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第0話

よろしくお願いします。

 私はかなり長い時間を生きている。

 人間が、私には理解できないほどにに発展し、くだらない理由によって起こった争いの果てに滅びかけ、そして再びある程度復興した。そんな人類の過程の全てをこの目に望んだくらいには長く生きている。


 まあ生きているというか、死ねないだけなのだけど。

 何度も自ら命を断とうとしたが、死ぬことはできなかった。首を刎ねたり、高いところから落ちたり、全身が溶けるほど熱してみたりしたけど、死ねなかった。

 古代兵器の超火力で、体全てを一瞬で灰にしてもらったこともあったけど、死ねなかった。意識を失って何日か経つと、全部元どおりになっているのだ。

 何をしても死ねない、ただ痛いだけ。そんな不利益にしかならないことはすぐにしなくなった。

 生物は本能的に死を恐れるというけれど、私は早く死にたかった。生きてても、もう何も面白いこともなく、ただただ退屈なだけだから。


 でもそんな、長く生きすぎている私にも、たったひとつだけ楽しめることがあった。


「おばさん、こんにちは」

「あらいらっしゃい、お好きな席にどうぞ」


 それは、食事だ。

 こんな不死身の体でも理不尽なことにお腹は空く。昔に一度だけ、餓死できないものかと何日も断食したことがあったけど、ただ酷く空腹を感じ苦しむだけで死ぬことは無かった。


「嬢ちゃん、今日は何にするんだい?」

「うーん、じゃあ美味しいお肉で」

「また肉かい? ほんと肉が好きだねえ」


 厨房に1番近いカウンター席に座り、食事を頼む。

 食べるならなんでもいいと思ってた時期もあったけど、どうせ食べるなら美味しいものを食べようと始めた美食巡り。いつしかそれだけが生きがいとなっていた。

 美味しいものを食べると、こんな私でも幸せになれる。実に、素晴らしい。


 肉の焼ける音が厨房から聞こえてくる。非常にお腹が減る音だ。

 最近は、食べる幸せを大きくしたいからと、何日か断食してから食事するようにしている。

 けどこの匂いを嗅ぐと、そんなことしなくても幸せ大きくなるのでは、と思ってしまう。けど本当はそんなことはなく、何日か食べないで食事した方が、幸せは大きくなる。前に一度経験済みだ。


 断食をすることで美味を味わう幸せをより感じることができる。それは死なない体で得をしてると思える、自分にとっての唯一の長所だ。


「はいよ、コクシギューのステーキだ。ちゃんと切って食べるんだよ」

「うん、ありがとう」


 この国の特産物の一つである、コクシギュー。上質な餌で育てられた、赤身と油のバランスが丁度良すぎるギューだ。もちろん味も美味すぎる。

 手を合わせ、いただきます、と一言口ずさみ、フォークとナイフを握る。

 フォークでお肉を抑えながらナイフを入れ、一口サイズに切り分ける。お肉の香りがより一層広がり、口からよだれがこぼれそうになる。

 一片のお肉をフォークで取り、口へと運ぶ。そして咀嚼。瞬間、口へと広がる旨み。舌に、頬裏に、口全体にその旨みが染み込んでゆくのを感じる。

 顔がどんどん緩んでいくのが自分でも分かる。でも止められない。


「嬢ちゃんはほんとに、いつもうまそうに食べるねえ」

「だって、ほんとに美味しすぎるんだもん」

「はは、そりゃよかった」


 おばさんの笑い声と、お肉にやられふにゃふにゃになった自分の声が聞こえる。ほんとはカッコいい自分でいたいんだけど、これは無理だ。

 ただひたすらに、お肉を口へと運ぶ。脳が、体がその味を求めてしまっている。止められることなどできない。

 私をこんなにしてしまうなんて……、コクシギュー恐るべし、なんて馬鹿なことを考えながらお肉を食べた。


 皿の上にあった2枚の分厚いステーキも、気付けばなくなっていた。自分で食べただけだけど。


「おばさん、あと3枚おかわり」

「ちょっと嬢ちゃん、そんなに食べられるの? それにお金だってけっこうするわよ」

「大丈夫、なにも問題ない」


 そういうとおばさんは、仕方ないわねえと言って厨房へと向かっていった。

 私は客でおばさんは店員だから注文を聞くのは当たり前なんだろうけど、おばさんのおかげで私はお肉を食べられてるのだ。

 私は心の中で、名前もなにも知らないおばさんに感謝した。






 あの後も再びおかわりをもらい、結局8枚のステーキを食べた私は、お金を稼ぐために道具屋へと向かった。

 お金を稼ぐといっても、戦ったり掃除したり、そんなめんどくさい労働はしない。魔法で作り上げた高純度の水晶を売り払うだけだ。

 先日、道端に落ちてた手頃な石を持ち帰り、半日ほど魔法で弄って作った水晶。これで剣だったりスコップだったり、色々な道具を作るらしい。純度が高いほど強度も上がるので買取価格も比例して上がるのだ。


 大通りを30分ほど歩き、ようやく道具屋へとついた。食後の運動といえば聞こえはいいけど、実際は超辛かった。飛べば楽だったんだろうけど、流石に人目があったため憚った。


 築50年くらい経ってそうな古い一件の家屋が道具屋だ。改装しないのかと以前聞いたけど、この古びた感じが好きなんだとか。よく分からない。

 ここの店で売った水晶はこれで10個目になる。物価的にそろそろ移動した方がいいかな、なんて考えながらドアを開けた。


「こんにちはー」

「えっ!?」

「えっ、な――」


 なに、なにかあったの、という言葉を発する前に私は光に包まれた。


 初めは多少パニックになったけど、1分もすれば落ち着いた。

 辺りを見回してみる。上下左右、前も後ろも全部が真っ白だ。ふわふわとした浮遊感が続く謎の空間に、私は取り残されていた。


「おーい!」


 声を上げてみても返事はなく、どこか遠くの方で自分の声が反響するのが少し聞こえてくるのみ。

 一体ここはどこだろう、と考えを巡らせてみる。私は道具屋に入ったはずだったのだけれども。もちろん、道具屋の中はこんなんじゃない。

 気になるのは、光に包まれる直前に聞こえた驚いたかのような声だ。多分あれは、店主の声だったはず。店内にもたしか店主しかいなかったと思うけど……。

 目を閉じて考えてみても、浮かんでくるのは普段の店の内装だけ。店に入る時に別のことを考えてたからよく思い出せない。

 うーん、と唸りながら考えていると、不意に地面へと降り立った。

 驚いて目を開けてみると、そこは道具屋の中なんかではなく。


 辺り一面に草原が広がっていた。微かに吹く風は暖かく、心地の良いものだった。

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