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眼帯娘とオカルト先輩  作者: 水戸
HINOTAMA
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 授業後、特に用も無い限り使われることのない教室が多いせいか、六号館には人気が無く、静まり返っていた。自分の息をする音や心臓が鳴る音がもう少し小さければ相手の息をする音や心臓の鳴る音が聞こえてくるかも知れないと感じるくらいには音が無かった。


「甘利ちゃん。君が紗綾ちゃんを殺したんだね」


 波一つない水面に雫がおちて波紋が生まれるように、その言葉が静寂を破った。 

 ゆっくりと駿河が口を開いた。甘利の開かれた瞳が次第に焦点を捉えていった。まるで駿河が紗綾の訃報を聞いたときの様な顔をしていた。青ざめていた。


「な、んで……どうしてです?」


 戸惑いを混ぜた声が甘利の喉を伝った。


「……甘利ちゃんだってずっと隠し続けることが出来ないだなんて分かってることだろう?」


「な、何を言ってるんですか黒澤先輩! ……冗談だとしても甘利だって怒りますよ? こんな時に冗談を言っている場合ですか!」


「冗談だと思うかい?」


「ええ、意味が分かりません。理由があるのならちゃんと説明してください」


「説明か。そうだね。まずどうして他殺と思ったか、だ」


「はい、甘利はそこの部分から納得していません。愛着のある大学の構内で落下死とは自殺であってもなんら不思議はないのでは?」


「遺書だ」 


「遺書? 紗綾さんのものですか。そこに犯人でも書かれていましたか? 私は自殺ではなく、他殺ですって。書かれていませんよねえ。遺書は自殺をするためのものなのですから」


「紗綾ちゃんは生きていた頃に僕にある夢を語って見せた」


「夢? なんですかいきなり。突拍子もない」


 甘利が嘲笑するかのように声音を変えた。


「小説家になりたいという夢だ。ジャンルはミステリーでトリックまで僕は聞いたよ。そんな夢を持った娘が次の日に自殺するだなんて誰が信じられる?」


「それが何か? 夢を抱いていたと信じるかどうかは先輩の中での話であって真実とは何ら関係が無いように思えますが?」


「……それから紗綾ちゃんは最近部屋に入られたのにも関わらず今まで用意していたミステリーの設定ノートの一ページだけ奪っていった不思議な空き巣にあったとも聞いた」


「さっきから話が読めませんねえ。なんというか、まわりくどい」


 栗色の髪を少し強めに指で巻いて、駿河から目を逸らした。


「奪われていたページは遺書のページだったんだ」


「はあ、紗綾さんの作り話かも、勘違いかもしれない話から存在するか分からないその遺書が紗綾さんの遺書に使われたとでもおっしゃるのですか? 滑稽ですね、何の証拠も無い」


「そうだね、嘘かもしれない。でももしそうだとしたら、紗綾ちゃんが鍵をかけ忘れて外出をしたという時点で突発的犯行だ。鍵をかけていないことを認識して、なおかつ紗綾ちゃんがすぐ戻ってはこないと判断できなければならない。これから加えて身内の犯行だと僕は思った訳なんだよ」


「そこからどうして私に繋がるかが分からないと甘利は申しているのですよ」


「僕は紗綾ちゃんの本当の遺書を持っているんだよ」


 甘利の眉がピクリと動いた。


「ねえ、聞いてますか先輩。そんなことよりも先輩の話だと仮にアパートの人間が紗綾さんを殺したとしても、どうしてそれが甘利になるのかさっぱり分からないのですが。馬鹿な甘利に説明してくれませんかねえ」


 甘利の語気は強くなっていた。


「私に出来て他の誰か、例えば……そうですね先輩という被疑者に出来ない理由を示してくれないと納得出来ないと申しているのですよ」


「アパートの住人のうち、僕と冴木だが、僕にも冴木にも不可能だ。冴木にはアリバイがある。あの日の夜、僕は冴木と一緒に行きつけの店に居たというね。顔馴染みだから店主に確認をとってもいい」


「……良いアリバイをお持ちですねえ」


 紗綾のような皮肉染みた声が駿河の耳に聞こえてきた。


「次に御津さんだ。……これも不可能なんだよ。まず動機が無い。いや、仮にあった場合に真っ先に疑われるような人間にも関わらず紗綾ちゃんが死んでも何一つメリットが無いというべきか」


