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パタン、と金属と金属とが擦れる空虚な音を立てながらドアが閉められた。
駿河はそれからも暫くの間閉められたドアを見ていた。
ドアノブのメッキが少し剥がれていた。……思い出した。
紗綾ちゃんに初めて訊ねた言葉は、学内の喫茶店で待ち合わせて、一通り話を聞いた後にここに来て、それからこのアパートを見て、どうして両親は富裕なのにこんなパッとしない物件に住んでいるのかということだった。
その問いに紗綾はスカートを、風に誘われて舞う蝶のように翻して、まだ一介の大学生に過ぎない父親が学生時代に大志を抱きながら過ごした下宿を大人になってから買い取ったからだと自慢気に教えてくれた。その時の紗綾ちゃんの顔が笑みが零れるように、笑うつもりはなかったのだけど嬉しくて堪えきれなくて頬が緩んでしまったように見えたから、これが育ちの良い女性の笑い方なんだと感心したものだ。
最期に会った喫茶店で見せた笑顔が何処か懐かしく見えたのはあの時の笑顔に似ていたからかもしれない、な。上品か、紗綾ちゃんの笑みを憎らしく感じるようになる前は、そういう感情を紗綾ちゃんに対して抱いていた時分があった気がする。
駿河は頬を緩めた。そうでもしないと瞳が潤んで、涙を流してしまいそうだったからだった。涙が、目に焼き付いた紗綾の姿を洗い流してしまいそうで怖かった。
「……紗綾ちゃん」
口から漏れた小さな呟きに答えてくれる人はもう居なかった。
縷々述べるマシンガントークの少し面倒くさかった大家兼可愛い後輩に最後に会ったのは愛知の隅の方の、大きな葬式会場の真ん中に置かれていた笑顔の遺影だった。




