第3話
「あの、こんなこと聞いちゃまずいかもなんですけど……、チャンさんってゲームマスターとかそんな感じの偉い人なんですか?」
「……はい?」
サトウアキラと一緒に道を歩いていたところ、彼がいきなりよく分からないこと言い出した。げーむますたー? 偉い人? 長く生きてきたけど、そんなことを言われたのは初めてだ。
「げーむますたーってなに? それに、私全然偉くはないよ。賢いけどね」
「あ、そうなんですね……。いえ、気にしないでください。俺の勘違いというか、思い違いだったみたいです」
「あ、そう……」
なんかはぐらかされた感じがしたけど、まあいいか。特に重要そうな話でもなかったし。
それにしても空も雲もいい感じの綺麗な空で、日差しも暖かい気持ちのいい日だな、なんて呑気に歩いていたところ、先ほど私の手をやってくれた豚が再び現れた。それも2匹。
「あ、チャンさん! ここは俺に――」
「こんにゃろー! さっきはよくも私の手を!」
サトウアキラがなんか言ってたけど気にせず遮って、私は魔法を繰り出した。魔法の中では1番簡単な部類に入る火を出す魔法の、そこそこ威力の高いやつを。
火を出す魔法は、空気中のふわふわをとりあえず凝縮して、適当に擦り合わせれば簡単に火が出る。それに、凝縮すればするほど、擦り合わせれば擦り合わせるほど温度は高くなるし、量を増やせば火も大きくなる。両方を増やせば威力が上がる、非常にお手頃な魔法なのだ。
私の繰り出した火に包まれた豚たちは、3秒もしないうちに跡形もなく燃え尽きてしまった。
「はっはっはー! 豚さんたちもこれで懲りたかな。まったく、2度目はないんだよ2度目は!」
そう言いながら豚が燃えてたところへと歩いて近づくと、やっぱり銀色の変な石みたいなやつが2つ転がっていた。
さっきのと比べてみると、大きさも、重さも色も模様も硬さも同じだった。本当にこれは一体なんなんだろう……。
もしかしたらそのうち食べれるようになるかもしれないし、ということで私はそれらをポケットへとしまった。
「それじゃあ行こっか」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「あ、はい、なんでしょう」
急にサトウアキラに呼び止められた。振り返って見てみれば、驚いたような興奮してるような、なんとも言えない顔をしていた。
「ちゃ、チャンさんって魔法職だったんですか!? というか、最初から聞きたかったんですけどなんですかその服! それにその髪も! 魔法だってめちゃくちゃ強いしキャラコンうますぎませんか!? なんですかあの炎魔法! 強過ぎでしょ! 絶対チャンさん中の偉い人ですよね! そうですよね!?」
「……は?」
こいつ、もしかしたらヤバいやつなのかもしれないと本気で思った。さっきもそうだったけど、突然早口に色々捲し立ててくるのは一体なんなんだろう。
それにやっぱ、よく分からないこと言ってるし。
「魔法職ってなに? それと、中の偉い人って、どこに中と外があってどう偉いのかよくわからないんだけど……」
「……えっと、魔法職ってのは主に魔法を使う人のことですけど……。……あ、分かった。分かった! チャンさん、中の偉い人で初心者騙りをしてるんですね! それなら色々納得です! あ、でもバレたからって騙りは辞めないでいいですよ! 俺はそういうの大好きなので!」
「……へー、そ、そうなんだ……。それじゃ行こっか」
「はい! 行きましょう! 次の街へ!」
まあ、なんだ。きっと多分、そのうちこの意味不明早口にも慣れる時が来るかな。きっと多分いつかそのうちね。
それから10分くらい歩いて、次の街へとついた。
その町並みは、私がさっきまでいたお肉を焼くのが上手いおばちゃんがいる街と同じ感じだった。ただ、あっちの街は建物の壁の色が橙色っぽかったけど、こっちは白い。それと、街の周りを囲む塀がかなり頑丈そうだ。
あと、街の人口もかなり違うみたいだ。
「なんか人が少ないね」
「そうですね。まだ始まって2時間ほどしか経ってませんし、多分この街は僕たちが1番乗りですよ」
「……そ、そうなんだ?」
始まって2時間とか、この街は1番乗りとかよくわかんなかったけど、まあ多分人が少ないのは今だけってことだろう。
「それで、地図はどこで?」
「ああ、えっとちょっと待ってくださいね」
そういうとサトウアキラは突然手を上げて、空中の何もないところで動かし始めた。
……ああ、きっと彼は祈祷師とかそんな感じの人なのかもしれない。こう手を動かして祈ると色々なことが分かる、みたいな。うん、きっとそうだ。腰についた剣はきっとただの護身用だろう。
