プロローグ
0、追悼
墜ちていた。
……地面。地面が見えた。
冷たくて固い地面がぐんぐんと近付いていく。視覚的にだけでなく、感覚的にも分かった。
天から堕ちる天使のようだと、柄にもなく思った。自らが神聖なるものではなく、対比すべき存在が悪魔だったからだろう。或いは悪魔自身は自分の身の周りの環境であったのかもしれない。
重力が悪意と化して自分を手繰り寄せることをこんなにも残虐に感じるときが来るとは思わなかった。
加速していく時間がこれまで生きてきたどんな刹那よりも長く感じられた。
どうして。どうして自分の人生が閉ざされる運びになったのだろうか。……理由については、不思議と納得をしている自分が居ることを認識していた。自分に向けられていた怨恨の深さに驚いている自分と受け入れている自分とが同居していた。
ただ。やっぱり。でも、だからといって。
まだ、死にたくない。そんな感情を抱いてしまうのは、あの人のせいだった。仮に死ななければならなくとも、死にたいわけではなかった。
最後に頭に思い浮かべたのは、好きだったあの人。大切だった人。
落ちていく先にあの人が居てくれて、私を受け止めてくれれば、どんなにか幸せだったろう。でも、居ない、受け止めてくれない。
私の落ちていくその場所に、あの人さえ居てくれれば全ては最初からハッピーエンドであったかもしれなかったのに。
私の身が投げ出されたのは自業自得だ。
だから、これは自殺だったのだろうか? それとも他殺だったのだろうか? そんなことすら分からない。
冷たくて固い地面が、すぐそばまで迫っていた。




