第二十二話
演劇部の部室として使われている教室には五人ほどの生徒が居た。五人は上級生らしい。
「入部希望?」
五人の中でもひときわ目立つ美人が声をかけてきた。なんでわざわざそんなことを聞くのだろう。すこしだけ不思議だった。
「はい!もちろんです!」
「やっぱりそっか、じゃあ今日の午後六時に市の文化会館のホールに集合ね。」
雅はちらりと時計を見やった。その時はまだ午後の四時半。
「わ…かりました。」
部屋を後にした雅は、集合時刻までまだ時間があるので一度帰宅して休むことにした。
自室の机に座り、大好きな劇団のドラマを見た。大好きなセリフを何度も何度も繰り返した。今は辛くてもいい。そう自分に言い聞かせた。
壁掛け時計を見る。時刻は午後五時半。そろそろ家を出ないといけない時間だ。春とはいえまだ肌寒い。ブレザーの下にパーカーを着込んで外へ出た。
演劇部に入部志望の子はこっちだよー。目的地の文化会館、ホールにさっき部室で対応してくれた美人が大きな声で雅を呼んだ。いや、正確に言えば、雅を含んだ大多数を呼んだ。十人を超える入部希望の一年生がわらわらと何処からともなく現れる。
「なんだこれ…。」
おもわず口から溢れる。聞けば、この学校の演劇部は有名故に入部志望者が多いのだそうだ。
演劇部の入部志望者はここのホールに詰められて、説明を聞かされる。しかし雅にとって演者としての説明は不要だった。もとより演者として活躍する気はなかった。
説明会終わりに、美人に声をかけた。
「あの、俺演者になる気はないんですけど…。脚本がやりたくて。」
美人は、ほんのすこし驚いた顔をして返した。
「う~ん、どうしようかな…。ごめんね、脚本やりたいなんて人の代が重なるなんてことないと思ってたからさ。」
どうやら、この高校にはもう、脚本を書く人間は足りているらしかった。しばしの沈黙の後、明後日に部室に来いと告げられてその日は返された。
失礼します!できるだけ明るい声で挨拶をして、部室の扉を開ける。中には、天然か作り物かはわからないがパーマのかかったくしゃくしゃ髪の男子がたった一人で待っていた。
「こんにちは。君がその…脚本を書きたい雅くん?」
第二ボタンまで開けたワイシャツを着こなすその様子から、雅はどうにも脚本よりも主演俳優という言葉をイメージしてしまう。
「そうです。先輩は…もしかして今脚本を書かれてる…すいませんお名前は?」
「葵。葵千春だよ。いかにも、僕が脚本をさせてもらってる先輩ってやつです。」
「葵先輩…ですか。突然で申し訳ないんですけど、僕にも脚本をやらせてください!」
雅は、持てる限りの勇気を持って言った。眼の前の初対面だけど先輩で、才能のほどは知らないけど自分の目指す脚本という椅子に座る葵。彼に恐怖を抱いていた。
「やだね。」
葵の言葉はひどく冷たく、冬の雨を思わせた。雪じゃないのは、そこにワクワクがないからだ。
「僕にも、とか甘いこと言ってるやつに書かせるわけ無いじゃん。ま、そもそも譲る気ないけどね。」
あまりにも意地の悪い言い方に、雅はむっとした。こんなやつに才能で負けるわけがない。パーマを掛けて第二ボタンまで開けてチャラチャラした上に性格まで悪いと来た。雅は、沸点を越えそうな怒りを留めることが出来なかった。
「じゃあ、これからは俺だけが書きます。才能で勝負ですよ。葵先輩。」
雅は拳を強く握りしめた。殴ってやりたいけど、手を出したら負けだ。
「なに、血の気の多い事言っちゃって。ここで喧嘩はやめたほうがいいよ。あえて雅くんの言葉を借りるよ。『才能』で殴り合おうよ。」
葵はニヤリと笑う。カーテンが風でふわりと舞い、あいだから陽の光が漏れ込む。その光景が、やけに劇的に見えた。




