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「はむ。黒澤しぇんぱい」
「甘利ちゃん? 何?」
牛タンをごくんと飲み込んで甘利が部屋の隅に荷物と一緒に置いてあるランタンをつんつんとつつきながら駿河に話しかけた。
相変わらずの綺麗な栗色の髪と可愛らしい顔立ちが肉の魔力によって溶けそうになっていた。
というより、付き合いたてのカップルがのろけ話を展開している様子に匹敵するくらいには溶けていた。
ポニイテイルが美味しさによって震える体につられてぴょんぴょんと跳ねる。肉には甘利の頬の筋肉を緩ませる魔法でもかかっているのだろうかと駿河は思った。それくらいの良い笑顔だった。
「ふにゃあ。とろけます~。おいしいですー」
「確かに物凄く美味しいねお肉。甘利ちゃん、それでそのランタンがどうかしたの?」
駿河の思考は基本的にオカルトに汚染されている。女の子がこういうデザインのランタンについて話そうとしているにも関わらず、駿河の頭の中ではジャックオランタンがメリーゴーランドの様にくるくると廻っていた。
「このランタン凄く可愛いと思いませんか? 可愛いですー。甘利もこんなの部屋に飾りたいです。廊下の足元の照明にでも。可愛くありません?」
「そうだね、僕もそう思うよ」____即答。
「それ本当に思ってます? 黒澤先輩?」
「いや、実はあんまり」
「正直ですね」
「僕は女の子の可愛いって感覚が分かるタイプではないからね、傾向としてこれが可愛いであろういうことを推察することしか出来ない」
「じゃあ、女の子はこういうのが可愛いんですよ。覚えておいてください」
「覚えておくよ、ただ」
「ただ?」
「僕が気になるのはこのランタンの細やかな装飾が美しいからこのランタンが芸術品としての価値が結構あるだろうということと、もう一つ」
駿河が人差し指をピンと立てる。
「何です?」
「このランタンの装飾として周りに巻き付くように散りばめられているこの奇妙な形をした花弁と蔓を持つ植物が珍しいなと思って。この植物はなんだろう」
甘利は黒澤先輩でも知らないことがあるんですねえ、と少し得意気に鼻を高くした。
「ヒトツメクサですよお。知りませんか?」
「いや、知らない」
「愛知県でも比較的山奥にだけ自生していまして、まあ雑草なんですがこの植物にはとある面白い言い伝えがありまして」
言い伝え、という一言を駿河は見逃さなかった。
「面白い言い伝え? それはもしかすると伝承とか、そういう類いか? なるほどヒトツメクサか。シロツメクサと名前が似ているところが僕としてはとても興味深いな。なぜならシロツメクサ、つまりクローバーの花言葉は復讐、実にオカルトと深く結び付いていそうじゃないか。シロツメクサですらこんなに面白いというのにこれがシロでなく人、人間。ヒトを詰めるとなったらこれは更に興味深い。一つめ目なんていう解釈も見えてくるじゃないか」「酔ってます?」「酔ってない。僕はこんなもんじゃ全然酔わないから、早く。僕の趣味の食指が動いてわきわきする」
「わきわきっていうオノマトペを初めて聞きました」
余りにも駿河がずい、と甘利に詰め寄るので、寄ってきたぶん甘利が半笑いで遠ざかった。