表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

1話

 20XX年、12月15日の朝4時半。

 寒さに体を震わせながら、俺は家電量販店の扉の前へと並んでいる。何気、初めての開店前待機だ。理由は簡単、今日発売のゲームを買うためだ。

 VRMMORPG、『Liberty Story』だ。

 田舎だと販売店が少ないから早めに並ばないとと危惧してたけど、流石に早すぎたようだ。店の前には俺しかいない。

 でもそんな危惧をするほどに、LSは大作なのだ。


 2年ほど前に行われたβテストに参加したユーザー10万人のうち、8万人以上が最高評価のレビューをしている。それ以外の人も、販売価格以外で問題点を上げてる人は、誰一人としていなかった。

 確かに、販売価格6万円弱は高いと思う。けど、それでも買いたいと思えてしまうほどの魅力がそのゲームにはあるのだ。




 家に帰り、ゲームをセットし椅子に座り、VRセットを取り付ける。時刻は午前9時12分。サーバーに接続できるようになる時間は午前10時だ。キャラメイキングやデータダウンロードの時間を合わせても間に合うくらいだろう。

 自分の顔を撮影して読み込み、キャラメイキングを簡単に済ませた。本当はこのキャラメイクもLSの魅力の一つだ。

 50万通り以上のパーツの組み合わせがあるのに、そこからさらにマイクロミリ単位でパーツの位置や角度の微調整が可能なのだ。

 人によってはキャラメイクに1、2日かける人もいるだろう。けど俺は、とにかく早くゲームをプレイしたいため、画像読み込みから適当なパーツを自動選択してもらい、少し調整するだけに済ませたのだ。


「名前は、そうだな……。普通に晶でいっか」


 それにありふれた名前を使ってるのって古参っぽいよな、なんて邪な考えを抱きながら『アキラ』と入力した。


 データダウンロードも終わり、時刻は9時54分。俺はβテストを受けたからチュートリアルも必要ない。すぐにゲームを始められるだろう。

 LSのメインテーマ曲を聴きながら、永遠にも思えるほど長い6分を過ごした。

 余談だが、LSは音響も神がかっていて、動画投稿サイトに上げられたOPは神曲と多くの人に称され、2年で5000万再生以上再生されているのだ。

 どの要素においても他に追随を許さないほどのクオリティを誇っている。LSはそんなゲームである。




 OPが止まり一度目の前が真っ暗になる。そして数秒後、再び明るくなったのだが、あまりの明るさに俺は目を細めた。

 明かりが収まり目を開けて見ると、そこには別の世界が広がっていた。


「すっげー……」


 思わず声が漏れた。

 2次元を感じさせない澄み渡った青い空に、リアルすぎるレンガ造りの街並み。細かい一つ一つの影までが精密に表現されている。

 βテストの時もグラフィックの良さは感じていたが、それよりもさらに上がっている。頭にあるヘッドホンとVRのヘッドセットの感覚がなくなれば、本当に地球とLSの区別がつかなくなるかもしれないと思えるほどだ。

 これから始まる冒険に、ゲームを買う前よりも、ゲームを始める前よりも、胸が高鳴るのを感じた。


 始まりの街で、俺は初期資金でありきたりな剣を買い、そのまま街を出た。

 街には、俺以外にもかなりのプレイヤーがいたが、日本人はぱっと見いなかったため特に話しかけることもしなかった。

 このゲーム、便利なことに自動翻訳機能付きで、他の言語を自分のデフォルメに設定した言語に自動で翻訳してくれるのだ。だから、そこらにいる外国人に話しかけてフレンドになることもできるんだけど……。

 なんとなく最初のフレンドは日本人がいいかなー、なんて理由で結局俺は誰とも話すことはなかった。あ、店員さんとは話したけどね。




 剣を振る練習をしながら、俺は次の街へと続く街道を歩いた。

 LS専用のコントローラーはβテストの時にはまだなかったため、操作に慣れるのにそこそこ時間がかかってしまった。慣れた、といってもなんとか戦える程度にだけれど。

 前進や後退、戦闘時の技やジャンプまで両手のコントローラーで行うため、かなり複雑で難しいのだ。

 特に魔法職は、使いたい魔法によってコマンドも違うらしくさらに複雑だ。

 その点、俺の使う剣士用コントローラーは、薙ぎとガードの2つのボタンのみ。後はコントローラーを傾けて操作するだけ。実に簡単だ。まあその傾ける角度が結構シビアで難しかったりするんだけど。


