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眼帯娘とオカルト先輩  作者: 水戸
HINOTAMA
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「甘利……ちゃん、ここでそんな嘘をついたって僕は君を許さないし、君の罪が晴れることはもう永久にないんだ」


「罪ですか? 恋が?」


「……意味が分からないよ甘利ちゃん」


「甘利は先輩のことが好きですよ? この気持ちに偽りはありません」


「だから、僕を懐柔しようとしても____」


 バチン、と駿河の頬が甘利によって思いきり、はたかれた。


「甘利。嘘なんてついていません。答えてください駿河先輩。どうとでも言ってください。何でも言ってください。私はどんな恨みの言葉でも愛の囁きでも聞きますから」


「出来ないよ、甘利ちゃん。僕には絶対に出来ない。応えることなんて。見逃すことなんて出来ない。君を逃すことなんて出来ない、そうやって僕を取り込もうとしても____」


「懐柔? 先輩なんて居なくても私は何れ罪を問われるというのにですか? うまくいけば問われないというのにですか?」


「だって、甘利ちゃんが僕を好きになる理由なんてこれっぽっちもないじゃないか。甘利ちゃんの言葉が僕には分からないよ」


「私を警察に突き出すつもりはない、そんな優しい先輩を好きにならない理由が無いと思いませんか?」


「甘利ちゃん、誤魔化すのはやめてくれ」

 ____バン!


「ふざけないでください!」


 もういいです! 甘利のヒステリックな叫びが室内に響き渡った。


「先輩の馬鹿。先輩の大馬鹿。黒澤先輩が好きという気持ちと、母を死に追いやった女の娘が憎いという気持ちが同時に存在し得る感情だってことを、知ってるくせに」


 駿河はもう何も言わなかった。何も言えなかった。


「好きですよ、先輩。黒澤先輩」


「それじゃあ僕が殺したみたいじゃないか」


「ええ、その一面もあると甘利は申しているのですよ」


「詭弁だ。君の言葉は嘘だ。人を殺した人間の言葉に説得力なんてあるものか」


「好きです」


「妄言を吐かないでくれ」


「くく。本人が言っているのに? 嘘をついても私には何一つ利することがないというのに? 殺人犯は人を殺さなければただの人であると思いませんか、そのただの人であったかもしれない人間が今先輩に好意を伝えているのですよ」


「何故今それを言う?」


「もう今しか無いでしょう?」

 甘利は笑った。


「……僕は、紗綾ちゃんが好きだった」

 駿河は独り言のように呟いた。


「……黒澤先輩? いきなりなにを?」


「失ってから気付いたんだ。失う前はどうにも照れ臭くて思うことをなんだか自分の罪のように感じてしまうようなこの気持ちに気づくことはなかった」


「ふうん。月並みな言葉ですねえ。陳腐な言い回しです」


「そうだ、月並みでチープでありふれている感情だ」


「へえ」


「僕は紗綾ちゃんが好きだった」


 確認するように再度同じ言葉を駿河は発していた。


 駿河は甘利をしっかりと見据えた。甘利は駿河のその様子を見て、自嘲気味に笑った。


「嫌いなわけがないさ。だって、そうだろ? 紗綾ちゃんは僕を認めてくれていたんだ。夢を語って聞かせてくれるくらいには僕なんかを信用してくれていたんだ」


「馬鹿ですねえ、先輩は。今更私に言っても何にもなりはしないのに、どうしてそんな告白をするんです? どうして私にではなくて、まるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐのです? それは何の意味もありはしませんよ」


「____いいや、違うよ。ただ、僕は紗綾ちゃんに恋していたから君を拒絶するとそう言ってるんだ」


「はは、成る程。だからそれを私の前で、今、私に言いますか……いえ、今だからこそ。そして私の前だからこそなのでしょうね」

 やっぱり、という安心したような安堵したような、しかし、甘利の顔には嫉妬の感情の銃弾で胸を撃ち抜かれたような表情が滲んでいた。


「なあ、甘利ちゃん。どうして紗綾ちゃんが、僕よりも先に君に電話番号を教えたと思う?」


「どうして? ってそれは先輩の誕生日サプライズの連携を取るためでは? ……まさか。考えすぎですよ先輩」


「僕にはどうしてもそうは思えないんだ。だって、仮に僕が紗綾ちゃんだとしたら、どうしてわざわざ「電話で」「誰かに」「呼び出されたこと」を言うんだ? 紗綾ちゃんがこんな性格だから僕は今こうやって素直に紗綾ちゃんのことを好きだって言えたんだ。あの優しい後輩を好きだって言えたんだ」


「……ふふ。それは良かったですねえ。しかし先輩が思っていることは私は間違いだと思いますよ。……あくまで私の意見ですがね。今となっては死人に口なし、不幸なる者にはクチナシをって感じですねえ。あ、知ってますクチナシの花言葉?」


「……私は幸せ者」


「ふふ、博識ですねえ。そしてやっぱり優しい嘘をつくなあ先輩は。どうせ知ってるくせに私には教えない。流石ですねえ。死体にして家に飾りたいくらい立派です。あ、これ勿論冗談です」

 甘利の瞳にうっすらとした月の光が映った。


「大切なものっていつか無くなるものなんですよね。いいです。私を許さないのならば、そのまま永遠に許さないでください。甘利は先輩にそうされるだけで充分ですから。私も罪の意識が無い訳ではありませんしね」


「罪の意識があるなら、どうして殺したんだ? どうして殺さなければならなかったんだ」


「あれあれ、分かりませんか? 殺さなければならないほど恨んでいたという感情と殺したくないという感情は同居していていいはずだと思いませんか。まるで好きという感情とそれ故に冷たく当たってしまう感情の揺れ動きが誰にだって認められるように」

 甘利がにっこりと笑った。駿河は何も応えなかった。


 甘利が立ち上がり、駿河にひとつの机を挟んで出口の元へと背中を見せながらゆっくり歩いていって、出口の前でなにかを思い出したように振り返った。


「さてと、先輩にフラれた哀れな甘利は償う事で失意を癒すとしましょうか。さよなら、先輩。もう二度と会うことはないでしょう、ではご機嫌よう」


 立ち尽くす駿河の漆黒の瞳が映しているのは甘利が去っていった方の暗闇がしいんと静まり返っていく様子だった。闇に溶けていくように、甘利の姿が黒色へと吸い込まれていった。


 駿河は、ただ全てが終わった虚無感と脱力感に包まれていた。

 甘利の最後の言葉が駿河の頭の中で残響音として響いていた。

 そして、甘利が去り際にちらと見せた複雑な感情を含んだ顔が目の奥に焼き付いていた。


 後悔とも達成感とも取れるような微笑。その意味を考えていた。


 会うことはない。それはそうだ、ここまでの決別を味わった人間同士のお互いの人生が交わることはもう無いだろう。でも、甘利の声はそれ以上の真剣さを含んでいた。


 甘利の足音が廊下の壁に反射して小さくなっていくのが聞こえてきた。


 その音のリズムから少しだけ早足で去っていっているように思える。急に音の質が変わった。廊下を歩いている音から何かを登っていくような音に変わった。


 もう、……二度と……?


 駿河は甘利が去っていった方向を思い出した。


 そっちは、紗綾が落ちた窓の……!


「待て甘利! ____甘利十和‼」


 駿河は甘利を追い掛けて駆けていった。


 その日の夜空に浮かぶ月はどうにも痛々しくて、禍々しくて、美しかった。夜空に独りで浮いていて、冷たい色で光っていた。

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