五億の値がついた少女
あぁ、私はここで死ぬのか
私、ベルテ・リリスは無機質な冷たい檻の中でそう思った。
なぜそう思ったかといいますと、ここは世界屈指の奴隷制度推奨国家、アルデルタ王国の王都の中心、貴族しか住むことの許されていない貴族街にある奴隷オークション会場の舞台裏にある檻の中なのです。
服かもわからないボロボロの布切れに身を包み、自慢の長い金髪はガッサガサです。
まぁ今までの人生、別に後悔もないしやり残したこともない。
毎日が魔法に剣術の勉強三昧、そんな人生なんていつ終わったっていい。
願わくば次の人生は普通の家庭に生まれ、普通の人生を送り、ありきたりで、なんてことのない幸せや喜びを感じたい。
私がそんな『普通』を望む理由。
私は前国王の孫娘でした。
しかし貴族が奴隷をゴミのように扱うことを良しとしなかった私の祖父、前国王をよく思わなかった奴隷推奨組の有力貴族たちが手を組み、狡猾な手段でお爺様を嵌めて、国王の地位をおわれて、私たちベルテ家は貴族街から追放、そして貴族である証の貴族称号も剥奪。
地位も権力も何もかも失ったお爺様はその後何も言わずに失踪しました。
両親は私のことなんて元からどうでもよかったらしく、私をおいて、雲隠れ。
昔から頼れるのはお爺様だけだった私は流れに流れて気がついたら奴隷オークションの檻の中、全く人生とは何が起こるか分からないとはよくいったものだ。
「さぁ始まりました奴隷オークション! 今夜の奴隷は今までとはひと味もふた味も違う! なんてったってあの美しく、魔法は国家創立以来の大天才! 完全無欠の碧眼が美しい才女が登場だぁぁ!!」
突然と響くそんな甲高い声、どうやらオークションが始まってしまったらしい。
それにしても国家創立以来の大天才って誰がいったの、過大評価でしょそれ、まぁ腐っても元王族だから少しは魔法は使えるけど。
と心の中でボヤきながら檻から雑に出され、服かもわからないボロボロの布切れに身を包み、魔力を感知すると爆破するという嬉しいサービスつきの首輪に繋がれた鎖に引っ張られて中央ステージに移動する。
このオークションは貴族しか参加出来ないしまず入れない、そのため司会進行も貴族だ。
観客席を見ると全員がきらびやかなドレスやタキシードに身を包み、いかにも貴族と言わんばかりの格好をしている。
「最初の奴隷は本日の大目玉、全国王の孫娘、ベルテ・リリスだぁぁ!」
会場のオークションの司会進行を務めるタキシードに身を包んだ貴族が高らかと声を上げると会場にいる貴族たちは大いに沸いた。
ちなみに私は買われたらそいつの前で死ぬつもりだ、お構い無しに魔法を使って頭を目の前で消し飛ばしてやる。
「最初は五百万からだぁ!」
普通の奴隷だったら男で五十万、女で六十万くらいが相場で、魔力がどの程度使えるかで値段は変わってくるわけだが、最初から五百万は破格で異例中の異例である。
まぁ前国王の孫娘なんてそんなものなのかもしれない。
「七百万!」 「八百万!」
そんなコールと共に、どんどん値段がつり上がっていく。
正直言って笑いが止まらない。
金を積みんで積みまくってようやく買った挙句に脳裏に焼き付くスプラッタシーンのプレゼント、私の頭の中にはイメージが既に完成していた。
「八百万が出ましたぁ さぁさぁ次は誰だぁ? 」
まだ上がっていきそうな金額だが、ある人物の一声で事態は急展開を迎えた。
「二千万! わしは二千万出すぞ!!」
背が小さく体中に宝石やら何やらとジャラジャラつけ、下卑たわらいを浮かべながらそう叫んだ老人の声に会場が静寂に包まれる。
二千万ともなるとさすがに気が引けるというか……まぁいいけども
「さすがに二千万はねぇ……?」
「くそ……あのジジイそんな大金叩いてまで欲しいかよ、所詮は奴隷だぞ?」
ヒソヒソと観客席の貴族から声が漏れる、しかしその通り、奴隷なんて所詮貴族の手足に過ぎずほとんどの場合使い捨てで二千万なんて馬鹿げている。
「もういないだろう!? もういないだろう!? こいつはわしがもらったぁ!」
周りからは小さな声で陰口を叩くだけで、さらに値段を上乗せしようとする人物は現れない。
「ではそこの貴方! ステージへとお上がり下さい!」
そういいながらどかどかと席を立ち、ステージまで登ってくると私に近づき、鼻息を荒くして顔を私に近づけて囁くように
「お前のお爺さんには昔ずいぶんと世話になってなぁ……そのお礼をお前にはたーっぷりとしてやろう……ひひひ」
あぁ、なるほど、そういうことか。
つまりこいつはお爺様に反感を持っていた貴族の1人というわけだ、私のお爺様は奴隷制度反対派の国王だったからね。
こういう奴隷制度推奨側の貴族とはほぼ毎日といっていいくらいイザコザを起こしていた。
そしてその恨みを私で晴らそうという訳だ、全くとばっちりもいいとこである。
そこまで理解した上で私は
「はい、宜しくお願い致しますね」
一切裏の感情を出さずに笑いながらそう言った。
たとえこの人が私をどうしようと考えていたとしても、私はこいつの前で魔法を発動、後は派手に頭をすっ飛ばして私の役目は終わりだ。
しかも二千万もの大金と道ずれ、ほんとうにざまあみろ。
「二、二千万? ほ、本当によろしいのですか?」
司会者の貴族が歓喜に笑みを堪えきれない、そういった顔で震えながら確認をとる。
「いいといっているだろう! これでこいつは私の……」
その老人がそこまで言いかけたその時、
「五億、五億だ」
ーーーーは?
会場にいた一人のタキシードを着こなした眼鏡をかけた細身の男が老人の声を被せるようにそう言った。
「おいおい……あいつはどこの家のものだ?」
「さぁ……見たことない顔だけど、冷やかしじゃないの?」
「本当だとしたら五億なんて一体どこから」
会場のざわめきはまるで何か事件が起こったかのように最高潮まで達していた。
そして静かに席から立ち、もう一度宣言した。
「私がその娘を五億で買おう」
え、五億!? 五億ってあの五億!?
さすがにここまでくると笑えないんだけど……五億なんて大金があれば貴族街のど真ん中に家を建てれるだろうし……ひょっとして頭のネジがとんでる?
「5億……? といいますと、あの五億で……?」
「あぁ、そうだ」
司会者も唖然としながら全く私と同じ感想が出ている。
「おい貴様、冷やかしならよした方が身のためだぞ? こんなに大勢が見ているんだ、後で金がないなどと言っても洒落にはならんからのぉ 」
老人はその男を睨みつけるとそれに全く臆することなく極めて堂々とした態度で挑発するように言った。
「冷やかしなどではない。ここで五億見せたいところだが生憎、そんな大量の札束を持ってくるのは億劫でな。 あぁそうか、五億なんて大金、貴様では想像すらつかないか?」
「ちっ……気でも狂っているのかこやつ」
そうすると老人は悔しそうに舌打ちをし、ステージを降りて椅子に座った。
いやまぁあなたも二千万で買おうとした時点で気が狂っているとは思うのだけどね……
「五億! 五億でお買い上げぇ!!」
そう司会者が叫ぶと会場は一周まわって大歓声が上がり、 席を立ち上がって拍手するものさえいる程に会場は盛り上がっていた。
私はただ胸のうちで驚愕の悲鳴を上げるほかなかった。