「状況証拠ですねえ、物的証拠は何一つない。それに動機だなんてアパートも誰もが持っていないと甘利は思うのですが、どうやら先輩の考えはもう少し違うようですね」


「それに御津さんは今回重要となるキーを御津さんは持っていない」


「キー? 推理の鍵となるものですか? 勿体振らないで教えてくださいよ面倒くさい」


「最後に筒賀。これも無理なんだよ。筒賀も、紗綾ちゃんのある情報を持っていない」


「最後は私でしょう? それとも先輩ですか? まだ二人も足りませんよ。それにキーってなんのことですか? 分かりませんねえもう少し詳しく言ってもらえないと」


 窓際の手すりに甘利がちょこんと腰をかける。ブラインドを下ろす為についている細い白い糸を指先であやすように弄った。駿河は教室の机越しに甘利がそうやりながら微睡んだように喋るのを静かに聞いていた。


「紗綾ちゃんをあの場所に呼び出すためにはさ。どうしたらいいと思う?」


「愚問です。そんなこと聞かないでくださいよ」


「手紙、口頭、色々手段はあるけれど、最も簡単なのは携帯電話だと思わないかい?」


「思いませんねえ。最も簡単なのは口頭だと私は思いますよ。ほら。なんというか、証拠も残りませんし? 手紙や携帯電話だと証拠を後から消す一手間が必要じゃないですか。あ、甘利は論理的に考えた結果、一般論としてそう思うだけであって私はそもそも人を殺すだなんて残酷な真似はとても出来ないか弱い女の子ですけれどね」


「紗綾ちゃんが携帯電話で呼び出されたのは事実としてハッキリしているんだよ」


「ふうん、じゃあどうして私に聞いたのです?」


「甘利ちゃんがこの質問にどれだけ速く答えることが出来るか見たかったからかな」


 舌打ちが聞こえたような気がした。


「……やはりしちめんどくさいですねえ。返答の早さが早いからどうだと言うのです? 遅いからどうだと言うのです? そんなことで人を殺人犯扱いしようとしている先輩は異常ですよ」


 日の傾きが一段と深くなって、遠くの方に小さく見えるビルがキラキラと光った。風が吹いてきて、窓がガタガタと揺れた。


「僕は紗綾ちゃんが死んでしまう当日、紗綾ちゃん本人から電話で誰かに呼び出されたって聞いてたんだ」


「その話の信憑性を甘利は疑いますね。先輩を信用していないという訳でなく、そんな戯れ言みたいな不確かなものを証拠に自分が殺人犯扱いされるのが許容出来ないという意味で、ですがね」


「甘利ちゃん。あの時点で紗綾ちゃんの電話番号を知っていたのは君だけだった」


「……私は知りませんけれど。知るわけがないじゃないですか。先輩と紗綾さんの関係と比べてしまえば、私は紗綾さんとは特別仲が良い訳ではありませんでしたのに。電話番号を変えたという事実すら今初めて聞きましたよ」


「甘利ちゃん。それは嘘だよ。君が紗綾ちゃんの連絡先を知っているのは確実だ」


 駿河の言葉は早かった。確信に基づいてその言葉を発していた。


「どうしてです?」


「僕の誕生日会の時に僕は紗綾ちゃんに騙されていた時のことだよ。僕が紗綾ちゃんが何か企んでいると気付いた切っかけは紗綾ちゃんが探索に相応しくない格好をしていることと、もう一つ、紗綾ちゃんが君と携帯電話でやり取りをして、知らないハズの七号館への道が閉鎖されているという事実を知っていたことだ」


 甘利は少し困った表情をした。とぼけたような顔をしていた。 


「つまり、君は紗綾ちゃんの電話番号を知っている」


「そうかもしれませんねえ」


 駿河はこれから甘利に言う言葉を躊躇した。こればかりはあやふやなことが多かったからだ。十中八九そうなのだけれどもう一つか二つかはそうでない可能性が存在する曖昧な言葉になるのが自分でも分かっていた。 


 もしそうでない場合今まで自分が紡いできた言葉と編んできた推理が全て水泡へと変化してしまう恐れを含んでいた。


 だから、躊躇った。


「甘利ちゃん、君は」


 そこからは引っ張られるようにして言葉が出てきた。


「甘利十和。如月十和になれなかった人間だ」


 初めて。駿河が甘利が犯人だと言ってから初めて甘利の顔があからさまに歪んだ。目に嫌な光が灯った。


 眉は上がり、口が頬に緊張がはしったように見えた。眉間に一瞬だけ皺が見えた。


「ねえ、黒澤先輩はいきなり何を言ってるんですかあ? 甘利は、甘利で甘利十和以外の何者でもないですよお? なのにどうして黒澤先輩は私のことを如月十和なんて珍妙な名前で呼ぶんですか? それじゃあまるで」


 低い声。およそ甘利の声とは思えないような、肺の底から響くような声が聞こえてきた。


姉妹きょうだいみたいじゃないですか」

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