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「というか甘利クローバーの花言葉が復讐って知らなかったです。幸せの四葉のクローバーってよく言われるのに三つ葉の花言葉は怖いんですね……私、今度クローバーを見かけたらちょっと身を引いてしまいそうです」
「そんなことよりヒトツメクサの伝承を聞かせてくれないか。こんな短い間なのに一日千秋で首が長くなりすぎてろくろ首の如く、話を聞きたくてたまらないんだが」
甘利はひきつった笑いを浮かべながらも昔母親から聞いた昔話を思い出してみる。ヒトツメクサの伝承の記憶を辿る。
「えっと。ヒトツメクサの伝承には幾つかのバリエーションがあるんですが、取りあえず甘利が母から聞かされた話をしますね」
「ほう」
「まずヒトツメクサの名前の由来ですが先程先輩が仰った通りに、人詰め草なんです」
「ほほう」
「人詰め草というのは人を詰める草という訳ではなくて、むしろ人に詰める草、いや、人へと詰める草ということでヒトツメクサなんですよ。そして本題の伝承なんですが」
「ほほほう」「近いですー」「ごめん」
「昔々、駿府の神廊という地を源氏の血を引く名家が村の頭領を務めていたそうです」
「なるほど。愛知に自生しているといっても静岡寄りなのか」
「その時の御家の頭領がこれまたやり手でしてねえ、バンバンと周りの地をやっつけ……という訳ではなく、自分の子供を周囲の有力な人物たちの所へ嫁がせて権力を大きくしていったそうで」
「なるほど婚姻政策か! 興味深い!」「やっぱり酔ってますね?」「断じて酔ってない」「そんな嘘ついて、可愛いんですから」「ありがとう。甘利ちゃんほどではないけどね」「からかってるのに素直に受け取らないでくださいよー、こっちが恥ずかしくなるじゃないですかー」「そんなことより早く」
甘利がコホン、とわざとらしく咳き込んだ。
「その頭領は昔その家の人間ではなかったそうです」
「養子か?」
「ええ、自分が養子だったからこそ血の繋がりを重要視したというのもあるのでしょうね。……この頭領がまだその家に養子として迎えられていない時に愛を誓った幼馴染みの村娘が居た」
「だが正妻は違うと」
甘利が駿河の言葉に驚いて目を真ん丸にした。まだ何も言っていないのにまるでこの話を聞いたことがあるかのような一言だったからだ。
「飛ばしすぎですよ黒澤先輩。素晴らしい洞察力は時につまらない見落としを招くものです」
「でもそういうことだろう?」甘利がこくりと頷いた。
「この頭領と愛を誓った村娘は頭領が家へと迎えられて頭領となる時に、当然のように他の名家の妻を貰います。悲しきはその村娘ですよ。愛を誓ったあの人はもう自分の方を真っ直ぐ見てくれることはなくなったのですから。頭領も無理を言って、正室にではなく側室として招くのですが女の子を一人を産んでからはとんと子供が出来ない。家の反対を押しきって卑しい身分である村娘を強引に側室として迎えた頭領としても、そもそも養子ですし本家の反対をこれ以上抑えることが出来なくなり、離縁するんですね」
「悲しい話だ」私もそう思います、と目をふせがちに甘利が頷いた。
「とにかく、その村娘を離縁してから頭領が一大勢力を築くのですが。栄枯盛衰。栄えるものはいつか滅びる。長くは続かなかった」
「世継ぎが生まれない、と言った所か」「正解です。栄えるものは恨まれる。一旦その勢力を下げてしまうと次から次へと不穏な因子が出てくるものです」甘利はお冷やを一口飲んだ。
「そのように手が回らない状況へと陥った頭領が近隣の有力者に力を借りようと足を運んだ時、とあるボロボロの村で休息をとることにしました」
甘利が、また、お冷やを口に含んだ。
「頭領が気付くんですね。ここは俺の育った村だということにそして、村をみてまわると、かつて自分が住んでいた家の前で棺桶に向かって泣いている。頭領がこの棺桶の中の人物はと聞くと老婆の口から出てきたのは村娘の名前だったのです」
「……どうしてその女性は死んでしまったんだ?」
「人食い鬼です」
「鬼?」
「この村の近くの山から毎夜の如く鬼が下りてきて、子供や女を食べていくのです。村が廃れていたのもそのせいでした」
「そう、か」
「勿論、頭領も少しは悲しいという感情はあったのでしょうが、自分の保身で手一杯という御時世に鬼退治に人員を割くわけにもいかずに頭領はその女を放って、見なかったことにしようとします。しかし、去り際に無惨な状態の骸が入っている棺桶の中に、彼女の住んでいたあばら家の庭先に生えていた花を一輪備えていったのです。これがヒトツメクサの____由来です」
話を聞き終わって駿河はひどく心を痛め付けられたような気がした。伝承の話が持つ見えない手が、自分の心を強く握って離さないようだった。
「なんてアンモラルな話なんだ……」
「甘利もそう思います。ひどくアンモラルな話だと子供の時はショックを受けました」
「伝承にはえてしてこういう救いの無い話があるものだが、……やりきれないよな、やっぱり」
駿河が思いの外トーンの下がった声だったので甘利は戸惑った。そういえば今は、駿河の誕生日会の最中だった。話を聞かれたとはいえテンションを下げてしまった。
「ちなみに微弱ですが毒はアリなので食さないようにしてくださいね! 黒澤先輩! ……て、聞いてないや」
と思ったのだが、駿河の方はテンションが下がったというよりはその伝承に没入していた。
駿河は目を閉じてその女性に思いを馳せてみた。報われなかった女性の心中はどのようなものだったのだろうと考える。愛する人に愛され、裏切られら捨てられた。
それがどれだけ辛いのか分からない。鬼に食べられたその女性はむしろ幸せだったのではないかという思考すらも頭をよぎる。殺されることと、苦しみを背負って生きていくこと、そのどちらが幸せであるのだろうと考えた。
自分はその女性では無いのだから、気持ちが本当の意味で分かるはずもないのだが、しかし駿河の心はちくりと痛くなった。