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何か____。202号室____、駿河の部屋の隣_____冴木の部屋ではない方の部屋の玄関の前で、何か黒くて大きいものが、もぞもぞと。なんだ? まさかこんな夜中にカラスって訳でもないし。
そもそもカラスにしてはどう考えても大きすぎる。
鉄製の手すりをもつ階段を使って二階に上がり近くに寄って、駿河はそれが何であるかに気が付いた。
「筒賀、ちゃんと自分の部屋で寝なさい。こんな時期に外で寝てると本気で風邪を引くぞ」
「ひゃい」
筒賀の夜に染み込むような綺麗で長い黒の髪がバサリ、と大胆に顔にかかって最早貞子の体を成していた。……正直、怖い。
冬眠前の熊のように筒賀はゆっくりと重そうに体をおこして立ち上がった。
「……する、が?」
「ああ、風邪を引くぞ」
「ぁう」
筒賀がよろめいた。前髪がはだけて素顔が晒される。……駿河はそれを見たことが無い訳ではないが……筒賀は、はっきり言って美形だ。美人であるが美人というには格好よすぎて、整っている中性的な、そんな、美しさだ。久しぶりに見たからか、駿河はうっかりはだけたその素顔にはっ、と息をのんだ。
本人は自分の性格とは全く違う容姿にコンプレックスを抱えているようで、何度か相談もされた。駿河には何の問題も無いようにみえるのだが、本人には本人の悩みがあるらしい。
駿河が生に関することも死に関することも、それがただ自分が知らないものに興味があるというだけの俯瞰した好奇心によって構成されていて、他の人間が大多数持っている倫理観を共有していないことに潜在的にコンプレックスを抱えているかのように。
悩みを秘めた人間の横顔は美しい。筒賀澪に久方ぶりに駿河は目を奪われた。その桃色の釉薬を宿した白磁の造形は____近くなっていく。……近く?
筒賀は再びよろめき、倒れ込んで____駿河に向けて倒れ込んで____駿河を抱き締めた。なんて日だ。
「お、おい。筒賀。何してるんだ?」
筒賀がゆっくりと唇を動かした。
「すき……はぅ……」
「え? お、おい筒賀。しっかりしろ」
「違う。しっかりしてる。しっかりしてるけどしっかりしてない」
「何を……」
「しっかりしてないのは……駿河のせい……」
筒賀がそんな言葉が____うっかりと_____故意的にではなく_____口から漏れてしまった。
筒賀の甘い吐息が駿河の耳の傍をかすめていった。
甘い匂いが鼻腔を刺激する。柑橘系の少しつん、とした香水の匂いさえも、これ以上なく甘ったるく感じられて、鼻腔の刺激は脳の刺激にまで昇華してじん、と麻痺させていく。
なんだ。今日の一日には呪いでもかかっているのか?
このままゆっくりと体が倒れていき唇と唇の距離が近くなっていくと____。
「筒賀……おやすみっ! ちゃんと布団の中で寝ろよ!」
筒賀の手を優しくほどいて、駿河は自室へとダッシュで戻っていった。
自室に駿河が戻ると、紗綾の姿は消えていて、几帳面に糊でキッチリと封を閉じられた手紙が残されていた。
駿河はその日の夜はあまりよく眠れないようだった。




