絶望の先に待つ希望
初投稿です。
どうぞ、お手柔らかに……
では、少しでもお楽しみください
八月のお盆。誰もが故郷に帰り、先祖の霊などを供養する時期。この物語の主人公である咲宮ミドリも目的は同じようなものだ。だが、他の人間とは少々違う。
今ミドリのいる場所は母の故郷にある霊園だ。のどかな場所に位置しており、霊園に似合う慎ましい色の花々が咲き誇っている。ミドリはその花々から香花に使う花を切り取り、花畑のある場所から、墓が多い場所に移った。
彼女は高校生だ。今頃は母の故郷などには帰らず、青春を謳歌していそうなものだが、何故か、愁いの表情に満ちており、触れたら壊れそうなほど儚いオーラを纏っている。
ほどなくして、彼女は多くの墓から「錬崎家之墓」と書かれている墓の前に立つ。そして、着くと同時に膝から崩れ落ち、香花の花びらを散らした。
「……シュウ君。う、うぅ……」
シュウと呼ばれる人間はこの場に存在しない。彼女の前にある墓に眠っている人間なのだろう。その人間の名を呼びつつ、すすり泣いている。
彼女が呼んでいた「シュウ」。彼は彼女の幼馴染でもあり、それ以上の関係でもあった。
ミドリはシュウのことを愛していたし、シュウもミドリのことを愛していた。だからこそ、彼らは同じ高校に通い、一つ屋根の下でも暮らしていた。彼女達は互いの希望に満ちた将来を信じて疑わなかった。
しかし、その将来は一瞬にして崩れた。
秋のことだった。シュウは交差点で信号無視をしたダンプカーから子供をかばい、自身が轢かれ死亡した。
その時、ミドリはシュウとデートをしており、その一部始終を目撃していた。
―――「危ない!」
声が聞こえた時、シュウの体はすでにダンプカーの前にあった。ミドリは声にならない叫びとともに手を伸ばしたが、ダンプカーは無情に通り過ぎ、シュウの体は何十メートルも飛ばされ、両手足は飛散していた。
それから、警察が来て事故を整理していた。ミドリはあまりのショックでただただ呆然とするしかなく、警察から説明され、事情を把握した瞬間にミドリは発狂し、同時に後悔した。
あの時私が止めていれば、止められなくても、私が庇っていたら、こんなことにはならなかったのに……!
のちにシュウは警察や子供の保護者、親族達に賞賛の声を与えられつつ、火葬された。
しかし、ミドリの心情は晴れず、それどころか一人一人の賞賛の声を聞くたびに、自分の心に剣山が刺さっているような痛みが走った。
そして、一年後の夏、ミドリはシュウの一回忌へ参列してみんなで食事会をしていた時、シュウの幼馴染であるカリンから縁側に呼び出され、そちらに向かった。
「どうしたの?」
ミドリがそう尋ねる。刹那、カリンはいつの間にか構えていた手をミドリの頬へ向かって振りぬいた。そして、涙声でこう告げた。
「何で……何であなたがいたのにシュウが死んだのよ! 私はっ、あなたならシュウを任せられる。そう思ったから諦めたのに、これじゃ、私が諦めたのは何だったのよ!」
これだけならただの逆上だ。カリン自身もそれに気づき、「あっ……」と呟いた後、俯いて「ごめん……」と謝った。しかし、ミドリはその感情に共感した。何故なら、ミドリが逆の立場だった場合、同じことを言っていると思ったからだ。だからこそ、無理やり笑顔を作り、
「カリンちゃん。私こそごめん。シュウ君が死ぬくらいなら、私が死ねばよかったよね」
そう言って立ち去った。その時のカリンの表情を、ミドリは見なかったが、そのあとに泣く声が聞こえたので、おそらく悲哀に満ちているのだろうと、想像に難くなかった。
それから、ミドリは不登校となった。勿論、シュウのことだ。シュウのことしか考えられず、自分の部屋に籠ったのだ。そんなミドリを見かねた父と母は
「ミドリ、そんなに思いつめちゃダメ。あなたが壊れちゃう」
このような慰めの言葉をかけた。しかし、彼女にとってシュウは比翼連理のような存在だったので、慰めの言葉は彼女の反抗心を呼び起こし、無視をするようになった。
それから、ミドリは幾度も自殺未遂を繰り返した。リストカットから始まり、首つり、さらには精神科に処方された睡眠薬さえも使った。この彼女の行動に、父と母は極めて心配をし、とうとう彼女の親友であるミヤビの力を借りた。
ミヤビは、ミドリの部屋前に行き、扉に寄り掛かった。そして、幾度も通い、彼女に語り掛けた。
「ミドリ、あなたが悲しいのはわかるよ。でも、私だってあなたのことが心配なんだよ。私のことも考えてさ、顔、見せてくれない?」
ミドリがこの言葉に折れたのは実に半年経ってからだ。ミドリは扉を開け、顔を見せる。すると、ミヤビは驚いた顔の後、強引にミドリを抱きしめた。
「本当に……本当に辛かったんだね」
ミヤビの行動を理解できなかったミドリは、その後鏡を見せられ、納得した。
ミドリの顔はやつれ、シュウが死ぬ前とでは別人に見える。
「ははっ、やつれちゃった」
