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かえらない  作者: 森永盛夏
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第七話

清美さんは、その前に。と話を変えた。

「みんなは、宮沢賢治さんの書いた『どんぐりと山猫』ってお話を知ってるかしら。」

俺含めここにいる殆どが首を傾げたことだろう。当時の俺からすれば、宮沢賢治なんて注文の多い料理店と銀河鉄道の夜くらいしか知らなかった。反応の悪い俺達を見ても、それでも清美さんは笑顔を崩さなかった。

「まずは台本を配ります。それで読んでみましょう。よかったらあとで図書館で探して読んでみてね。」

安藤先生と清美さんと、常連のお姉さんとで参加者に台本が配られた。


 清美さんは、ゆっくりと、優しい声で手元の台本を読み始めた。それによってざわついていた室内もしんと静まり返る。台本の内容をまるまる覚えているわけではないが、要約するとこうだ。

『どんぐりと山猫』。一郎という少年のもとに下手くそなはがき手紙が届くところから始まる。差出人は山猫となっていて、一郎は喜んで会いに行く。そこでは山猫が判事として裁判をおこなっていた。どんぐりたちのまとまらない主張に困り果てている山猫に、一郎が助言を与えて解決する。お礼を受け取った一郎は、山猫に家まで送り届けてもらうが、それ以降山猫から手紙が届くことはなかった。

 おかしな話だな、というのが俺の最初の感想だった。でもそれは、この話だけじゃなくて宮沢賢治の作品全体に言えることだとも思った。

「どうですか?楽しいお話でしょう。」

安藤先生は、この話を心底気に入っている様子でそう言った。

「お話がわかったところで、主役から決めていきましょうか。」

台本から顔を上げた清美さんは、参加者ひとりひとりの家をしっかり見ながら言った。


 「それで?天乃くんはどうやって主役になったの?」

俺は昔を思い出しながらゆっくりぽつぽつ話していた。ここまで真剣に話を聞いていた暮太だったが、前置きが長すぎたか。ここでしびれを切らしたように直球で質問をぶつけてきた。ふわああ、という声に高嶋の方を見やると、大あくびをかまして眠たそうにしていた。

「男が俺しか居なかったんだ。主役の立候補に。」

暮太の方に向き直って言った。

「だからって主役ができるってわけじゃないでしょ。なにかあったんじゃ。」

「さっき話したように、あのときの演劇は先生にとってのチャレンジだったんだよ。もとから演劇をやっていた集団ってわけでもないし、レベルが低いなんてもんじゃない。レベル自体ないようなもんだった。」

形的に暮太を諭すために言ったような口ぶりになってしまったが、実際そうだった。ワークショップの常連の女子たちやその親が、

「役が男の子だもの仕方ないわよ。」

とか、

「うちの子のほうがいいんじゃないかしら。」

とか言っていたのを聞いていた。もちろんその女子も親も表面上は仲良くしてくれたけれど、表面上の付き合いであることを隠そうとはしていなかった。俺が一郎役に選ばれたのは、あくまで俺の自主性と性別によるものだった。

「自主性と性別だけで選ばれたなんて、そういうわけじゃないんじゃねえの?」

高嶋が言った。睡魔からか、重たそうな瞼を半分ほど持ち上げている。しかし、その奥には彼独特の大きい黒目が鋭く光っていた。暮太も高嶋のこの意見に賛成のようで、首を激しく立てに振った。

「なんでそんなこと言えるんだよ。」

発言してみて初めて気がついたが、俺の声は震えていた。目が潤んでいて、二人の顔がよく見えない。俺、そんなにこの話するの嫌だったのか。高嶋も暮太も、俺を励ますために俺の意見に反対したのか。自分が、自分の思っていたよりめんどくさくなっていることに辟易した。もうちゃんと整理つけたはずだったんだけどなあ。

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