11
「見失いましたね……」
「紗綾ちゃんがそんな木や草ががいっぱい生えてるところに入りにくそうな格好してるから……」
駿河が火の玉を見つけ、駆け出そうとしたが、紗綾が林の中に咄嗟に入れる格好ではなかったので足止めを食らい、駿河と紗綾は急に動いて次の瞬間には消えた火の玉を見失ってしまっていた。
ただ、これは決定的におかしいな、と駿河が紗綾の事を疑い始めたのは、つい先程の事だった。駿河は平生、勘の鋭い、とは無縁の人格である。しかし、だからと言って洞察力が無いというのとはまた別の話だった。
如月紗綾の言動、振る舞いが、導き出される推論との挙動の食い違いが著しいなと感じたのは火の玉を見てからのことだった。怪しいと言う以外に無い。子供が自分の大切なものを金属の缶に詰めて埋めるように、何かを隠している、と駿河は思う。
少なくとも、その格好は、よくよく考えていると少しおかしい。
「紗綾ちゃん____そうだ、紗綾ちゃん。君さファウストって知ってるかい」
「文学部に馬の耳に念仏もといファウスト談義ですか? 面白いことを言いますね馬耳東風って感じです」
「ファウスト博士のあの有名な台詞ってなんだっけ?」
「有名な台詞っていえば色々ありますけど……一番は、この瞬間よ止まれ、汝は如何にも美しい、ですか。これが何か?」
「……ん、いいや。特に理由もなければ意味もない。そもそも僕はその言葉を聞かなくても知ってる」
「何がしたいんですか?」
「時間稼ぎかな____そうだね、分かった。つまり、今までの傾向からして、むしろ____らしくないな、と思ってさ」
「ふぇ?」
「紗綾ちゃん。いつになく足下の露出が多いね」
駿河が紗綾の白磁器のように白く、ほっそりとした太股にチラと目にやった。紗綾はその視線に気づいて少し身構えた。
「やっぱり、先輩は足フェチかなんかですか?」
駿河は紗綾の足元を確認して、きょとんとした表情を浮かべている紗綾の顔に視線を戻した。
「……違うよ、適さないなって思っただけ」
「適さない? 紗綾のこのナイスな服装がですか?」
「うん、全然。林の中で見たって僕に言ったのは紗綾ちゃんだ。ということは紗綾ちゃんは当然その事を知っていた。つまり、それなのにその格好は適さない。____おかしいよね」
駿河が紗綾の瞳を糾弾するように覗いたので、紗綾は顔を背けた。
「それは私がうっかりしてこの適していない服装を着て来たという可能性がかなり高いのでは?」
「ふうん。ま、いいや。紗綾ちゃん。僕は七号館の方へと少し私用が残っていてね、寄っていってもいいかな?」
駿河の言葉に反応して紗綾の顔に明らかなる動揺が生まれたのを駿河は見逃さなかった。しかし、駿河はあえて何も言わずに紗綾を放って、七号館の方へと身を翻した。紗綾は駿河がそちらの方へと向かおうとしているのを見て、慌てる。
「ま、待ってください先輩。七号館の方は封鎖されているはずですよ。というよりも先輩」
「そうだね、紗綾ちゃん。じゃあ止めようかな」
「そ、そそそうですよ先輩! 取り敢えずここで動かないでいた方が良いですよ!」
「どうして?」
「いや、それはあの」
「そういえば紗綾ちゃん、なんで知ってたの?」
「何がです?」
「七号館の方の通路が封鎖されたのは僕が大学から出た時だった。だけどどうして知っているんだ?」
「……あ、」
「……全く」
「それはですね先輩……」
「紗綾ちゃんは僕よりも大分先に帰っていたはずだったのにどうしてだか、七号館の通路が封鎖されていることを知っている」
「えと、何でしょうかね? 予知能力?」
駿河の言葉を受けて紗綾が視線を逸らす。
「ねえ、紗綾ちゃん?」
「はい?」
「____君さ、何企んでる? 散々ワクワクしている様子に関わらず、足元が傷付く場所に入りがたい格好をしている。つまり紗綾ちゃんは今回の事件、解決する意思がない」
「へ? しぇんぱい、私が企みなんてするはずがないじゃないですか、もう。それは、ゲスの勘繰りって奴ですよ」
「……紗綾ちゃん。嘘はやめようか」
僕の推察によると、と駿河はそれから一人言の様に呟いた。
「僕は紗綾ちゃんが何らかの計画を立てて僕を嵌めようとしているかと思っているわけなんだよ」
「ほへ? 嵌める……? 何をですかあ?」
「ひとつ、さっきも言ったように紗綾ちゃんは林の中に入ることを今回知っていたにも関わらずに露出の多い軽装をしている」
「それは。う、うっかりしてましてー。いやあ先輩の言う通りですねえ、この格好ったらなんて無様で適していない格好なんでしょう! うっかりうっかり」
「ふたつ、紗綾ちゃんは知るはずもない七号館が封鎖されていることを知っている。ここから考えられる推論は紗綾ちゃんが僕と出会ってから暫く構内をウロウロしていたか、予め用意しておいた第三者から話を聞いたかだ」
「だから、最近予知能力に目覚めちゃって、あははー」
「みっつ、紗綾ちゃんはさっきからこの場所から僕を離さないようにしているし、実に落ち着きがない。場所を動かそうとさせない」
「そ、そんなことないですよ」
「そうなると、何か予め計画があってその都合のために僕をこの場に留めさせておいて、そして誰かと一緒に僕に嘘をついて何か罠に嵌めようとしている可能性が一番高いと踏んでいるんだけどどうだろうか? 火の玉に関係あることか?」
やっと紗綾の口からぐ、ぐぬ、という言葉が漏れる。そして、子供の様ほほをぷくりと膨らませ、腕を組んで拗ねた。紗綾の口から一人言のように言葉が漏れた。
「……ったく、もう! 先輩ってやっぱりオカルト大好きですよねえ。火の玉なんかあるわけないじゃないですか____」
「やっぱり、紗綾ちゃん。何か理由があるんだね?」
「そうですね、紗綾は確かに全部知ってますよ。だけどそれは先輩へのプレゼントでしたのに簡単に解き明かしてくれちゃいまして」
「何を言ってるんだ? プレゼント?」




