第二十一話
週7日間のうちの貴重な一日をありがとうね。しかも土曜日。高嶋は俺たちに頭を下げた。
「さて、ここで問題です。なぜわざわざ土曜日にここに呼び出したでしょうか。」
「え?なになに?」
暮太が食いついた。
「え?逆に、え?わからない?君たちには、演技で誘導尋問してもらわなくちゃいけないんだよ?ここから練習です。演技の。」
「はあ?」
俺、この後髪切りに行こうと思ってたのに。この後終電まで帰らせてもらえなかった。
時間は戻って、一通りの盛り上がりのあとで沈黙が訪れたダンススタジオ。俺は四人の顔をぐるりと見回した。左隣の暮太から時計回りに、萩野、先生、高嶋と並んでいる。俺は、萩野の表情がどうしても気になった。
「真狐ちゃんは、どう思う?」
我慢できなくて萩野に聞いた。苦い表情だった萩野は、その意外性に驚いた。
「私は…。」
そこまで言って、さきほど俺がしたのと同じように見回した。きっと、暮太のきらきら光線に嫌だと思ってうきうきな先生に戸惑っているのだろう。俺はその間、高嶋に一瞥をくれた。高嶋は俺に気がつくと、他の人に…主に萩野に気付かれないように腰のあたりで親指を立てた。本当に大丈夫なのかよ…。
「山猫役なんだから、やらなきゃでしょ!」
安藤先生が先手を打った。
「いや、でも…。」
「萩野真狐さん。私としては山猫役を私にいただけるならそれでいいんですけれど、清美さんのことを考えればそれはだめなんじゃないですか?ほら、さっき萩野さん言ってらしたじゃないですか。」
暮太は先程までの勢いなどなかったようにしおらしく言った。しかし、この攻め方は確かに有効に思えた。「清美さんへの追悼の意を込めた公演」という萩野自身が言った言葉。よくよく考えれば、だったら高嶋が台本を書くこと自体がおかしな話だとなるのだが、先生はいまや高嶋を盲信している。
「少し、考えさせてください。」
結果、萩野は「考える」という言葉を残して帰っていった。萩野の離脱を皮切りに、安藤先生も予定があると言って帰っていた。保護者の役割を終えた母も退出し、スタジオに残されたのはUSBの三人のみとなった。
「真狐ちゃんのこと、ほんとに大丈夫なの?」
俺は、雅の才能を信じ切っているわけではない。誰にだって才能はあるけど、それが自分の求めていたものだとは限らないというのが俺の考え方だ。大丈夫なのか。という俺の問に対して、高嶋はこう答える。
「大丈夫だよ。」
いかにも自信満々なところが鼻につく。大丈夫だと言うならその根拠が知りたい。
「萩野真狐。彼女は、演者だろ?ならやるさ。」
「いや、彼女が今も演劇をやっているかどうかはわからないだろう?現に俺は演劇をしていない。」
「何を言ってんだ?前にも言っただろう?即興演技とかいっつもやってんだろってさ。」
「何言ってんの?お前。」
高嶋は、高校時代演劇部に殴り込み、結果的に挫折した。それが俺の知っていることだった。そんな表面的なことで、知った気になっていた。
高嶋は高校時代の、表面ではない、いわゆる中身を俺たちに教えてくれた。
失礼します!関東の田舎、田んぼに囲まれた県立高校に声は響く。演劇部と書かれたダンボールで雑に装飾された扉がこんこんとノックされる。中から「どうぞ」と声がした。ガラリと戸を開けたのは、もちろん高嶋雅だった。




