第十七話
じゃあ…竜也、でいい?暮太が遠慮がちに俺の顔を覗き込んだ。
「いやいや!竜っちゃん。でいいよ!」
高嶋が余計なことを言った。竜っちゃんというのは、俺が幼かった頃両親が俺を呼ぶときに使った愛称だ。人生で一番エロかった事を話したあの夜、なんでそんなどうでもいいことを教えてしまったんだろう。高嶋は、調子がいい時にはこの呼び方で俺を怒らせる。今回ばかりは何も言ってやらない。暮太を睨んで、視線で、わかるよな?と合図した。
「え~?竜っちゃんってかわいいね!これからそうやって呼ぼう~。」
こいつら、人をイライラさせる天才なのか。
「じゃあ、高嶋が雅ちゃんって呼ばれないと俺は許せない!」
「なんでだよ、俺は高嶋でいいよ。」
「雅呼びから降格してるじゃねえか。」
「雅ちゃんはちょっと…。」
「いや、ナツさんなんで?」
小気味よく会話が続く。なんとなく本線からは脱線しているような気がするけど、この前のカフェに比べたら何倍いいだろう。
「だから、私のこともちゃんと呼び捨てでナツって呼んでみてよ!竜っちゃんこの前のカフェのこと謝ってたけど、私が機嫌悪かった理由は竜っちゃんがいつまでもよそよそしかったからだよ。」
「え、そうなん?」
「はは、竜也の勘違い、笑える~。」
なんてやはとちりだ。俺の罪悪感を返してほしい。
「ていうか、呼び方はいいとしてさ。今後の劇団の動きについてとか考えないと。」
そうだね。と暮太。高嶋は何も言わず、シロップを3つ入れたコーヒを飲んだ。
「お前、せっかく美味しいコーヒーなのにそんなにシロップ入れたらただの黒くて甘い水だからな。」
俺は一度こんなふうに高嶋を茶化したことがある。
「ばか、これがいいんだよ。」
俺の言葉なんかには耳を貸さず、ストローからちゅーっとコーヒーを吸っていた。今もそうだ。
「で?雅は、どこまで書けてるの?稽古するにもそこからじゃない?」
俺はあのときのようにコーヒーを吸う高嶋に言った。
「そのことなんだけど、まずはお前ら二人だけが出演するのを書けばいいんだよな?」
「え?雅ちゃんは出ないの?」
「ナツさん?俺は演技できないって何回も言ってるよ?」
「いや、二人じゃ幅狭いだろ。雅も出演決定だ。」
「二人と三人じゃそんなに変わんねえだろ。」
「じゃあ、もっと人集めるところから?」
暮太の一言で場が凍りついた。何もしていない上にバカ三人の集まっている、ここまで危険な匂いのする劇団に協力してくれる人なんているのか?多分、高嶋も同じことを思っているはずだ。自然と高嶋と目があった。
「そうだ!さっき竜っちゃんが言ってた萩野?さんとか、昔一緒に演劇やった人に声かけてみようよ!」
いやあ。と俺は困ってしまった。だって、ダンススタジオに俺と萩野と先生の三人が集まったあの日、俺は二人を突き放すようにして出てきてしまったんだから。
俺が出ていった後のあの部屋で、二人はどんな顔をしてどんな話をしていたんだろう。
「どうしちゃったんですか?竜也くん。」
萩野はそんなことを先生に聞いただろうか。それで先生は、
「私もさっき久しぶりにあったばかりだから、びっくりしてるよ。」
とか返したのだろうか。
「真狐ちゃんが来るまでも、昔と様子は変わらなかったし。」
そんなことを言ったんだろうな。
「あ。俺、安藤先生の連絡先知らないや…。」
「え?竜っちゃん!何やってんの!」
貴重なツテがああああ。と、暮太が机に崩れ落ちた。