「ほっ、とりゃっ! そいっ!」


 剣を振りながら街道を歩く。次の街まではおよそ10キロほど。歩いて1時間弱くらいで着くだろう。

 走れば30分程度に短縮することもできるけど、べつに急いであるわけでもないし、剣振る練習もしたいし。

 それになにより指が疲れてしまう。歩くのはボタン長押しで済むけど、走るのは歩くボタンを連打、それもそれなりの速さで連打しなければならないのだ。

 だから戦闘中に走って逃げたり、ダッシュで回避したりするときも、連打しなければならない。ここらへんはやはり数やって慣れるしかなさそうだ。

 大変そうだけど、ゲーマーとしての腕がなるぜ!

 ってことで剣振りながら歩いていたんだけれども。


「いったーい!」


 と、突然前方の少し遠くの方から声がした。それも女の子で、さらに日本語の。

 同じ日本人がいることに対する期待と、俺よりも早くに進んでいる人がいることに対する期待とで、俺の足は自然と(実際には俺の指の連打速度が)早くなった。


 俺は小走りで、声のした方に向かう。

 街道は若干曲がっているため正面遠方が見渡せる訳じゃないけど、声の位置的に多分街道上にいるはずだ。

 それに痛いと言っていたってことは、多分何かしらのダメージが入ったんだろう。俺も、ゲーム上の出来事だから痛くなんてないけど、思わず言ってしまうことあるし。


 1分ほど走ると、蹲っている白い人影を見つけた。


「あれか……」


 指の疲れも忘れより一層、連打が早くなる。

 そしてそれに近づけば近づくほど、その異様さに気付いてくる。


 まず格好だ。始まりの街で服を買うことはできるけど、あってもせいぜい3種類くらいだろう。自分で作ればそれだけではないけど、服を作るためにはスキルが必要だ。だから初めてすぐに服を作ることなんてできない。

 なのに前にいる人は、真っ白な、まるでドレスのような服を着ている。

 男も女も、最初の服装はTシャツに長ズボン、そこに胸当てや肘当てなんかがついたような、まさに駆け出し冒険者って感じの服だ。俺も服は全くいじってないためそうなっている。

 だから、剣だけを買って街を出た俺よりも先にここまで到達しているのにその服装はまさに異常だった。


 そして、その髪の色だ。

 真っ白に若干の水色を加えたような、非常に薄い銀色のような長い髪。

 女性の髪型にどんな種類があるのかは分からないけど、その色は明らかにおかしかった。

 髪色に選べる12色に、金色はあれども銀色は入っていない。そこから色の濃・普・薄の選択ができるけど、黒から薄を選んでも、白から薄を選んでも銀にはならないのだ。

 課金したら、もしかしたらRGB値を好きに選べるようになるのかもしれないけど、それでも課金して俺より早くここまでこれるのは異常なのだ。


「あのー……、大丈夫ですか?」


 さらに近づき声をかけた。しかしそこで、再び疑問な点が生まれた。

 彼女に標準を合わせて決定ボタンを押しても、名前やHPなどの彼女の情報が表示されないのだ。

 βテストの時はこれでできたのだから、今回もできると思ってたけどもしかしたら操作が変わったのかもしれない。もしかしたらバグなのかもしれない。

 そろそろ昼ごはんを食べる時間だし次の街まで行ったら落ちる予定だ。そこで、運営に問い合わせてみよう。

 そんなことを考えていると、徐に彼女は顔を上げた。そして俺はその顔を見て、何も考えることができなくなった。


「はい、大丈夫ですけど、あなただれですか?」


 これはゲームだ。

 ゲームの中の世界で現実ではない。そんなことはわかってる。でも、そんなことを忘れてしまえるくらいに、彼女は可愛かった。

 顔なんて、元から与えられたパーツを思うように配置しただけの作られたものだ。それでも俺はその顔に見惚れてしまった。

 それくらいに、彼女は美しかった。

百合な関係の中に男は必要ないけど、百合な作品にも男は必要だと思うんですよね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