第十五話
さてと。と安藤先生は話しだした。
「ふたりとも揃ったことだし、本題に移ろっかな。」
俺と萩野は自然と先生のもとに寄っていった。話ってなんだろう。少し探りを入れようかとした時、萩野が先生を茶化した。
「先生も老けたよね~。」
「そうだね。おばあちゃんになっちゃった。」
思ったより真面目に返した先生に、少し申し訳無さでも感じたのか萩野は追撃しなかった。
「二人は清美さんの話、知ってますか?」
真面目なまま先生が続ける。
「先月、清美さんがお亡くなりになりました。覚えてる?どんぐりと山猫のときの。」
暮太と高嶋と劇団を組むことになってから、たくさん悩んで思い出してを繰り返した。だから、嫌というほど鮮明にその顔が思い浮かばれる。
「ええ。覚えています。そうか、あれから十年経ってますもんね。」
ご冥福をお祈りしますと安藤先生に言うのもおかしいし、なんて言えばいいのかわからなかったから、俺は不自然な返答をしてしまった。
「え、そうなんですか。残念です。」
ギャルみたいな見た目をした萩野は俺の想像していたより真面目なようだ。さっきまでの笑顔は忘れたように、いかにも悲しそうな顔をした。
「だからね、追悼というわけではないんだけどね。もう一度どんぐりと山猫をやらないかなと思って。」
え?どんぐりと山猫をもう一度?面白そうだとは思ってしまった。それでも、カフェでの暮太の顔を思い出すと俺はYESと返事をすることはできなかった。
「いいじゃないですか!やろうよ竜也くん!」
萩野は予想通り乗り気で、俺は困ってしまった。どうしよう。広い部屋にたった三人。俺を包み込むように沈黙が膨らんでいった。
俺と高嶋と暮太、劇団USBのメンバーが揃っていつものカフェに集まった。俺さ、思うんだよね。と高嶋が口火を切った。
「俺さ、思うんだよね。なにもない日の散歩とかでさ、なんでもないただの雑草とか見たり、車の音がうるさかったりするじゃん。花屋の花を見て季節の移り変わりを感じたりするじゃん。天気雨が降ってるときに窓から外を見るとさ、太陽が雨粒を一つ一つ照らしてきらきらしてて宝石みたいだな。とかさ、そうやって経験するっことが大切なのかなって。」
あまりに突然で、移動中も無言だった俺と暮太は驚いた。
「どうしたの、雅くん。」
暮太が繋いだ。俺は何も言えない。でも、暮太がこう繋いだ理由はわかった。高嶋が出した話題はなんでもないものだったけど、高嶋のその顔は何処か悲しげだった。
「俺にはさ、経験がないんだよ。」
高嶋は笑顔で続ける。
「世の中の天才は、自分っていう唯一無二の主人公に起きた出来事を魂を込めて書くことで、新しい時代を創ってきたんだよ。」
俺は何も言えずうつむいた。暮太は高嶋の顔を真剣に覗き込む。
「俺には経験がないから、今までにない斬新な物語は綴れないんだよ。」
「それは、やってみないと…。」
「やったんだよ。お前らは知らないだろうけど、高校時代にさ。」
先を危うんだ暮太が話を遮ろうとしたが、高嶋は止まらない。俺も顔を上げた。劇団をやめようなんて言うのだろうかと心配になった。
「だからさ、思ったんだ。俺に新しいものが作れないなら、それがわかってるなら無理に新しいものを作らなくてもいいんじゃないかって。元々ある筋書きを使ってやるよ。ベタの途中式を書き換えてやるんだ。それを突き詰めて唯一無二に浄化させる。」
決意が体中からにじみ出ている。ここで俺は気がついた。いつもの寒いテラス席に座っているのに、高嶋は今日は一度も寒いと言っていない。そんな高嶋を見て、勇気が湧いた。ちゃんと話さなきゃ。




