第二十三話
もしかしたらどころじゃない。俺は必ずこいつに勝てる。そんな根拠のない自信が雅にまとわりついて離れなかった。俺の渾身の一作を書いてやる。意気込んで部屋を出ようと振り返る。そこには、美人が申し訳無さそうな顔で立っていた。
「ごめんね雅くん、葵が変なこと言ったんでしょう。」
そんなことありません。簡単な言葉が喉に詰まってうまく出てこなかった。
「僕はただ雅くんと戦いたいだけだ。」
雅を挟んで美人と葵はがみがみ口喧嘩を始めた。その中で聞き取れた美人の名前、香菜。時折葵がその名を口にしたのですぐに覚えてしまった。
まったく。やれやれと言った感じで肩をすぼめた香菜は葵のことをとうとう無視して雅に話しかけた。
「おい、無視するな!」
葵は抵抗したけれど、香菜にはまるで効果がない。
「雅くん、脚本をやりたいって話なんだけれどね。まずこれを見てほしいの。」
香菜が雅に手渡した一枚のDVD。そこには、マジックペンで『never green初回公演』と書かれていた。
「それ、葵が初めて脚本を担当した舞台の映像。今日それ持ち帰っていいから、よく見てきて。それでもう一度考えてみてほしいの。」
脚本をやれるのかどうか。そんな末尾は唇で閉ざされて聞こえなかったが、雅のプライドにヒビを入れた。香菜の、葵の勝利を信じて疑わないその目は雅を苛つかせた。
家についた雅は、自室のモニターの電源を入れてDVDをプレーヤーにセットした。どんなもんか見てやる。葵の拳を正面から受け止める気持ちで望んだ舞台鑑賞は、序盤十分で壊れた。といっても、全体で二十分弱の映像だったのでちょうど中間ほどだ。その中間の時点で、雅は敗北を悟った。
舞台中央に二人。ただ佇むだけで涙が流れる。二人の心の声が雅にまで聞こえてくるようだった。
次の日、雅は香菜に借りたDVDを返すためにまた部室を訪れた。部屋の中には、一年生と思われる生徒が葵に演技を褒められていた。どうやら、あの日文化会館では入部志望者を減らすための選考が行われていたらしかった。
「高嶋くん!葵の作ったお話、どうだった?」
雅は黙ってDVDを手渡した。
香菜の声で気がついた葵がこちらに近づいてきた。雅はなにも言えなかった。あれだけ粋がっておいて、心の中ではもう負けを確信してる。才能で殴り合う?拳どころか、指一本分も叶う気がしなかった。
「おい、香菜に質問されてるぞ。先輩のこと無視とか、ほんと礼儀なってないんだね。」
葵に茶化される。
「ちょっと、葵!」
雅はその場に存在していたくなくて、部室から飛び出した。戦わずして敗北した。
それから雅は、いわゆる幽霊部員というやつになった。というか、部員だったのかすら危ういくらいだ。そんな情けない雅のもとへ、香菜はたまに現れた。
「高嶋くん、葵のことごめんね。あいつ基本的に人のこと馬鹿にしてるんだよ。」
「いきなりなんですか。ごめんねって、謝られる理由はないですよ。葵先輩の書いた話、すごかったです。俺にはあんなの出来ません。負けです。何言われたって仕方ないです。」
卑屈に語る雅を香菜はいかにも可哀想に見つめた。しかし、そういえば香菜はなぜ自分の前に現れたのだろう。雅は不思議に思って見つめ返した。
「脚本のことだけどね、私達は二年生。高嶋くんは一年生でしょ?だから、私達の代が引退した後書くために居てくれないかな?演劇部に。」




