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眼帯娘とオカルト先輩  作者: 水戸
HINOTAMA
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2

「そんなの難しい話じゃないよ紗綾ちゃん」


「ほほう言いますね、してどうやって分かりました?」


「紗綾ちゃんの靴が汚れてる」


「私の靴が?」

「草の切れ端がついてるよ紗綾ちゃん。紗綾ちゃんが席に座るときにチラと見えたものだから」


 紗綾はその言葉を聞いて驚いた顔で直ぐ様自らの黒いブーツに視線をやり、すぐ手で草を払った。その後にきょとん、と駿河の顔を覗いた。


「おっと、私のしたことが証拠を残していましたか! ……でも、これがどうして私の行動を裏付ける証拠なのですか先輩?」


 紗綾が自分をからかって分からないフリをしているのではなく本当に理解できていなさそうなのを確認して、駿河は言葉を続けた。


「紗綾ちゃんは僕の知る限り、というか実際にそうだと思うんだけど綺麗好きだ、違うかい?」


「まあ、人並みには身だしなみに気を使う普通の女子学生だと自負はしておりますが、それがなにか?」


「そんな紗綾ちゃんが何故今まで気付かずに靴を汚していたというのかと言えば、紗綾ちゃんがここに来るすぐ直前の汚れだと言うことが考えられる。少しでも時間的な余裕があれば、汚れるような道を通った後に気にするだろうからね」


「ふうむ?」


「それじゃあ何処で、と考えれば図書館周りで汚れそうなところなんて一つしかない。学舎からこの図書館へと来る最短のルートだ。一応舗装はされているものの、結構草が生い茂ってる四号館からの道だよ」


「……なるほど」


「普段は紗綾ちゃんは五号館の方から回っているんだろう。事実いつ見ても四号舘より五号舘からの道を通ってここに来る生徒の方が数は多い。特に女性は顕著だ。しかし、今日紗綾ちゃんがそっちのルートを選んだ理由はひどく急いでいたからに他ならない。遠回りせずに」


「その通りです。いやいや中々に的確ですねえ」


「しかも、今日の紗綾ちゃんは僕が見る限りいつもより一段と心が弾んでいるように見える。つまり紗綾ちゃんが靴を汚してまで最短ルートを通って息を切らせて急いで、この図書館へと来た上で、紗綾ちゃんの心が弾んでいる。そんなの、またくだらない話をどっかで聞いたくらいしか僕には思い付かないね」


 気だるそうにすらすらと言葉を紡ぐ駿河に、紗綾は再びなるほど、と呟いて手をポンと叩いた。


「さっすが、先輩! やりますねえ!」


「大した推理じゃないよ」


「私のおみ足をそんなにまじまじと凝視していたとは! はっきり言って変態です!」


「……帰っていいか」


「先輩が出来るものなら、どうぞ構いませんよ」


 帰れる訳がない。年頃の女の子にこう言っていいのか悩むが、この娘はどうにも狸娘だ。老獪な狸に見える。


「それで今回は何なんだ? 木乃伊男か? ミステリーサークルか? UFOか? それともなんだチュパカブラかい?」


 駿河が先程からこの目の前に座っている後輩を歓迎していなかったのは過去に四回、似たような状況で色々な噂話を聞かされて渋々付き従ったことがあったからだった。


 だが、木乃伊男は夜な夜な大学の構内で逢い引きをしていたカップルの内、交通事故で包帯だらけのままウロチョロしていただけの男の方であったし、ミステリーサークルも夜に学内で酒盛りを始めたお馬鹿な大学生が調子に乗った火遊びで起こしたボヤ騒ぎを隠ぺいしようとして作ったものだったし、UFOも理系学生の発光に関する研究の一環で、俺の研究の邪魔をするなと叱責された上に、チュパカブラに至っては図書館最寄りの学舎、仲諒大学五号館裏に住み着いていた捨てられた子犬が徘徊しているだけであった。


 散々な目に会っているにも関わらず興味を持てと言われる方が困難だろう。


 駿河はもう、うんざりだった。正直な所返事を紗綾に冷たく返して、きっぱり断りたかった。しかし、やはりそれは出来ないのだ。


「それよりも、その前にまず先輩に質問があるのですが」


 駿河の言葉を軽やかに聞き流して紗綾が遮り言葉を話す。紗綾は珈琲のカップに一度口をつけてから無駄に神妙な表情を作った。


「この依頼受けてもらえますか?」


 紗綾の言葉を受けて駿河は笑みを浮かべた。実に辟易としたから、むしろ笑ってしまった。紗綾はいかにもな顔を作っているが、これはただ探偵ごっこをしたいだけで、つまりそういう雰囲気を作りたいだけなのだと駿河は見抜いていた。


 しかし、その上で、笑うしか無かったというのが、最もこの状況を的確に表していると言えた。自分がこの年下の女の子に何一つ強い物言いをすることが出来ない現実が。悲しい社会の仕組みに笑うしかなかった。


「もらえますか……って僕には最初から選択肢が無いだろうよ? ねえ、紗綾ちゃん、僕の境遇を僕の次くらいにはよく知っているんだろう?」


「ええ、分かってますよ。工学部の先輩は去年サボり過ぎて再履修の科目がたっくさん! なんですよね? リリースしたアプリケーションのデバッグにも追われる毎日だとか」


「そこまで分かってて_____」


「しかし、私には知ったことではありません。では、成立ですね!」


 駿河の肯定を受けてまるで子供のようにはしゃいだ紗綾はひとしきり小躍りしたように体を揺らした。そして、それも少し飽きてきたときに、体を寄せて急に距離を詰めてきた。


「近い」

「誰かに聞かれてはまずいですからね」

「紗綾ちゃん、そんで何」


「へっへーん、これはスクープですよ。す、く、う、ぷ」


「だから何よ」


「もー連れないな先輩はー」


 紗綾が駿河の耳元で小さく呟いた。紗綾の体が近くに寄ったせいで珈琲以外の匂いが駿河を刺激した。時をかけてしまいそうな仄かなラベンダーの匂いだった。


「先ぁ輩、火の玉ですよ、ヒ・ノ・タ・マ」


「火の玉ぁ?」


 駿河は紗綾から発声された拍子抜けするような単語を反芻した。

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