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かえらない  作者: 森永盛夏
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第十四話

 一郎。名字さえ持たないこの少年は、どこまでも誠実だった。その誠実さが、どんぐり達を山猫を馬車別当を動かした。そんな誠実さは、誰の心の中にもひっそりと身を潜めています。しかし、一つ一つと歳を重ねるたびに肩身が狭くなってしまうのです。清美さんは、そんなことを俺に教えてくれた。

「久しぶり。竜也くん。安藤雅美です。」

「知ってますよ。」

俺ははにかんでみせた。

「おとなになっちゃって。」

安藤先生はきっと、心に住む一郎に言わせたんだろう。それでも俺には、笑顔が得意になったことに対する嫌味にしか聞こえなかった。


 暮太とカフェに入って、体感二十分ぐらい経った頃高嶋が到着した。暮太はもう居なかった。

「おう竜也。」

「おせえよ。」

笑って言った。でも、高嶋は俺の笑顔を裏側を読んだ。

「何があったん。」

俺はさっきあったことをすべて高嶋に話した。

高嶋は真顔で俺を責めるでもなく、笑顔で慰めるでもなく、解決策を述べるでもない調子で

「お前が悪いよ。」

俺は電話のことは言えなかった。


 時間は三日後に戻って、ダンススタジオ。

「お話って?」

安藤先生に話を促した。部屋には俺と安藤先生のふたりだけだった。

「とりあえずゆっくりしてて。それにしても懐かしいなあ。ストレッチとかする?」

「よしてくださいよ。」

俺はなるべく平静を装おうとしたけれど、ぎこちない笑みしか生まれなかった。


 何処だかわからないが、森に来ていた。もう、小学三年生の秋のことで木々は紅や黄に色づいていた。

「始めます。」

清美さんの声が聞こえた。参加者がぞろぞろと集まってくる。本番はステージの上、何もない場所での演技になる。しかし、演者にはその景色が見えていないといけない。そんな清美さんの考えから森での練習が始まった。

 長袖のTシャツを来ていたのにもかかわらず、ひどく寒かったのを覚えている。そういえば、山猫役に選ばれた一つ年上の女の子が、山での練習中に体をこすって温めながらこんな事を言っていた。

「天乃くんは知らないと思うけど、私達だって今まで演技なんてしたことなかったの。それなのに、いきなり清美さんとかいう知らない人が出てきてこんな事になって。みんなまだ戸惑ってるの。天乃くんはそんな中主役になって、大変だろうけどすごいね。」

自分で言うのも何だけど、当時の俺はまだ純真無垢だったからそんなことばがうれしかった。

「真狐ちゃんだってすごいじゃん。山猫さんの役で。」

俺は、年上の女の子と話すというほぼはじめてのことに戸惑いながら慎重に敬語で話していた。

 萩野真狐。彼女は、元々安藤先生のダンススクールでダンスを教わっていた女の子たちの筆頭のような存在だった。しかし、周りの女子たちを率いるだけあって実力は相当なものだった。彼女はなんだかんだポジティブで、はじめは嫌がっていた森での稽古も、

「必要なことに思えてきた!」

とか言って途中から寒さも感じさせない凛々しい顔で演技していた。


 がちゃりという懐かしいドアの音。安藤先生と何を話すでもなく、壁にもたれるように座っていた時だった。

「ここであってるのかな…?」

不安そうに入ってきた長身のキレイな顔をしたギャルは、安藤先生の顔を見て笑顔になった。何処かで見たことのあるような顔だ。

「真狐ちゃん!久しぶり!ここだよ!合ってる合ってる。」

安藤先生の言葉で疑惑が確信に変わった。

「真狐ちゃん。」

それから暫くの間、萩野真狐と俺、天乃竜也は沈黙とともに見つめ合った。

「あ、一郎くん?」

「気づくのおっそ。」

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