22
(紗綾ちゃんは少し落ち着いただろうか)
コンクリートの上に座りながら、そう考えながら駿河は取り敢えず歩いて五分くらいにあるコンビニで買った珈琲をすすった。
香ばしい豆の匂いがする。誕生日。ふとそんな事を考えていた。今まで何気なく祝ってきたけれど、思えば誕生日というものほど自分に自覚のない記念日はない。
自分が生まれた時の記憶こそ、それこそオカルティック現象に出会わない限り頭の内に現れることはないだろうし、正直、何がめでたいのか自分には全くと言って把握出来ていないような。
いつか、子供が出来たら、何故そんなに祝うべきものなのか分かるのだろうか。もう一度コーヒーを口に含んだ。死_____。誕生と正反対に位置する死も知らないなあ、なんて思った。
曾祖母や曾祖父は物心もつかないうちに亡くなってしまったし祖母や祖父はまだまだ健在だ。悲しいのは知識として分かるけれど実感がない。普通の人間ならば恐らく持っている感情がない。そういえば、生の嬉しさも死の悲しさも、僕は知らないのだ。
知識としては持っているのだけど、……もしかしたらその生と死の狭間、だからこそ人知の及ばない領域に僕は興味を持っているのかもしれないな。と一人になると滔々と流れ出る思考の渦のようなものに捕らわれて、色々なことを考えてしまう____悪い癖だ、と思う。
誰かの気配を背後に感じた。
驚かせようとでもしているのか、何をするでもなく、突っ立っているようだった。
さて、誰だろうかと駿河は思考を巡らす。まず、こんな夜中に悪戯のように背後で、自分とあまり関係ない人間が突っ立っているだけなど、考えにくい、____つまり知り合いでない可能性は低い。
それに、ここはアパートの敷地内だ。
冴木は? あり得る。さっきも何かよく分からないことを口走っていたし、駿河をからかうため……というのは充分に考えられる。甘利か……? いや、その可能性は低いか。さっきの今で、……いや、いきなり去ってしまったけれどまだ何か眠れないでいるのかもしれない。……それでは筒賀か? いや、その可能性は、どうだろう。最初は無いと思ったが酒が入ると人格が変わる人間だから充分に考えられるかもしれない。……御津さんか? やりそうである。ダークホースで酔いの覚めた紗綾ちゃんが起き出して立っているかもしれない。
よし、これで絞れた。冴木に、酔った筒賀に、甘利に、御津に、紗綾だ。全然絞れてない!
「結構多いなあ! 変な隣人が多過ぎるだろ!」
嫌な隣人どもである。
そうして駿河が振り返ると、御津が駿河を覗きこむように少し前傾の姿勢で立っていた。染めた茶色も剥がれてきた、黒と茶色を混ぜ合わせた(色が落ちてきたと言っても寂れた印象は受けずに、むしろ茶色と黒色の混ざった髪が妙な落ち着きとユニークな雰囲気を与えていて、それが存外この人には似合う)髪をたなびかせながら、酔いで桃色に染まった頬を緩ませた。
「よっす」「ああ、なんだ御津さんですか」「なんだとはなんだよ黒澤、なんだとは」「いやいや言葉の綾ですよ綾」「黒澤の事だからどうだか」
自分を見て何故か安堵しているような納得しているような顔をしている駿河が面白くて、御津が駿河を見てくつくつと笑った。
「こんな夜中に後ろに立つなんて趣味が悪いですね」「その褒め言葉で明日も元気に生きていけそうだ」「皮肉を誉め言葉に変換する趣味の悪さの上塗りとは本当に趣味の悪い」「ありがとう」「だから褒めてませんよ」
御津が駿河の少しむっとした顔になることにこれまた少し愛着のあるおかしみを感じて笑いの色を強めた。
「何を笑ってるんですか」
「ん。紗綾ちゃんからお前の誕生会をやるって聞いた時は何とも思わなかったけど案外面白かったかなって」
「やめてください」
「なかなか真剣な表情だったな。あんな黒澤あんまり見れないから新鮮だった」
「いや……本当に恥ずかしいのでやめてください」
「真剣な表情、意外と格好良かったぜ」
「どうせ抱腹絶倒してたんでしょう」
「いやいや、可愛かったし、お姉さんキュンと来ちゃったぞ」
「ああ、はい」
「照れるなよ」
「照れてませんよ」
「照れてる」
ぷに、と駿河の頬を御津がつついた。
「なあ、黒澤」
「はい?」
「黒澤、お前さあ、何でこのアパートに居るんだ?」
「へ?」
「いや、なにさ。お前はどうも私と同じ理由でこのアパートに入ってるようには見えないからさ」
「同じ理由? 何がです? そんなに僕が紗綾ちゃんの家と繋がりが無いような人間に見えますか。友達同士なんですよ、特に母親同士が仲が良くて。それでボディーガードというかお守りというか。まあ、そんな感じでここに入りなさいって言われただけなんですけど」
御津は____この駿河の返答に少なからず驚いたようで、これから紡ごうとしていた言葉を忘れた。
「どうしました? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「え? ……ん。ああ! そうだよな! 確かに……そうだ。それが普通だよな!」
「随分と言い澱みますね。期待していた返答とは食い違いが大きいようですが」
「ん、ああ。私は。その、なんだ。……なんだかな、これ、言っちゃってもいいのかな?」
「まあ紗綾ちゃんにいつも振り回されているお陰で大抵の事なら受け流せる自信はあるので何を言われても」
御津が顔を赤らめて、もじもじと。らしくない。
「____やっぱりやめた! ……気になるか、駿河?」
「いや、全然」




