40
目の前の鉄製の手すりに背中を押し付けるようにして体重を預けながら、駿河は溜め息をついた。
肺の底を押し上げるようにして空気を吐いた。
空を見上げた。前髪が少し鬱陶しかった。
駿河の目線の先には大きな雲が分かれて散り散りになったように小さな雲が幾つも浮いていた。あの雲がみんな集まっていた頃はさぞかし甘いわたあめみたいに豊かな雲だったのだろうと思った。視線を右に送ると甘利が立っていて、駿河の方を少し怯えたような目付きで見ていた。
栗色の髪を後ろの方で一つに纏めてポニイテイルにしている。ぴょこぴょこと跳ねていたそれも今では力なく垂れ下がっているだけだった。
「甘利ちゃんごめんね、こんな事に付き合わせちゃって」
「はい。全く。でも先輩についていくというのは私が言い出したことですので」
駿河はコンクリートの床に立つ甘利に心配をかけさせまいと微笑む。
冷たい突風が二人の頬を撫でていった。肌が剥がれてしまうような寒さだった。
「紗綾さんは先輩と冴木先輩に好かれていたって事ですか。甘利、気づきませんでしたよ」
駿河は甘利が自分を気遣って話題を逸らしたのだと思った。
「別に僕は紗綾ちゃんに冴木のような恋愛感情を抱いていた訳じゃないよ。冴木がね」
「そうですか? それでも甘利は、ちょっと紗綾さんに嫉妬してしまいますよ」
甘利の言葉に駿河はまた、無理に笑みを作って空を見上げた。
なんだか駿河はとても喉が乾いていた。それに、睡眠を渇望していた。眠たかった。砂漠に放り出された蛙のように干からびていた心は休息を求めていた。
「先輩」
「なんだ?」
「今日は私の部屋に泊まります? えと、その。冴木先輩の隣の部屋じゃ気まずいかなって。大きなお世話ですかね?」
駿河はかすかに首を横に振った。続けて甘利にありがとうと呟くように言った。