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「へへ……ちょっと、恥ずかしいや。恥ずかしいものですね、夢を語るって」
「そうだね。____確かにそうだ」
夢、____夢か。考えたことも、無かったな。工学部に来た理由だって理系の科目が文系よりもちょっとばかり出来ただけのことだし、就職に有利そうというてんで夢のない理由である。やけに、眩しい。
「ふざけたように、おどけたように自分の夢を語ってみたところで大半の人はそれを笑いますからね……何だかなあって感じですよ」
「かといって真剣に語った所でそれはそれで笑われるのがオチか、フハハ」
「ちょ、ちょっと先輩。まさに紗綾が今思っていたことを勝手に言葉にしないでくださいよ! しかも何真顔で笑ってるんですか! 怖い!」
「じゃあさ、紗綾ちゃんは本気なんだね?」
「ええ、あったりまえじゃないですか!」
「じゃあ、お金を度外視で夢を追ってる紗綾ちゃんに助言というか、気になったことを言ってもいいかい?」
紗綾がキリッとした目で駿河の方へ向いた。駿河は、紗綾のその真剣な顔に笑ってしまった。なにしろ、いつも自由奔放に生きている猫が珍しくこちらの言うことを聞いて犬で言うところの待てでも食らったかのような目をするのだ。
「いい……でしょう! もともと私の書いた文章が完璧だとは毛ほども思ってはいませんので! 望むところです!」
駿河は、念のために紗綾の小説の事件を噛み砕いてもう一度頭の中で組み立てる。うん、明らかにパーツが足りていない。
「……いや、文章は言うほど悪くないよ。むしろかなり良い。そんなに意気込むことでもないさ。けど、手口としては気になる箇所が数点」
「数点?」「いや、三点だ。大きいものではね」
駿河は指を三本たてて紗綾の目の前にやった。紗綾がこくこくと頷いたのを確認してから駿河はその手をカップにかけた。カップの縁を指の先でなぞる
「まず前提として、このトリックっていうのはこの大学を参考にしてるっていうのは何となく分かるんだけど違うかい? そうでなくても条件的には一緒だから構わないけどね」
「え、そうですよ。この学校に通っている人間ならかなりの割合で気づいてしまう程度に。それが問題でも?」
「分かった。それならいい。次に、この犯罪について整理をしようか。このトリックは至ってシンプルだ」
駿河のシンプルという言葉に紗綾の体が少し震えた。何か言いたかったが、しかし紗綾はぐっと唇を抑えて言葉を殺した。
「まず第一に、この犯人は被害者を殺すために建物の上から突き落とすという殺害方法を選んだのだけれど、そもそもの話だ。紗綾ちゃん、被害者が建物の上階に居る時刻を犯人は何故把握できた? どう説明する?」
駿河の言葉を聞いて、紗綾はぽんこつな探偵のように腕を組んで唸った。
「そもそも被害者が突き落として死ねる程の高さに居たときに、人が周りに居てはダメだ、つまり、犯人はどうやって標的が人気がなく、そこの階に居たことを知らなければならない。これをどうする?」
「……そんなの、どうとでも理由はつけることが出来ませんか? 例えば普段から講義が上の教室でやっているとか」
「講義が上の階にあるのならば、同じ講義の人がたくさん居るはずだよね?」
「むむむ。」
「……僕が思うにはね、ここを感情に絡めた方が良いと思う」
「感情ですか?」
「うん。感情だ。大切なもの。被害者にとって、そこから見える景色でもそこの場所自体でも良い。何か思い入れがあって、しかも、出来るだけ一人でゆっくりしたくなるような場所っていうのが良いんじゃないか」
「なるほどですねえ、」
紗綾が頷いた。それならば。
「それならば、標的の想い人の体で手紙を出して、被害者を誘き寄せるのはどうでしょうか? 一人で来てと言われれば一人で来てくれると思いますし条件はクリアされると思いますが」
「それは……良いと思う」
女の子らしい。
「まあ、先輩の言う通り、それへの改善案はたくさんありますですねえ。考えてみますよ」
紗綾が鞄からピンク色の小さなメモ帳を取り出してさらさらとメモ書きをした。書き終わってこくりと紗綾が頷く。
「して、二つ目は何でしょうか」
駿河は指を二本立てた。中指と人差し指。
「二つ目、この小説の中では犯人は被害者を突き落とした後に遺書を偽造して自殺に見せかける。これは意外と良いトリックだ。自殺に見えて、遺書もあって、それらしい状況も用意されているのならば、警察はそれ以上動こうとはしない。つまり、物語的に警察が動いてくれなければ、主人公が動かざるを得ないという状況を与えてくれる」
「それってトリックの話ですかあ?」
「あ、いいやこれは違う。少し話がずれたようだね。戻そう。犯人は標的を突き落として殺害した後に遺書を残すのだけれど、この遺書の内容を本人しか知り得ないような凄く個人的な内容にすることによって自殺のリアリティを高める。これも凄く良いと思う。主人公が犯人を見つける時にこの個人情報を知りうる人間は誰かというミステリー要素になるのもいい。しかし、問題は筆跡だよ」




