第十六話
安藤先生と萩野は俺を見つめている。その4つの瞳には期待の二文字が刻印されている。
「俺、できないです…。すみません。」
「なんで?」
萩野は純粋というよりむしろ、空気の読めていない俺を責めるように聞いた。安藤先生も、俺がどう答えるのかを待っているようだ。
「俺、演技できないですし…。」
「なんで?一郎くん出来てたじゃん!」
先生が食い気味で、また俺の逃げ道を塞ぐように言う。
「男だからっていう理由だけで選ばれてるじゃないですか。」
「は?自分がそんなくだらない理由で主役に選ばれてたとでも思ってるの?」
今度は萩野が俺を責める。俺はだんだん苛ついてきた。
「真狐ちゃんだって言ってたじゃないか。はじめのうちは。男子だからとか。聞こえてっかんな。全部。」
「そんな嫌味みたいなこと気にしてたの?でもさ、お稽古積んでくうちにみんな竜也くんのこと認めていったんだよ。それは竜也くんが頑張っていたからだし、そのうえ演技だって上手だったからだよ。」
安藤先生は俺をなだめるように言った。
俺はまた、無意識のうちに劇団のことを隠そう隠そうとしていた。どうしても恥ずかしいような気がしてしまって、打ち明けることが出来ずにいた。安藤先生の言葉にどう返そうかと考えていた時、暮太の顔が頭に浮かんで消えていった。あいつなら、初公演に誘うくらいの勢いで言っちゃうんだろうな。俺も今日くらいやってみようかな。暮太という役を演じてみるのも、悪くないかもしれない。明るい暮太に勇気をもらって、俺は打ち明けてみることにした。
「俺、劇団組んだんですよ。まだ一回も稽古だってしたことはないけど。だから、俺はもう劇団の一員だから、自分の一存では決められません。あ、そうだ!俺たちの劇団が公演をやるのが決まったら、きっとチケットをお渡ししますので!ぜひ来てくださいね!」
いきなり笑顔で弾幕のように話しだした俺に、萩野と先生は唖然として黙り込んだ。
「あ!ごめんなさいバイトの時間に遅れちゃうので、今日は失礼しますね!また!」
時間は現在に戻って、三人で座るカフェのテラス席。高嶋が話し終わり、暮太もその後何も言わないのを確認して俺は話し出す。
「俺さ、実はっていう暴露っぽい話なんだけど。ナツさん、三日前高嶋が呼んでるって言ってここのカフェに来たじゃんか。テラスじゃなかったけど。あの日、実は高嶋は何も知らなかったんだよ。俺が勝手にナツさんを連れてきたんだ。」
俺は、あの日の出来事をすべて二人に話した。あの日、暮太を探していたこと。安藤先生から電話を受け取ったこと。その後ダンススタジオで三人で会っていたこと、そこで劇の話を出されたこと。
「どんぐりと山猫をもう一度やらないかって。ここで、俺は二人に謝らなきゃいけないことがたくさんある事に気がついた。まず、ナツさん、雅。あの時劇団のこと隠そうとしてごめん。そして、そのことを素直に謝れないどころか安藤先生に劇の話をされたときにもまだ隠そうとしてごめん。どんなに天才でも、適当にやってたら大根役者にだって勝てない。言い方は悪いけど、そういうことに気がついた。俺も本気になろうと思った。上手い下手にかかわらず、ちゃんとします。安藤先生には、俺はもう劇団の一員だから一存では決められないって言ってきた。ここからは、三人で決めていきたい。」
自分でもらしくないほど喋った。暮太と高嶋はもちろん驚いていたが、俺が一番驚いている。
「じゃあ、まずはじめに決めたいんだけど…。」
暮太が話しだした。俺と高嶋は集中してじっと聞いている。
「敬語、やめない?」
三人で笑いあった。
「まずそこだな!」




