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眼帯娘とオカルト先輩  作者: 水戸
HINOTAMA
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エピローグ


 ____仲涼大学は矢後丘の上に建っている。その一号舘と零号舘との小さな狭間に一陣の風が入って、清涼な空気が学内を満たしていった。少し古ぼけたコンクリートの壁の横を多くの学生たちの笑い声が通りすぎていった。


 十年程前に改築された一号館の候町から等理町を繋いでいる道路を挟んだ向こう側____一号舘より七年程若い三年前に建設された仲諒大学のアネックスが建っている。その三階には大手チェーンの喫茶店が入っている。緑と茶色で森をイメージした内装がゆったりとした雰囲気を感じさせる。


 その店の隅の方の、窓から外の道路がよく見える席に二人の大学生の男女が座っている。店員のコールボタンを間に挟んでいた。


 男の学生の方はブラックコーヒーをすすってから外を見た。見ると遠くの方の書心山が花がさんざめく春を終えて、桃色の衣から夏に向けて緑の衣へと衣替えをしようとしているところだった。学生は暫く呆然とその景色に見惚れるように外を眺めていたのだが、「好きですねえ、先輩」目の前の女学生に声をかけられて、意識を書心山の方から目の前の人物へと移した。


「まあた、ブラックコーヒーだけですか先輩。実に飽きませんねえ、それ」


 女学生が呆れたように目の前の男子学生に言葉を投げ掛けた。


「これは飽きるとか飽きないとか、そういうものじゃないだろう? 英国人に紅茶を、日本人に日本茶を、そんなに飲んでもう飽きただろうと聞くようなものだ」


 仏頂面で目の前の男子学生はそれに応えた。日本人らしい顔つきを微動だにしないで平坦に喉を震わせた。


「それはそうではあります。しかし、本場のブラジルでは砂糖をいっぱい入れるのが普通で余りブラックでは飲まないと聞いたことがありますが?」


「僕は寿司の本場の日本に住んでいるがカリフォルニアロールを好んで食べる日本人にはついぞ出会ったことがないね」


「はあ。確かにそうですね。ん、そうですか? それとは話が違うような違わないような……?」


「まあ、それはどっちも正解ということだろう。結局重要なのは本人が楽しんでいるかそうでないかということだ」


「ふぇい? 誤魔化しました? 誤魔化しましたよね今?」


「あくまで僕の考えだから。正しい正しくないそうであるそうでないなんて議論は無価値だ」


「先輩のたまに見せる粗探しほど楽しいことはありませんね、そう思いません?」


「良い趣味だ」


「ありがとうございます」


「君には今度腕の良い医師を紹介しよう。それも脳のだ」


「どうも」


「真剣に言ったつもりはなかったが、その返しを聞くと僕はなんだか本気になってきたよ」


 長い黒髪を首から肩のラインに沿ってすらり、と垂らしてカフェラテを飲んでいる女子学生が男の学生の振る舞いに呆れているのが目に入った。知らない仲ではなかった。


「うう、寒い。春だというのに融け残った雪のように残っている寒さですねえ。天神様は何を考えているのやら。天神様も毎日珈琲でも飲みながら今日の天気はどうしようかなと決めているんでしょうかね?」


「甘ったるいメルヘンチックな考えをどうもありがとう」


「あ、そういえば、先輩。昔はここの図書館にも喫茶店が併設されていたそうですよ。ほら、今はありませんけれど」


 女学生はこの大学の図書館が建っている方向を見た。そちらの方向には壁があるだけだったのだが。


「ふうん、東雲ちゃん? 相変わらず無駄なことは詳しいんだね、僕は確かにこの学校に通ってはいるんだけれども、そんな話は聞いたこともない」


「興味が無いから?」


「……興味が無いっていうとなんだか僕がそういうことを億劫とする無気力な人間の様に聞こえる気もするけれど、まあ、実質そうとしか言いようはないね。それが普通じゃないか? 自分や他人が通っている大学の肩書きには興味があっても、そういうことには興味が無い人間の方が大多数だ」


「やはり穿ってますね、考え方が。人間性が。いかにも先輩らしいですが」


「今時みんな穿ってて斜に構えてて結局皆同じ方向を向いてるのさ。つまり僕は穿っているが社会の首が向いている方向を見てないという訳じゃない」


「そうですかね」


「……と、それよりも東雲ちゃん。ここに来たときに随分と息が切れていたね? 今も息が荒い。つまり階段でここまで上がって来たってことだ。そうせざるを得なかった状況が発生していた訳だ。エレベーター付近で何かあった、そういうことかな?」


