんな自分をローランドが訝しげな顔で見ていることは視界の端で気づいているが、まさか「あなたのことを諦めるために封印しましたので」と言うわけにもいかず、黙々と夕食を食べた。



♦︎


 夕食の前のこと。


 ローランドは手紙を出した足でラカン商会に挨拶をしに行ったのだが。帰ろうとしたらマチアスに声をかけられた。


「ローランドさん、良かったらうちで夕食を食べていきませんか。ネールとルイーズの料理は美味いですよ?」

「いえ、もう帰りますので」

「帰っても一人なんでしょ?いいじゃないですか」


 ビアンカのことは知れ渡るようにわざと酒場で愚痴をこぼしてあるから、マチアスが知っていても当然だが、どうしたものか。


「傭兵さん、どうぞ食べていってくださいな」


 声の方を見ると今朝の老女だ。笑ってこちらを見て、素早く口に人差し指を当てた。やはりこの人はただの老女じゃない。


「はあ。それでは遠慮なく」


 そして今、ローランドはテーブルに並べられたご馳走に驚いている。どうやったら短時間でこんなに料理が作れるのか想像がつかない。


「うちのルイーズは保存食を作るのが得意でね。砂肝のニンニクオイル煮も、コーンドビーフも、キャベツの酢漬けも、ルイーズが作り置きしていたものですよ」


 分厚く切られたコーンドビーフは柔らかくてスパイスが贅沢に使ってあった。ナイフを当てるとホロリと肉の繊維になって崩れる。口に入れれば肉と脂の旨みが口の中に広がった。砂肝はザクザクの歯応えで、ニンニクが効いていて食が進む。


 それだけでも十分だったのに、今夜のメインは白身の魚とムール貝とイカを白ワインで煮た大皿だ。


 ドンと盛り付けられた魚介はシンプルな料理なのに、ほっくりした白い身もぷりぷりの貝も風味が豊かで食べ飽きない。キャベツの酢漬けをこれらの合間に食べるとテーブルの上の料理を際限なく食べてしまいそうだ。


「どれも美味いです」

「そりゃよかったです。やっぱり若い殿方は食べっぷりが気持ちいいこと!ねえ、ルイーズ様」

「ええ」


 挨拶した時からルイーズの顔が硬く、目も合わせない。


(俺、いつの間にこんなに嫌われたんだ?)


 いくら考えても思い当たることがない。なのでとりあえず今は料理に集中することにした。


「夕飯はいつもどうしてるんです?」


 マチアスがさりげなく聞いてきた時、皆の動きがほんの一瞬止まった。


「食事は全部外で食べるか、買って帰って食べています。一人だと材料を使いきれませんし、料理は面倒で。さっきなんかお茶を飲もうとしたら茶葉が切れていて白湯を飲んでました」


 笑ってもらおうとして白湯のことを話したのに、全員がなんとも言えない顔になったのでローランドは慌てた。全員で『ドブに落ちた子犬』を見るような目でこっちを見るのはやめてほしい。


「ローランドさんは独身なの?」


 アランが無邪気に聞いてきて、今度は他の四人が全員、自分の皿を見つめて食べ出した。


「んー。以前は一緒に暮らしてた人がいたけど、今は一人だよ」

「離婚したの?」

「アラン、失礼だわ。やめなさい」


 ルイーズが硬い声で止めた。


「あ、いや、元々結婚はしてなかったんだ。いちいち説明するのが面倒だから夫婦ってことにしてただけで。彼女は自由な人だったから、今もどこかで楽しく暮らしていると思うよ」


 次官には「新しい嫁が不要ならビアンカのことで何か聞かれたらそう言え」と言われている。それにビアンカのことに関しては本当だった。


 彼女は自由な性格で、間諜の仕事を楽しんでいた。今は元気に貴族の愛人を演じていることだろう。ローランドにとってビアンカは美しくて怖い先輩以外の何者でもなかった。


 ビアンカとの関係を説明した途端に大人たち全員の表情が明るくなってローランドは戸惑う。


 マチアスもコズモもネールと名乗る老女もやたらに笑顔で料理やワインを勧めてきた。強張っていたルイーズの顔も急に柔らかくなっている。


(なんだ。どうした。ビアンカはそんなに評判が悪かったのか?)


「いえ、残念ですが。夜遅くに倉庫の見回りの仕事があるので、酒を飲むわけにはいかないんです」

「あらまあ、働き者ですこと。では旦那様、作りすぎた料理はローランドさんのお土産にしても?」

「ああ、たくさん持たせてあげなさい」

「いや、もう十分ご馳走に……」

「若い人が遠慮してはいけませんよ。大丈夫、腐りにくい物だけにしておきますからね」


 ネールがどんどん食べ物を小ぶりな木箱に詰める。


 やがて、お土産を下げ満腹で帰る道すがら、ローランドの頭の中にたくさんの疑問符が飛んでいた。


(いったいなんで皆の雰囲気が変わったんだろう?そしてネールは何者なんだろう)


 ビアンカがいたら「このうすらぼんやりが」と罵られてるな、と苦笑しながらローランドは家へと向かった。



♦︎



「白湯って!」


 布団の中でルイーズは夕食時の会話を思い出していた。一人だけの侘しい風景が見えるようだった。白湯はないだろう、白湯は。茶葉くらい買い置きしておけばいいのに。


「違う違う、そこじゃなくて」


 ローランドは結婚してなかった。ビアンカさんにも未練は無いような口ぶりだった。ずっと王都でビアンカさんを探しているのだとばかり思っていたのに。悩んでいたあの時間は勘違いに使っていたのか。


「そっか。ローランドさんは名実ともに一人なのか」


 やがて眠気がやってきた。明日からの仕事がやたら楽しみになった。明日は何を着て行こうか。いつもなら動きやすさ最優先の服だったが、少しはおしゃれをしてもバチは当たるまい、と思いながらルイーズは眠りの海に沈んだ。




明日は昼の12時に更新予定です。朝、人が来るので最後の「とんでもない間違いがないかの確認」ができないもので。

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