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眼帯娘とオカルト先輩  作者: 水戸
HINOTAMA
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3


「おっと、オフレコ。オフレコですよ先輩。オフレコ。分かります?」


 駿河の発言が辺りの誰かに聞こえてはいまいか少し体を机に乗り上げて周りを見渡した後に慌ててしっ、と紗綾が人差し指を口の前にやる。


 駿河は紗綾の仕草を見ながら深い落胆に包まれていた。


 木乃伊男、ミステリーサークル、UFO、チュパカブラと来て火の玉とはどうもしまらないだろう、とそんな事を頭に浮かべて、そもそも紗綾の持ってきた案件にまともなモノはあったのかと考え、しばらくして考えるのを止めた。まともであろうがまともでなかろうがどうせ厄介事に巻き込まれるのは自分であることは明白だった。


「で、今日もするのかい紗綾ちゃん」


「で、今日もするんですよ先輩」


「そりゃあ楽しみだね」 


「ええ、楽しみですよ」


「皮肉だよ紗綾ちゃん」


「生憎、皮肉とやらを生まれてこの方したことがないのでどんなものか存じ上げませんねえ」


「皮肉かい?」


「ええ、皮肉です」


 煮ても焼いても食えない後輩だ。下半分だけぷくりと膨れた出来の悪いひしゃげた卵のような喫茶店の照明を見て駿河は、椅子に少しだけ深くかけ直した。



 

 紗綾は駿河に噂話の詳細も語らずに一言二言、自分の火の玉について感想を言っただけでそそくさと喫茶店から出ていってしまった。駿河は悶々とした気持ちで喫茶店で暫く作業をしていた。取り残された訳ではないのだが、自分が押し掛けてきたくせに言うだけ言って、さっさと切り上げられてしまうとちょっとした疎外感を抱いてしまうのが癪だった。


 とはいえ、サボタージュ出来るような作業では無かったので、その気持ちのまま図書館に居ざるを得なかった駿河はひたすら居心地が悪かった。時計の進みがやけに遅く感じられた。司書さんに言って探してもらい、手に持った工学の参考書も重かった。このまま本と珈琲の匂いに埋もれたままでいたかった。


 作業も終わり駿河が図書館を出ると辺りはすっかり暗くなってしまっていた。七号館の方が封鎖されていて、駿河はがっかりした。図書館から駿河の家の方へと大学を出るためにはかなりの遠回りをしなくてはならないからだった。「すいません、なんでここ封鎖されているんですか?」「あんまり正式な封鎖とかじゃなくて明日、外の人を呼んでのシンポジウムがあってさ、その準備で色々とね。明日の昼頃までここは通れないよ」「いつからでした?」「ついさっきだ」「そうですか」。もう少し早く出ていれば良かったのに運が悪いな、と駿河は誰に聞かせるでなく悪態をついた。


 暗く、寒い、下宿先へと続くアスファルトの道を歩く距離が伸びてうんざりとした。昨日よりも今日の日の入りが格段に早くなる秋の夜道は本当に暗いもので、街頭の光がつくのも遅い。その光を頼りにして進まなければならない駿河にとってぽつりぽつりと点いている電灯が心細かった。


 昼間見ると黒々としたアスファルトも夜道で街灯に照らされるとやけに白く見える。横道にある小さな祠に置かれている地蔵様の灰色の肌すらも白く見える程だ。


 駿河が夜空を見上げると、星がキラキラと光っているのがよく見えた。子供の時分はあの空に光る星のどこか一つに知的生命体が存在するという前提でよく見上げたものだ。星座は小学の時に覚えたオリオン座とさそり座くらいしか知らないが。……さそり座の煌々と輝く赤い星がアンタレス。


 夜空で真っ赤に輝く一際目を惹く星。……それくらいだ。しかし、今日は月が目に入って仕方がない。冷たい夜風が存外気持ちが良くて、どこの家庭からか鼻腔を刺激する美味しそうなシチューの匂いが、駿河のそれを助長していた。


 夜空に見える昨日よりも欠けている月を見て、まるで僕の今の気持ちだと、駿河は肩を落とした。変な乾いた笑いが出てきた。


「センパイ?」


 目の前の暗闇から一人の少女が出てきた、というよりも気付かなかっただけで恐らくこの道の向こうからずっと自分とは反対向きに歩いてきた少女の存在を確認したのだった。


「黒澤センパイ、どうしたんですか? そんな暗い顔しちゃって」


 暗闇の中から栗色の声がした。弾けるような明るい声だった。あどけない可愛らしい顔の後ろで濃すぎない茶髪のポニイテイルがゆらゆらと揺れている。


「あれ? 甘利ちゃん? こんな時間にこっちの方面に何か用でもあるのかい? 僕が来た道にはせいぜい大学があるだけなんだけど」


「その大学に、行くつもりなんですよ、黒澤先輩」


 駿河の目の前には快活に笑う、駿河よりも頭一つ分、下手をすると一つと半分くらい身長の低い女学生が立っている。オレンジ色を基調としたその女のファッションはとても似合っている。相変わらず可愛いな。駿河はそう思った。


 恋愛感情としてでは無い、あわてふためく小動物を連想をしてしまうような、そんな可愛さだ。庇護欲というものを見たものの心のタンスからするりと取り出してしまうような天性の愛くるしさを持っていた。たとえ、同姓の女の子であろうと、可愛いというだろう。「可愛い」という特徴が記号化されてそのまま街道を歩いているような女の子だと、そう思う。


 桃色でフリフリとしたスカートにも嫌味が宿っていない。


「ふうん、何をするために大学まで行くんだい?」


「秘密ですよ」


「気になるじゃないか」


「だから、秘密なんですよ黒澤センパイ、にへへ。秘密は女の子のアクセサリー、なんですよ? おっと、黒澤センパイ、何々? 秘密が女の子のアクセサリーならそれを盗む怪盗が男だなんて中々格好いいこと言ってくれるじゃないですか」


「何も言ってないよ」


 甘利が牡丹の花が咲くように健気に笑った。


「まあ、いいや。甘利ちゃんがそう言うんなら詳しく聞かないけど暗いから気を付けてね」


「はーい分かりました。でも、甘利の秘密はいつでも探求者を探していますからね? 黒澤センパイ、甘利の秘密を闇雲に解き明かすのを私はいつでも待ってますよ? 私のひ、み、つ」


「冗談はやめてくれ。甘利ちゃんの秘密を解き明かすだなんて僕には不相応だろうから遠慮しておくよ。というか、甘利ちゃんも大概だよね」


「も? 何がです?」


「こっちの話。とにかく暗いからよく気を付けてね甘利ちゃん」


「はーい」


 甘利十和は駿河の言葉を分かってるんだか分かっていないのだか晴々とした笑顔を浮かべて駿河が今来た方の暗闇へと去っていった。


 甘利が去っていって、取り残された駿河の足取りは当然、下宿へと向かうのだが、相も変わらず重い。


 いくら足取りが重かろうと進んでいる限り目的地には近づいてしまうもので、長屋の様な形状のアパート「ルプラホーン」、つまり駿河の下宿の姿が見えてきた。駿河はやっと安らげると安堵するところなのだが、駿河はため息のひとつでもつきたくなった。


 何やってんだ。

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