44
「お前、これ誰かに見せたのか?」
「いえ、見せてません」
「そうか」御津が視線を落とした。そして、口を右手で覆った。最初は何をしているか分からなかった駿河も、直ぐに理解した。御津が肩を落とし、俯いていた。そして、悲しみに震えていた。
「これを、私のために?」
「ええ、本当ならばもっと早く見せるべきだったんでしょうが僕もこの手紙を開くのに暫くかかってしまって遅れました。すいません」
「おせえよ。ばか。……本当に」
その御津の姿が今まで見たことがないくらいにしょんぼりとしていて、別人と見間違えるほどに小さく見えて、駿河は何も言えなかった。御津がおもむろに口を開いた。やおらに頭をもたげているように見えた。
「正直、紗綾ちゃんはずっと苦手だったんだよ。そりゃあ、両親のことで結構な引け目も感じてたし、その上そういうしがらみがなくとも苦手意識を感じるものもあった。そりゃそうさ、容姿端麗の令嬢なんて誰だって肩書きを聞いただけで少し身構える。特に私なんかのような一般人にはさ。でも、なんだかんだ言ってもそれと同時に可愛い後輩であって、もっと言えば妹みたいだって思ってたんだ」
駿河は、目を閉じた。自分には見えなかった御津の紗綾に対する引け目が見えてきた。そういえば御津さんが紗綾ちゃんにしつこく絡んだことは一度たりとも無かったような気がした。イメージとして存在しているだけで、実際その状況の明確な記憶は無かった。
ただ、とても仲が良かった様子は幾らでも思い出すことが出来た。
紗綾から近寄るでもなく、御津から近寄るでもなく絶妙の距離感が二人の間に感じることが出来た。駿河は目を開いた。
黒澤駿河はこの手紙を読んだとき、大事なことを言うことが出来なくて、言いたいことを言うときに色々な着飾った無駄な言葉で誤魔化すのが本当に紗綾らしいと思った。御津がそんな顔をしていた。頬が少しだけ緩んでいた。御津がこっちを向いた。目と目があった。御津がさらに微笑を強めた。
「なんだよ、駿河。少しくらい茶化したっていいんだぜ?」
「僕がそんなこと、するわけないじゃないですか」
「そうか? 案外腹の中はどうだか」
「……そうやって重くなった空気をすぐ軽くしようとしているところ、御津さんらしいな。そうだ、御津さんに一つだけ聞きたいことがあったんですよ」
「何だ?」
「御津さんは紗綾ちゃんの携帯電話の番号って知っていますか?」
御津が予想外の質問にきょとんとした。
「今更どうしてそんなことを聞くんだよ? ……私は知らない。黒澤こそ知ってるんじゃないのか?」
「いいえ、僕は知りませんよ。でも、分かりました」
駿河が立ち上がった。出ていこうとする駿河を御津が呼び止めた。
「駿河、私はお前が心配だ。辛いのは分かる。だけどお前紗綾ちゃんの言うこと、ちゃんと聞けよな」
「……ありがとうございます」
玄関へと続く廊下の床はひんやりと冷たかった。御津も後ろから着いてきた。
カチャリと、優しく金属とプラスティックとが擦れあう音がして、ゆっくりとドアを開こうとした瞬間にチャイムが鳴った。
ピンポーン。
駿河は後ろを振り向いて、御津に目をやった。御津に自分以外に客が居て、自分がその邪魔をしてしまったのかと思ったがそんな顔はしていないで、御津にも誰が来たのか分かっていないようだった。
そっと、扉を開けると栗色の髪の女の子が立っていた。




