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着信音が鳴った。甲高い音がポケットから聞こえてきた。寒空の下、駿河は一人取り残された気分になっていた。
駿河が電話をとると甘利だった。
甘利は公園のベンチに一人寂しく座っていた。駿河の姿を見つけるとたまらず駆けて寄ってきた。
「どうしました?」
「どうもしないよ。ただ、何がなんだか分からなくなっただけだ」
「はは、結構遅かったですねえ。先輩は」
「ずっと待ってたのかい? 寒くはなかったかい?」
「えへへ、大丈夫ですよお。甘利はちゃんとホットコーヒーを飲みましたから!」
無邪気に甘利が笑ったように見えた。
不意に。
駿河は甘利の手をぎゅっと掴んだ。
「……先輩?」
「……温かい。そう、冷たいんだ」
「何がです?」
「君の手だよ」
甘利が頬を仄かに染めた。
「ほ、ホホホホットコーヒーを持ってたからですよ! ちょっと先輩、何してるんですか」
「ああ甘利ちゃん。ごめん」
余りに駿河の声は情けなかった。
「先輩。私にすがりたいのならすがってくださっても構いませんよ」
「……紗綾ちゃんは幸せだったのかな。知らないっていうのは幸せだったのかな?」
「幸せで、あるはずがありませんよ」
甘利が相槌を打った。
「すごく綺麗な死に顔だったんだ」
降りしきる雪、積もる雪、それすらも比べるものの無いくらいにのように。
「そう、ですか」しんみりと甘利が頷いた。「紗綾さんは綺麗でしたし、さぞ死に顔も綺麗だったんですね」
「そうだ。紗綾ちゃんとは、結構色々馬鹿なことやってさあ」
紗綾の姿が思い出される。憎らしいとも感じていた紗綾の態度も昨日のことのように感じる。思い出した紗綾の顔はいずれも笑っていた。
心の臓が抉られて、なんだか体が重かった。
「それで犯人は分かったんです……? 先輩?」
駿河はそれに答えずに、何も言わないでぽすっ、と駿河は自身を甘利の胸に収めた。
「な、何をするんですか先輩!」
甘利が顔を真っ赤にした。
「……甘利ちゃん、僕はどうすれば良いのかなあ?」
「どうすればって……?」
「どう生きればいいのかな、これから」
「なんだか、悲しいことを言わないでくださいよ先輩。そんなの先輩らしないです」
「でも……分からないんだ。どうしていいのか、分からないんだよ僕は。だから、今は」
やっと言葉を紡いでいるような今にも切れてしまいそうな糸のように、か細い駿河の声に、甘利の言葉は呑まれてしまっていた。
「……甘利ちゃん。今だけはこうしていてくれ」
「そう、ですか」甘利の声は冷たい空気に溶けて消えていった。
駿河の髪が下に垂れた。甘利に乗せていた体重が一層大きくなった。
「僕も死んでしまえばいいのかな」
体の奥底に溜まっていた言葉が突き上げられるようにして喉を通り空気と同化していった。
「ばか!」
甘利が胸に抱いていた駿河を突き放した。瞳に涙が浮かんでいた。
「先輩の馬鹿!」
甘利は怒っていたように見えた。駿河はその甘利の怒る顔の中に多分に悲しみが含まれているようにも感じた。びしょ濡れになったタオルが風に当てられて冷えこんでいるように見えた。縮こまって震えているように感じられた。
「どうして先輩までもが死ぬ必要があるんですか! そんなことで紗綾さんが浮かばれるとでも?」
どしゃ降りの雨が降るような叱責だった。頭の上から叩きつけてくるような声だった。
「たとえ、そんなことされたら甘利は……泣いてしまいますよ。悲しんでしまいますよ。言っていいことと悪いことくらい分かってくださいよ」
甘利は林檎の様な真っ赤な顔で泣き出した。
もうすっかり冬に片足を突っ込んでいるようで、空気が凍りついていた。
町の底に氷の板が張っていた。歩けば靴を通して冷たさが伝わってきて、ヒリヒリするほどだった。




