第十九話
さあ、来い!だいぶん苛ついて見える萩野と、つばを飲み込む俺。高嶋はひょうひょうとして、暮太は両手を握り込んで力んでいる。
「悔しいけど、なんか楽しそうだね…。」
先生は、顎に当てていた手を外した。俺の見やる。でも、と続けた。
「でも、高嶋くんっていう初対面の男の子に全面的に任せるっていうのはいささか不安が残る。そこはどう…」
「まあまあ先生、僕の文章力が不安だというのならこれ読んでみてくださいよ。」
高嶋が、その右肩にずっと掛けていたトートバッグからA4のレポート用紙を一枚取り出した。
「なにこれ。」
安藤先生が受け取った紙を萩野が覗き込む。
作戦成功ってやつです。高嶋が嬉しそうな顔で言った。俺と暮太は知っていたことだが、このレポート用紙には、今日このダンススタジオで起きた出来事の一部始終が大まかな流れで書かれている。
安藤雅美が沈黙を破ること。暮太の自己紹介から、萩野が話の流れを止めること。安藤先生は暮太についていけているということ。俺が演劇の話に戻した後の高嶋の提案に対し、萩野が一度否定的な意見を出すということ。悩む先生を俺の母親以外の全員で見つめること。そして、安藤先生のそれほど悪くない反応。
「これ、僕が脚本演出した小さな演劇だったんですよ。」
「嘘…マジ?」
「すごい!!」
高嶋がドヤ顔で腰に手を当てると、萩野はとても信じられないという様子で俺の方を見た。これほんとに言ってんの?そんな言葉を瞳に読み取った。ほんとに言ってるよ。俺は目で返した。
対して安藤先生は、すっかり感心してしまったよう。高嶋の手をとって握手している。
「さっきは疑ったようなこと言ってごめんね!高嶋くん、すごい人じゃん!ねえ、竜也くん!」
なんでみんな俺の方を見て俺に言うんだ。あ、ここにいる全員の顔を知ってるのが俺だけだからか。ああそっすね。俺は返事ともつかない声を返した。実のところ、俺は今とてもホッとしている。作戦成功だ。高嶋が本当に作家としての才能を持っているかどうかはさておいて、策士としてすごいことには変わりない。俺の中に、少しばかりの尊敬の念が芽生えた。
「じゃあ、劇団USBと共同制作のどんぐりと山猫やってくれるんですね!?」
目をキラキラさせる安藤先生に向かって、目をキラキラさせた暮太が言う。もう少しで噛みつきそうな勢いだ。
「もちろん!!」
ちらりと萩野の様子をうかがう。The不機嫌って感じだ。高嶋は大丈夫だと言っていたが、やはり萩野が降りると言い出すのではないかと不安になる。高嶋の方を見ると、目が合った。目で、大成功だな。と伝えてきた。
ほんとにこんな作戦通用するのか?俺は自室のベッドに横たわり、高嶋から送られてきたメールの内容を確認する。
――天野竜也君&暮太夏さんへ――
今回は、僕が考えた作戦を君たちに実行犯になって貰う形で遂行したいと考えております。
僕が書いたどんぐりと山猫を共同制作という形で飲んでいただくためのこの作戦ですが、僕の考える所一番の難点は、僕というどこの馬の骨かもわからない男に台本を任せてくれるのかというところにあると思います。暮太が演技できるのかというのもありますが、それに関してはチャレンジで演劇やっちゃう安藤雅美さんのことだから心配には及びないと思われます。
では、実際にどんな作戦でこの僕という難点を超えるのかという算段ですが、一番の方法はやはり僕が書いた台本を読ませるというものです。しかしここで危険視しなければいけないのは、萩野真狐という存在です。彼女は、天野竜也くんに聞いたところに寄るとほぼギャルです。ですから、ただ僕の台本を渡しても先入観から、おざなりに読んでポイが関の山です。
僕はインパクトが重要だと考えました。それらからたどり着いた僕の作戦を明日、カフェで発表します。直前でそれぞれに電話するから、よろしくね。
P.S.それっぽく書いてみたよ。
――高嶋雅より――




