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それは駿河の部屋にそしてアパートから出たところで収まるものでもなかった。外へ出ても、雨はまだ降っていた。久しぶりに降る雨だった。暫くは止みそうになさそうなのが、直感的に分かった。太陽が雲に覆われて辺りが薄暗いせいもあって、それが駿河にとって、嫌だった。
駿河はアスファルトを踏みながら、傘をさして、気だるく大学への道を行く。遠くで踏切の鐘がけたたましく鳴っているのが聞こえてきた。斜めに降る雨が道路で反射して飛び散った水が靴を確かに濡らしていって、気持ち悪かった。電柱横に貼られた錆び付いた看板に目がいった。電話番号に四が並んでいた。
始めて気づいた。……背後で鈍い音がした。振り返るといつも安らかな顔で祠に置かれていた地蔵が顔の方からアスファルトに突っ伏していて、妙に頭でっかちなそれが、顔をアスファルトに強くうちつけたようだった。
冷たいアスファルトに、何の抵抗も出来ずに顔の正面から倒れたようだった。それを痛め付けるように、針のように、雨が強くなった。
「……見過ごせないよな」
駿河はオカルトを信じていない、といっても、流石にその光景は日本人ならば、何か、不吉だ、と、感じざるをえない光景で、少なくとも見てしまったからには、そのままにしておくことなんて出来なかった。忍びない。
それに今まで大学を通う最中に何度も見守られたはずだ。自分の知らない内になんらかの方法で助けていてくれたかもしれない。とにかく、不吉だ。
駿河は倒れた地蔵の元へと近付いて元の場所に建て直そうとした。
「……ひ、ゃ」____小さな悲鳴が出た。情けない声が、意識的に止めるまでもなく自らの鼓膜を震わせた。
駿河が目にしたのは祠の中で蠢く何か____いや、地蔵様を鎮座させている場所に置かれた小さな、小さな座布団。風雨に晒されて色が剥げた赤色の座蒲団がぶっきらぼうに置いてあった。
その下で無数の虫が蠢いていた。それが、祠の中に堰を切ったように溢れ出して、苔の生えた石の隙間に潜っていった。