 女学生を見て男子学生は面白いものをみるように笑った。興味深い、そんな顔だ。


「ええ、あのですね」


「待った。僕が当ててみせよう」


「お、やってみてください」


 男子学生が目の前の女学生のみなりを一瞥する。それから、男子学生はすこしだけ笑った。


「なるほど」


「分かりました?」


「うん、東雲ちゃん。エレベーターの中で女の子が貧血か何かで倒れたみたいだね。それも法学部の可能性がかなり高いね。そしてきっと美人だね」


 そう何でもないように言ってから男子学生が珈琲を一口飲んだ。


 女学生が目をまんまるにして驚いた。目の前の男子学生がまるで見たことのように真実をピシャリと言い当ててしまったからだ。手のひらを口の前に持ってきてわざと大袈裟に驚いているかのように(実際には本当に大きく驚いているだけだったのだが)後ろに仰け反ってソファの背もたれを押した。


「嘘でしょう先輩、何で分かったんです?」


「分かってみればそう大したことでもない。実に初歩的なことなんだよ東雲ちゃん」


「して、どうしてお分かりになったんですか? 私の服装がそんなに証拠まみれだったのですか?」


「まあ、正直な話、東雲ちゃんの服装を見る意味はなかったんだが」


 そう言って、男子学生が笑った。女学生はさらに首をかしげた。


「さっき窓から見えたんだけどフロント前で歩いていた法学部風の数人の男女がいきなり血相を変えて大学内に走り込んでいたのが見えたからね」


「法学部風? 先輩には珍しく曖昧な理由ですね。それにその人物がその駆けつけた人間に親しい間柄というならばサークルの知り合いだとか、学部を越えた知り合いだとかいう線が存在すると思うのですがそれは考慮しなかったのですか? それにそれだけじゃ性別を断定するには弱すぎるじゃないですか」


 男子学生が東雲と呼ばれた女子大生の瞳を見ると自分に何がなんでも対抗して越えてやろうというような何だか熱い炎が燃えていたような気がして、笑ってしまった。納得したい、という欲求が相変わらず強い。僕と違ってその探究心は理系が向いているんじゃないかと指摘をしそうにもなった。


 でも、まあ取り合えず、今は止めておいた。今は彼女の謎を解き明かしてやることの方が先だ。


「まず、法学部風の、と言ったが。中間のテストも近いこの時期に男女数人が同じ婚約関係の法学の本を熱心に読んでいたらそうだと思わないか? 風で留めたのはそうでない可能性も少しは考慮した結果だ。ほぼ断定していいだろう」


 こくこくと東雲が頷いた。


「……ふむ。なるほど。しかし、先輩は今女性と言いました。所詮性別なので二分の一の確率で当たりはしますがまさか当てずっぽうで言ったとは思えません。どうしてなのか私に理由を教えてくださると私の今日の睡眠状況に多大な貢献をしてくれるのですが」


 大袈裟だよ、男子学生は一層笑みを強めた。彼女の表現はいつだって誇大に過ぎる。それが彼女の悪い癖であり、またある場合によって良い癖でもある。


「おっと、東雲ちゃんが結論へと辿り着くための飛び石を一つ、僕は提示そこねたみたいだ」


「飛び石?」


「そう。論理が飛躍したって思っただろう? 人間ってのは自分の足が届かない位置に論理の飛び石が置かれた時に跳ばざるをえなくなり、それを飛躍という」


「つまり、どういうことなんですか?」


「僕が見たのは男子学生と女学生の法学部らしき集団だ。そしてまず一人の男子学生が学内を指差した。それによって集団が事件に気付いた。その後、女学生の方が真っ先に駆け付けていって、少し躊躇いがちになってしまっている男子学生が遅れて駆け付けて行ったんだ」


 女学生が首を傾げた。目の前に座っている男子学生の言うことは相変わらず説明されなければそれがどうした、という普通の光景過ぎる。どうしてその結論に至ったのか理解できない。


「分かりません……やっぱりその状況で倒れたのが女の人だと言う理由がいまいち分かりません」


「じゃあもう少し近くしよう。男が濁って女が駆け寄ったんだ。これから、多分結構な美人だったかも、と断定は出来ないが推測くらいなら出来る。僕の思う美人と世間一般の美人のイメージは解離している可能性も捨てきれないから僕が見ても美人とは思わないのかもしれないが、世間一般には恐らく美人と呼ばれる類いなのだろうね」


「なるほど。それで分かりました!」


 女学生がポン、と手を叩いた。


「男ってのは嫌ですね。えっちです」「そうかい?」


 男子学生がとぼけて、んん、とのびをした。それから、一寸、彼女から視線を外して窓の外の景色を眺めた。


「ええ、まあ。綺麗な女性が倒れていて男性が複数人居たとしたら真っ先に駆け寄るのは抜け駆けのようで躊躇ってしまうということですね。そういうしがらみを抱えるのは男ではない女としてでも分からないでもないですがねえ。私は同情してしまいますよ男の性ってやつに」