「お待たせしました、地図は道具屋にあるみたいです。案内しますね」
「ああ、お願いします」
いや、まあ地図なんて道具屋にあるのが普通だし祈祷するほどのことでもなかったのでは……、とは思ったものの、もちろん口にすることはない。
長年の人生経験で学んだことのひとつ、人間の心は傷つきやすい。
サトウアキラに付いていくと、いかにも道具屋って感じの店が見えてきた。店の外に剣やらロープやらが並んでいるのだ。
それに建物もちゃんと石造りで綺麗な感じだ。どこかのボロい道具屋とは大違いだった。まあ、ボロい道具屋も嫌いじゃないけどね。
「ここですね。地図は銀コイン10枚か、銅コイン50枚で買えるらしいですよ」
「銀コイン……? あ、これのことかな」
そう言って私はポケットから3つの硬いやつを取り出した。
「あ、それです。……って、なんでそれ持ててるんですか?」
「なんでって……別に、普通じゃない?」
「いや、コイン系はデータとして数値化されてるんでアイテムとして具現化はできないと思うんですけど……」
データがすうちかでアイテムがぐげんか? 私ちょっと難しい言葉は分からないんですよ。
「あ、そ、そうなんだ。豚を倒したら落ちてただけだから私には何が何だか分からないかな」
「豚を倒したら落ちていた……? 普通は報酬として自動的にアイテム数値が増えるだけなんじゃ……。あれ、でもこの人はGMだからなんでもありなのか……。すごいなGM……」
「そ、そうだね」
早口ではないけど、よく分からないことを小声で話し始めたので適当に相槌を打っておく。人間、なんでも承認されると嬉しいものなのだ。長年の経験でそう学んだ。
「あ、それで私3枚しかないから買えないんだけど……」
「ああ、それなら俺が買いますよ。さっき剣振る練習しながら豚狩ってたら結構銀コイン貯まったんで。仲良くしてくれたお礼ってことで」
そう言いながら彼は再び空中で手を動かし始めた。それに合わせて、道具屋の店員――サトウアキラよりは年上であろうおじさん――が話し始めた。
「いらっしゃい! 地図は銀コイン10枚だぜ!」
「……」
「毎度あり! また来てくれよな!」
店員のおじさんがそういうと、同時にサトウアキラも祈祷を辞める。いつのまにか彼の手には、筒のように巻かれた地図が握られていた。
「え……。言葉を話さずに祈祷で買い物したの……? それに、その地図もいつのまに……。祈祷ってすごいね……」
「……? とりあえず、はいこれ。多分隣町までの道なら乗ってると思います」
ただの早口祈祷師だと思ってたけど、サトウアキラは本当にすごい祈祷師のようだった。私が感心していると、彼は地図を私に手渡してきた。
「隣町まで……? 隣町に行ったら何かあるの?」
「えと、隣町に行ったらまた地図が買えます。それで、その地図には上の階層に繋がるダンジョンの場所が書いてあると思います」
「へー……」
彼が言うことを理解できないのにはもう慣れてきたので適当に流す。
とりあえず地図を開いて見てみる。が、その地図は私の知らない形態の地図だった。
等高線や経緯度線が書かれていない、ただ道だけが書かれた地図だった。道の形から現在地を特定するのは、流石の私でもできない。道の形なんて、そんなのいちいち覚えてないし。
それに、この街の名前も聞いたことのない名前だった。
「リアナ街? 聞いたことない街だ……」
「すごいですよね、この第1階層だけでも始まりの街を除いた22の街全てに名前が付けられてて、それが10階層まであるなんて。ほんと、運営の本気度が目に見えるって感じがします」
「そ、そうだね……」
階層とか運営とか、またしても意味はわかるけど理解できない言葉が混じっていた。まあ、そういうのは聞き流せばいいか。
それにしても、
「お腹空いた……」
さっき、9枚ものお肉食べたばかりだというのに、そこそこ大きな魔法を使ったせいかもうお腹が空いてきた。
一応これまで幾度となく数日断食を繰り返してきたため、空腹に耐えることには慣れてはいるけど。サトウアキラと話していたせいか、意味もなく口から言葉が漏れてしまった。
「あ、もう12時過ぎてるのか……。それじゃ、一旦俺は飯落ちしますね!」
「ええ、うん、そうだね」
「30分もしないで戻ってこれると思うんで、よかったらチャンさんもまた来てくださいね! 待ち合わせはこの街中央にあるギルドってことで! それじゃあまた!」
「街の中央のギルド?」
そういうとサトウアキラは、突然消えた。
「……え? あれ、サトウアキラ?」
彼の名前を呼んでも、返事が返ってくることはなく、ただ私の声が静かに響くだけ。無情にも、閑静な街の中に私だけが取り残されてしまったのだった。