第二十七話
明日は初稽古だからな、絶対に遅刻するなよ。暮太と高嶋に釘を刺され、俺はもちろんだ。と返した。シャワーを浴びて、今日は早めに布団に入る。念の為、台本をもう一度読んでおこうと思い、布団の中でA4用紙の束をめくった。
俺は真っ暗な舞台に一人立っている。辺りには誰の影もない。
「森の日暮れは早いと、あれほど言ったじゃあないか。それだというのに君は…。」
誰もいないのに、すぐ近くで声が聞こえる。ぶつぶつと文句をたれている。
「君は、誰だ?というか、どこにいるんだ?」
素直な疑問を投げかける。それくらいしかやることもない。
「おや、私が誰なのかわからなくなってしまったのかい?むむ、姿まで?見えない?それは困った。そうか、一郎殿も人の子。時が流れれば大人というものになってしまうんだな。」
耳元で囁かれているような、また、遠くから叫ばれているような不思議な感覚。
「いずれ私の声さえ、聞こえなくなってしまうことでしょう。悲しいことだけれど、仕方がない。では、この世界と一郎殿が完全に隔絶されてしまう前に一つだけお伝えしておきたいことがある。」
「え?なに?なんで僕の名前を知っているの?言いたいことって?」
「ふふ、まあまあ。伝えておきたいことというのはね?」
何やら遠くの方から電子音が聞こえてきて、彼女の声をかき消してしまうほどに大きくなった。
「うるさいな、ごめん。なんだかうるさくてよく聞こえないんだ。」
瞳を開くと、俺は汗だくでベッドに横たわっていた。頭上、目覚ましのアラームが軽快な電子音を鳴らしていた。そうか、台本を読みながら寝てしまったのか。だからあんな夢を見たのか。
俺は、心の中のワクワクやドキドキをなるべく外に漏らさないように、大切に大切に扱うために、表情一つ変えずに身支度を整えた。
おはようございます。できるだけハキハキと、遠くまで聞こえるように挨拶をしてスタジオに入った。安藤先生は、難しい顔をしてなにか悩んでいる。萩野は体をぐねぐねと動かして準備運動をしている。暮太は、部屋の端っこでにやにやしながら台本を読んでいる。高島はというと、スタジオの外の喫煙スペースでタバコを吸っていた。
実のところ、俺は不安と期待の混じり合った頭ではなにも正常に考えられないと思って役をほとんど作っていない。それでも、過去でない未来に悩めていることは、とても心地よい。
さて、これからどうなることやら。




