魔女の家
うわぁ……マジのやつだ
オークション終了後のオークション会場の舞台裏、そこでその男は淡々と五億を払う手続きをつつがなく行っていた。
私が王族だった時でさえ五億なんて金見たことなかったのになぁ……
「た、確かに受け取りました、へへへ……ありがとうございます」
司会だった貴族は一応お礼を言っているようだが目には既に金のことしか写ってなくさっきからニヤケっぱなしだ。
「うむ、では私はこれで」
その紳士は私の首輪に繋がれた鎖を掴みながら真っ直ぐと出口へと歩き始めた、すると再度司会者の貴族が
「あぁ、すいません! こちらに奴隷契約のサインと何かご身分を証明できるものの提示をお願いします、家紋とかそういった類のものでいいですので」
一枚の契約書を差し出してそう言った、まぁこう言った手続きはトラブルを避けるためにはしょうがなさそうだね。
「え、あ……いや、そのだな……」
しかし、その紳士は変にもたつき、今までのクールな表情を少し崩し、額から汗を流した。
この人は何をしてるのだろう、そんなものぱっぱと出せばいいのに。
「お客様? どうかされましたか?」
そうしたらその紳士はギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で
「……『ナイト・ダイブ』」
あれ、この人いま……
すると司会者の貴族はにっこりと笑って、
「はい! 確かにいただきました! 全ではまたの機会をお待ちしております!」
サインも何もしていない真っ白な契約書を片手に、その貴族はいきなり頭を下げて機嫌よくまた奥の方に歩いていった。
「……ふぅ、さて娘よ、行くぞ」
「え、あ、はい」
その紳士は何事も無かったかのような振る舞いでそう言い、また歩き始めた。
外に出ると満月が輝き、冷たい夜風が肌に刺さる。
貴族街はすっかりと人気を無くし、辺りは静寂に包まれていた。
「あの……」
私は恐る恐る声をかけた、本来ならば私は今頃首を吹っ飛ばしていて無事天国へと旅立っているのだが、いささか予想外な出来事が重なってそれどころではない。
「ん、なんだ? 娘よ」
「さっき、奴隷契約するとき、魔法を使いましたよね? 上位幻惑系魔法『ナイト・ダイブ』その高位の魔法も気になりますが、なんで使ったのですか?」
紳士はやはりバレていたかとため息混じりにそう呟き、
「まぁ、あれだ、その話はまた後でしよう。私の家までもう少し歩くからな」
「は、はい。 わかりました……」
しかし、不可解なのはまだ歩くと言っていたことだ。
私たちは今貴族街の門をくぐり、果てはこの王都の東門まで来て王都の城壁さへからも出ようとしていた。
これは一体どこに向かってるんだろう。
そしてついに東門をくぐり抜けた、周りは昔誰かが住んでいたであろう廃墟やらがポツポツとあるくらいである。
「さて、もう着くぞ娘よ」
そう言った先にあるのは東森である、王都周辺には結界が貼られていてある程度のモンスターの危険は無いのだが王都内と外とでは結界の強さが違うため強いモンスターなどは王都周辺であったら結界の中に入ってきてしまうことがある。
そのため、普通は王都の城壁外には貴族はもちろん、平民ですら住み着かない。
森に入って少し歩くと見渡せば木ばかりだった森の中が不自然に拓けていて、そこに一件の家があった。
周りは木々に囲まれていて、そしてその家はやはり貴族らしい大きな建物ーーという訳ではなく、まだ平民の家の方が大きくて、今ではあまり見ない木造建築の家だった。
てゆーかぶっちゃけボロい。
え、この人貴族だよね? 私を五億で買った貴族だよね?
「さて、では色々と話すとするか」
その紳士がそう言った矢先、紳士にモヤがさしだした。
紳士の顔が、服が、体が夜の空気に溶けていく。
これはまた幻惑系の魔法……でもなんで?
「ーーえ!?」
するとそこには先程までの紳士はいなく、代わりに白い髪を空気中にふわりと浮かべ、真紅の目を闇に輝かせてどこか妖艶な雰囲気を出している女目線の私からでも綺麗な黒いドレスに身を包んだ女性が立っていた。
「私の名前はメルト・アルカ。ちなみに、私は貴族でも何でもないぞ? 会場裏で使った幻惑魔法もそういうことだ」
『東森の魔女』ふとその言葉がの脳裏をよぎった。その魔女はアルカさんとは対照的に美しい黒髪をして、あらゆる魔法を使いこなし、その膨大な魔力で生態系さえも変えてしまいかねないという昔お爺様に聞いたお伽噺に出てくる人物。
「……なるほど、あそこは貴族でないと入れないですからね、でも会場に入る時身分を偽ったりだとか体を偽ったりする幻惑系魔法を魔法で看破する検査があるはず……それに身分を証明する作業も、その時はどうしたんですか?」
「ふん、あんな小童どもに私の魔法が見破られる訳もあるまい身分の証明は会場裏の時と同じ手を使った」
「じゃああの五億円は!? あの五億円はどうしたの!? だってこんなにボ……慎ましい家なのにどこにあんな大金が……」
「おい、娘今ボロい家って言おうとしただろ」
そしてその家のドアノブに手をかけて振り返り言った
「私にとって金なんてただの紙切れ同然、あってもいいし無くてもよい。たまたま溜まってた金を使っただけじゃ」
たまたま溜まってた金が五億って……何をしたらそんなことが……
「さぁ、外にいるのもなんだ、中に入るといい」
そうしてその慎ましい家に入ると中は外見とは随分と反対に綺麗にされており、案外広い。
ソファーにベッドにテーブルに本棚、必要最小限の物しか置かれていないという感じだ。
アルカさんが部屋の端にあるロッキングチェアに腰掛けると私はもう一度話しかけた
「じゃあ、最後に……」
私は手を握りしめ、それを聞いた
「なんでオークション会場にいたんですか?」
私は元王族で言えた口ではないのかもしれないけれど、私は貴族が嫌いだ。
自分勝手で、貴族以外を人間だとも思ってない連中ばっかりだ。それに会場での貴族たちからの私への私利私欲が具現化したような視線が忘れられない。
そんな奴らが開いたオークション、そこにいた理由が気になる。
「娘よ、君の爺さんとは古くからの付き合いでな、頼まれたんだ」
アルカさんは椅子から立ち上がり、私の胸に指を当ててそっと呟いた
「孫をーーリリスを助けてやってくれ……とな」
私は胸が、目頭が熱くなった。
どんな理由で私を置いて消えたのかは知らない。けれど私を見捨ててまではいなかったんだと思えた。
アルカさんがおもむろに手のひらを首に向けた瞬間、首についていた首輪が音を立てて床に崩れ落ちた。
「え、いいんですか……? 首輪取っちゃって」
「いいんだよ、そんなもの。 私は奴隷が欲しくて買ったんじゃない。それとーー」
アルカさんは再び椅子に座ると、
「これからは娘もここに住む、よろしく頼むぞ?」
月が光り輝く夜、その妖艶な雰囲気を纏った、美しい魔女さんは五億で買った元王族の私にそう言いました。