第十八話
どうしてこんなことに。懐かしのダンススタジオには俺、暮太、高嶋と安藤先生、萩野の五人が輪になって座っている。その輪から外れる形で、俺の母親がこちらを不安そうに見ている。
「竜也くん?この子達って…?」
安藤先生が沈黙を破った。俺は多分、苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。顔面に力が入っているのがわかる。なんと切り出そう。また暮太になりきるか?
「私、暮太夏って言います!天乃竜也くんと、この高嶋雅くんと三人で劇団USBって言うのを組みました!」
俺が悩んでいるのを知ってか知らずか、暮太が先生の問いに答えた。暮太が以外の全員が頭上にはてなを浮かべている。多分、先生と萩野の頭の中には「USBってなに?」という疑問が生まれてしまって、この先の話どころではないだろう。しかし、暮太は後を続ける。
「今日は、私達USBの三人からお話があってお集まりいただきました。」
「え、ちょっと待って。USBって何?」
暮太の生み出す勢いに耐えられなくなった萩野が、思わず流れを止めた。
「話ってなに?」
先生はなぜか暮太の勢いについていけている。
「え?先生?USBって何か気にならないんですか?」
「私は自分の名前が安藤雅美だったことに疑問を持ったことはないよ。」
「それはどういう…???」
ここで俺は耐えられず口を出した。
「ごめん先生、それは俺もわからない。お話というのは、この間先生と真狐ちゃんと三人でここに来たときに頂いた演劇の話です。まず、この前は走り去ってしまってすいませんでした。」
「一緒に演劇作りませんか!!!」
目の際でうずうずしている暮太は確認済みだったが、まさか俺の話を遮って言ってしまうとは思わなかった。
「悪くない話だと思いますよ。あ、申し遅れました。高嶋雅です。雅ちゃんって呼んでね。」
くそ。どうしてこうなった…。俺は頭を抱えた。物理的に。
母から連絡が届くのに、カフェでUSBが親睦を深めてからそれほどかからなかった。スマホが鳴る。
「もしもし、どうしたの?」
受話器の向こうで母親が心配そうな声を出した。安藤先生から電話がかかってきた。心配そうな様子だった。そんなことを言われた。
「誰から?女?」
その時隣りにいた高嶋に茶化されたが、スルーして事実を伝えた。
「へえ、ナツさんに伝えなきゃな。俺の作戦とともに。」
ニヒルな笑みを浮かべた高嶋は妙にウキウキして、暮太に電話をかけた。
「あ、もしもし?ナツさん?作戦会議しようか。とりあえず竜也にセッティングしてもらうわ。そうそう!安藤先生と連絡取れたからさ。うんうん、OK。ばいばい。」
これが通れば俺らの第一回演劇公演も成功間違いなしやで。高嶋の下手くそな関西弁に、俺は苛ついた。
「じゃ、やること出来たし俺帰るわ。」
後ろ手を組んで高嶋はゆっくりと帰っていった。
時間は戻って、六人が集まったダンスフロア。まとめ役の見つからない劇団USBに対して、先生と萩野は戸惑いを見せ始めていた。これは俺が話を進めないと。
「この間のどんぐりと山猫のお話、結論から言うとOKです。俺、一郎役やれます。」
先生の目がにわかに輝く。
「なんですけどその演劇、劇団USBとの共同制作という形でやらせていただきたいんです。」
「むむむ?どういうことだ?」
先生はわざとらしく顎に手を当てて考え込むようにそう言った。萩野は口を大きく開いて驚いているが、声は出なかったようだ。
「何かと噂の僕高嶋雅が、どんぐりと山猫を軸に新しい台本を書きます。どうでしょう?」
偉そうな、ふざけたような様子で高嶋が言う。この様にか、発言内容にかは判断がつかないが、萩野は確かに怪訝な表情を見せた。
「高嶋くん、だったっけ?聞いているとは思うんだけれど、これはお亡くなりになった清美さんの追悼の意味も込めた公演なの。だからそれはどうなのかな…?」
文末を上げ調子にして、安藤先生の顔色を伺うように萩野が言った。
「もちろんわかってます!だけど、私は清美さんをギャフンと言わせるくらいのほうがいいと思うんです!なにも悲しいだけじゃ、演劇なのに…」
「もったいない…?」
暮太の勢いに乗るようにして、俺は続けた。
「そ、そう!もったいないんです!どうですか?安藤先生!」
「え?でもそれってどうなんですか?」
提言する萩野。
このタイミングで、スマートフォンの画面を見つめる俺の母親以外が全員、考え込む先生を見つめている。先生もそれがわかっているようで、急ぎながら、また真剣に悩んでいる。これがリアルなら緊迫する場面だ。緊張の糸がピンと張り詰めて、誰かのつばを飲む音が聞こえてくる場面だ。でも、俺たちUSBには、大丈夫。という確信があった。
さあ、来い!




