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「……妹だろう。恐らく君は」
駿河は唾を飲み込んだ。
「そんなことあるわけないじゃないですか。何を考えているんですか先輩。いきなり私を殺人犯だと言い放った挙げ句に私を紗綾さんの妹扱い? お伽噺ですね、滑稽とさえ言っても構いません」
「僕は葬式に出るために紗綾ちゃんの地元へと足を運んだって言っただろう? 伝承も調べたと言ったはずだ」
「それが何か? その話を聞いた時、甘利は先輩は随分薄情者だなあと思いましたよ。後輩の葬式に行って趣味である地元の伝承を調べるなんて血も涙もないなあ、と」
「僕がおかしいと思ったのは、ヒトツメクサなんて植物はこの世に存在しないんだよ。勿論そんな植物に伝承なんて存在しない。……ただ如月の家の家紋は一目紋だった」
「……」
「君はありもしない植物のありもしない伝承を知っていた、何故だ?」
「……知りませんねえ、昔聞いたっきりですから」
「甘利ちゃんが話してくれた伝承がつくり話だとしよう。ただ、まるっきり作り話って訳じゃない。多分に事実に基づいた作り話だ。昔から連れ添った女が男に捨てられる。そんな話を娘にするのはどのような境遇だ? 大して選択肢は残っていないよ。甘利ちゃん」
ガンッ!
甘利の足が机に当たって鈍い音を立てた。
「それは例えば、本妻と結婚するために捨てられた女ですかあ? もしかして違いますか? 甘利のようなお馬鹿にはー、ちょおっと‼ 分からないんですけども!!! 仮にその話がそうだったとしても何だっていうんです? それが私を疑うには足りえる情報だとしてもどうして確信に溢れた声で私を殺人犯だと言い張るのですか!」
「甘利ちゃん。君の言動は僕にとっておかしすぎたんだ。……だって君は」
駿河はリノリウムの床に視線を落とした。
「紗綾ちゃんの死に顔が美しかったのを知ってるじゃないか」
甘利がはっとして口を開けた。それが決定打となった。
駿河の言葉に、甘利はくつくつと笑った。なんという失敗。驚くほど稚拙な自らの愚かなミスを嘲笑した。そして、目の前に立つ黒澤駿河という人間の天性の才能を笑った。乾ききった声が、破れた障子から入り込む冬の冷たい空気のように漏れていった。
「ああ、なるほど。先輩にだけは透けて見えているんですね。あくまで不確かなモノしか持っていなくとも、先輩にはそのどれもが私を指し示しているように見えたわけですねえ」
甘利がにたりと笑った。
「黒澤先輩はこう言いたいんですよね。私は紗綾の死体の状態を知っている。____奇跡的に綺麗な死に顔だったことを知っている。普通ならばミキサーにかけたようにぐちゃぐちゃであるはずなのに、ですか。そうだ、もう一つ言ってあげましょうか。紗綾ちゃんの死因は落下そのものじゃないことを私は知っています。落ちてから重体のまま数分間もがいて出欠多量で死んでいったことを、私は知っている。あらぬ方向へと曲がった____」
____聞きたくない。
「あれれ? 聞きたくないなんて弱気ですねえ先輩。結局のところ、真実はいつだってその瞬間にしかないのですから、案外、嘘かもしれませんよ? 本当は私は何にも知らないのかもしれませんよ? 怖くなって逃げ出したのかも知れませんね」
「僕は人を殺したことを認める事が出来た君が怖いよ」
「そうかもしれませんねえ」
甘利がにたり、とねばつくように笑った。
「しかし……私はとんでもない大きなミスをしていたということですね、甘利は。まるで後追い自殺をしたいかのように贖罪でもしたいかのように杜撰でしたねえ。無論先輩の位置から見た時に限ってですが」
甘利が空を見上げた日はもう落ちようとしていた。
「ねえ先輩。現代日本で愛されないそれがどれだけ惨めだと思いますか。望みの無い望みにすがりついて生きることがどれだけ哀れだと思いますか」
「分からない」
「ですねえ。そうでしょうねえ。私にだって分かりませんよ」
まあ、いいですよ。そんなの。
「そんなの、甘利には我慢出来てたんですよ」
「じゃあ、どうして」
「そうだ。センパイ! 銃のトリガーに罪はあると思いますか?」
「銃のトリガー? 甘利ちゃん何を言ってるんだ?」
甘利はくつくつと笑った。可笑しそうに。
「馬鹿ですねえ、黒澤センパイは。本当にばかです。怖いのは人間、そういうことですよ?」
「……意味が分からないよ。君が何を言いたいのか」
「仕方がなかったんです」
仕方がない、その言葉に駿河の体は自分でも一瞬何をしたのか分からないくらい速く動いていた。
駿河は甘利の胸ぐらを掴んでいた。
「仕方がなかった? 何がだ!? 人を殺すことが仕方がなかったらその罪は許されるのか? 紗綾ちゃんを殺すことが仕方がなかったと!?」
「ええ、仕方がなかったんです」
「仕方がなかったら許されるのか」
「じゃあ、私の母があの女の父に無惨にも殺されたのは許されるんですか」
「実際に手を汚されて殺された訳じゃないだろう?」
甘利が力任せに駿河の腕を振り払った。
「実際に手を汚して居ないからこそ惨いんじゃありませんか。酷いんじゃありませんか。あの綺麗で優しくて柔らかくて、女手一つで私を育ててくれたお母さんを。妾なんていう安っぽい烙印を押され、背負わされ! その上に! ……母親がお伽噺の代わりに雑巾みたいに扱われた過去を虚ろな目で語るのを見たことがありますか? 人が川に身を投げて死んで雑巾みたいなるところを貴方は見たことがあるっていうんですか!」
駿河は甘利の剣幕に身を押された気がした。甘利との物理的距離が一気に開いたような錯覚さえ感じた。
「私はお母さんを精神的に追い詰められ殺されたという桎梏からは逃れられなかったという訳ですよ。ねえ____先輩?」
「何だ?」
「この話。警察に言って取り扱ってくれるでしょうかねえ。先輩が示したのは全て見た聞いたのような不明瞭なもので私を明確に犯人と示すものじゃない」
「僕だって馬鹿じゃない。そんな事は分かってる」
「馬鹿ですねえ」
悪戯っ子のような目が駿河を覗きこんだ。




