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かえらない  作者: 森永盛夏
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第一話

 時間は、待つにはだいぶ長すぎる。すぎれば当然早すぎる。厄介なもので、消えてほしい過去は消えないし、求める幸福を待ってる間に大抵は死ぬ。


また夢を見ていた。ひどくくすぐったい、できれば思い出したくはない。それでも消えてほしくはない、過去の出来事。小さなホール。満員御礼をステージから見下ろして、それでも見えなかった。あれから十年になるのか。思い返せば、あれ以来逃げるように演劇をしなくなった。最初のシーンは、今でも鮮明に覚えている。なにもない舞台、冷たい木の床。俺はそこに寝転んでいた。時刻は夕方六時。それでも、僕の耳に聞こえるのは確かに朝のさえずり。ぬくい寝床から起き上がって目をこする。リアルはどこか遠くに消えて、この世には俺以外誰も存在しなかった。


冬が嫌いではなかった。布団に包まれた空間の、じんわり汗をかくぐらい温かいとこと、外にさらされている頭のキンと冷えること。まだここに居たいと本気で思わせる朝が、嫌いではなかった。寒いなあ。自然と口から出る。冷たい空気に葛藤しながら、やっとのことで布団から出した右手でスマホを寄せる。時刻は朝七時。もう起きねば、一時限目に遅れてしまう。もぞもぞ動いて、愛しい布団に別れを告げると、後ろ髪を引かれる思いで支度を整えた。

 ダウンも羽織って防寒したけど、やっぱり寒い。真冬日だね。一人で誰かに呼びかけた。一人で自転車を漕いでいるんだから、返事をするやつなぞ居ない。まだ11月の中盤だと言うのに、街では冬を忘れさせるほどのクリスマス商戦が始まっている。年末に向けて、主婦たちはどことなく焦燥の様子が伺える。こんな時期に独り身なのは、やはり寂しい。でも、急いだように相手を見つけるのはなんだか違うしなあ。ぼっちクリスマスは今年も避けられそうにない。少し家を出るのが遅かったようで、駅のホームで三十分ほど電車を待つはめになった。こういうときは大抵ネットサーフィンか、バッグに入れてある小説を読んで過ごす。今日も、例によって小説を読むことにした。本屋で平積みされていた、面白そうな大衆小説。作家さんはすごいなあと思いながら読み進める。緊張した場面を読んでいるときは、長い時間が一瞬で過ぎたように感じるし、テンポ良く進む掛け合いのシーンなんかを読んでいる時は、少しの時間が何日間にも思える。いつしか俺は、作家、脚本家を目指すようになっていった。表舞台に立つ人間よりもそれを演出する人間に憧れるところは、いつまでも変わらないんだな。頭の中で自分に話しかけてみたが、やっぱり返事は沈黙だった。


 授業中、俺は教室の後ろの席を陣取って話も聞かずにぼーっとしていることが大抵だし、この隣には大抵高嶋がいる。高嶋は、大学に入ってすぐのオリエンテーションとして一泊二日の小旅行に連れて行かれた時、たまたま同室だっただけで仲良くなった男だ。出会って数時間でまさか人生で一番エロかった出来事を語り合う仲になるとは、神様だって夢にも思わなかっただろう。男が仲良くなるには、やっぱりエロが一番なんだな。と隣の高嶋を横目に思った。

 オリエンテーションといえば、と、旅行の行きのバスで当然のように始まった自己紹介のコーナーを思い出す。

「わたし!ハリウッドスターになるんで!」

開口一番そう叫ばれて、バスの乗員は全員言葉を失った。

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