「と、まあ、そういう過程で僕は考えた訳だ。大したことじゃない」


「いえいえ、大したことですよ……本当に先輩には何もかにもお見通しの様ですね。東雲は才気煥発とは先輩のことを言うんじゃないかと思うくらいですよお」


 遠くからサイレンの音が聞こえてきた。それはどんどん大きくなって、こちらに近付いているようだった。ファンファンファンと鳴り響くサイレンに驚くかのように大学の門の前に植えてあった桜の木から花弁が散って、歩道の桃色を僅かに強めた。


「で、東雲ちゃんが何でここまで駆け上がってきたというと、無論急いでいるからだ。ということは、だ」


 黒珈琲のカップを指で軽く弾いた。カップに注がれた珈琲の表面に生まれた波紋が互いにぶつかり合って大きな波になった。


「つまり____?」


「……いつもの変な話?」


「ええ、先輩。的中ドンピシャです。イグザクトリィという訳です。何もかもお見通しのようですね流石です」


 妙に良いイグザクトリィの発音に男子学生の眉がピクリと動いた。


 ただ単にこの女学生が帰国子女というだけの話だが、この男子学生には必要以上に自分が英語が出来ることを周りに示そうとする典型的な外国学部の鼻につく自慢のように聞こえてしまうきらいがあるのだ。


「褒められても全く嬉しくないな」


「しかし変な話というわけではなく、これは確かな筋でして」


「確かもなにもどうせ東雲ちゃんが持ってくるのはいつもあやふやな話じゃないか。どうせそれも眉唾物なんだろう?」


「先輩は、いつでも否定から入りますねえ。そういうの人間関係に良くないっていいますよ?」


「否定の否定は肯定だから実質僕は半分くらいは肯定している。から大丈夫だ東雲ちゃん」


「それは明らかに穿ってます。この一億同調時代に場違い感が半端ないです……ちょっと、私が喋ってるのにSNSをするのは失礼じゃないですか?」


「あ、ごめん。……で、何?」


「先輩って昔この大学で本当にあった殺人事件って知ってます?」


「いいや、僕はそういうのに疎いんだ。まさか聞いたことがない。作り話じゃないのか?」


「いやいや、本当なんですよ。殺された女子大学生は名家、財閥の令嬢。その恋人らしき男性が探偵の如くズバズバと事件を解決していったんです! なんてドラマティカルなんでしょう!」


「嘘っぽいな。特に東雲ちゃんが声のトーンを少し高くして興奮している辺り最高に嘘っぽい」


「これが嘘でないんです!」


 男の学生の言葉を受けて女学生が反射的といってもいいスピードで立ち上がる。男子学生は渋い顔をしながら少し身構えた。


「確かにこの話を聞いて調べている間。嘘っぽいと私も思いました。しかし、本当なのですよ」


「まさか」


「いえいえ、これが本当に本当なんですよ先輩。私も調べててびっくりしてしまいましたよ、あ、これ私が調べた資料でして」


 そう言って女子学生は自らのバッグから取り出したプリントアウトされた事件の資料を目の前の学生に渡した。男子学生は資料を一瞥して目の色が変わり、貪る様にそのプリントされた文字列を読み漁った。


「どうです? なかなかのものでしょう?」


「少し黙っててくれ、心配しなくてもしっかりと読んでいる」


「これについて、新しい噂が飛び交っていましてですね」


「それは後で聞くから君は黙ってカフェラテでも飲んでいるといい。なんなら一杯くらいなら奢ってあげるから」


「うぐ。もう少し喋らせてくださいよ先輩のばか。おかわりしてやるコールボタンを連打してやる」


「それはやめなさい」


「分かってますよ! そんなこと!」


 東雲が店員さんを直で読んでお代わりを所望した。店員さんが去っていった。


「____なるほど、興味深い」


 やがてゆっくりと、おかしそうに男子学生が小さく笑った。その笑顔は悪戯好きな子供っぽくもあり、苛烈な戦況が続く中やっと勝機を見出だした老兵の笑みにも見えた。


 そして、その様子を見て、対面する女の子も満足したようでくすり、と。本当にこの人は変人だ、と呟きたくなって笑った。その瞳にはある種の熱が籠っているように見えた。


「おっと? やっとセンパイの推理の琴線に触れてくれましたか。東雲はセンパイのその顔大好きですよ。なんというか実にセクシーです」


「……他に資料とか、データは無いのか?」


「勿論ありますよ。センパイのワトスンと自負する私をして、そちらの方面に抜かりはありません。この東雲嫁花しののめとつか、久しぶりに張り切っちゃいますよ。ねえ____遠江とおとうみ先輩!」


(眼帯娘とオカルト先輩 了)

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