ミヤビに気を使い、ミドリは冗談交じりにそう言ったが、ミヤビは再度ミドリを抱きしめ、声をあげて泣いた。
その後、ミドリは高校に行くようになり、それからは少しずつではあるものの回復していった。そんな時だった。ミドリの初恋の相手が現れたのは。
それは、ミドリが小学校一年の時に小学校の生徒会長をしていたユウトだった。彼は、大学の長期休暇のたびにミドリのところへ顔を見せに行っていた。元々ユウトとは幼少期から可愛がってもらっていたので、ユウトはミドリのことが心配だったのだ。彼の優しい言葉や面倒見の良い姿に魅せられ、回復が早まっていった。
ミドリは、ユウトに少なからず好意を持っていた。しかし、ユウトと接するたびにシュウの記憶が呼び起されてしまう。
―――「ミドリ」
あの優しかった彼の声
―――「弱ったなぁ……」
困った時に見せる、苦笑しながら頬をかく仕草。
―――「はははっ」
ドキッとさせられる、さりげない微笑み。
それらを思い出すたびにはらはらと涙をこぼす。それを見てユウトは黙ってフォローをしてくれる。そして、ユウトとミドリの距離は次第に近くなっていった。
―――しかし、ユウトと一緒にいても、ミドリの心はいつも空虚であり、彼に完全な好意を寄せることはできなかった。
そんな時、ミドリが高校最後の春、ユウトはミドリに告白をする。
「ミドリ、お前はシュウのことを忘れられないかもしれない。でも、俺はお前が好きになってしまったんだ。身勝手なのは解ってる。それでも、俺はお前をこの先も支えていきたい。だから、結婚を前提に付き合わないか?」
この時、ユウトは大学を卒業して定職についていた。ユウトはそのタイミングを狙ったのだ。
―――「うん、ちょっと考えさせて」
ミドリは考える体を見せ、その場を逃れた。彼女は迷っていた。
確かに、ユウトさんは私のことを考えてくれていて、好きという気持ちに嘘ではない。でも、私はシュウ君のことが忘れられない。そんな中途半端な気持ちで、幸せになれるのだろうか?
このように悩み続けた結果、未練を絶とうと思い、ミドリはシュウの墓の前に来たが、やはり無理だった。ミドリの気持ちはやはりシュウにしかなく、それだけはどうしても変えられない。
墓の前で泣いていると、墓守の人が巡回をしていたのか、ミドリのいる墓の前を通った。そして、彼女が泣いているのを見るなり、慌ててそちらに駆け寄る。
「どうされたのですか⁉」
初老ギリギリの人が驚いた声でそう尋ねると、ミドリは慌てて涙をぬぐう。
「すいません、少し取り乱しちゃって」
「それならばよいのですが」
墓守の人はミドリにハンカチを手渡す。ミドリはそれを受け取り、目元をぬぐう。
「いやはや、よく見れば咲宮のお嬢さんではないですか。今日はどのような……いや、これは聞くべきではありませんな」
察したように墓守の人は口をつぐんだ。
「しかし、錬崎のお坊ちゃんも早死に過ぎる。孔子の弟子、顔回も短命だったが、やはり、徳のあるものは先に逝ってしまうのか」
愁いを秘めた口調で墓守の人はそう呟いた。
「すいません、もう大丈夫です」
心は晴れていなかったが、ミドリは立ち上がり、香花を拾うと、本来の用途である墓に供えることをした。
「じいさ~ん。あっ、そこにいたのかよ」
遠くから若者の声が聞こえ、ミドリはそっちを向く。
「あぁ、ナオキ。もう交代だったかな」
「いや、もう終わりだよ。何とぼけたことを……」
その若者はミドリを見るなり固まってしまった。
「ナオキ君」
その若者は、ミドリが小学校時代、一緒に遊んでいた清宮ナオキだった。ミドリがシュウと一緒に都心の学校へ通うと同時に関わりがなくなっていた。
「ミドリ、お前なんで……」
「それはこっちのセリフだよ。ナオキ君こそ、何をやっているの?」
「あ、いや、その、これは」
明らかの動揺した様子でナオキが言葉を詰まらせていると、ナオキのお祖父さんである墓守さんがナオキの隣に立ち、肩を叩く。
「ナオキは夏休みに入ると私の仕事を手伝ってくれるのですよ。確か、誰かを待っているとか……」
「あぁ~、じいさん、それ以上言うな! ミドリ、お前も今言ったこと忘れろ!」
顔を真っ赤にして叫ぶナオキは息を荒げていた。そんな状況を見ていたミドリは自然と笑っていた。
「なんだよ、笑うことなんて……」
「いや、なんかいいなって、思ってさ。私、もうそんな風に振る舞ったことないから」
「あっ……」
事情を察したのか、ナオキを口をつぐみ、俯いてしまう。すぐにフォローしようとすると、それよりも早くナオキが顔を上げ、入り口の方を指さした。
「もう日も暮れる、残りは明日にして帰った方がいいぞ。何なら送る。いや、危ないから送らせろ」
ナオキの言葉に圧倒され、ミドリは頷くしかなかった。
ミドリはナオキに送ってもらい、母の実家に着くと、すぐに寝床へ行った。ユウトも来て、「大丈夫かい?」と声をかけてくれたが、体が予想以上に疲れており、返事をする前に眠ってしまった。
次の日
ミドリは朝一番からシュウの墓のある霊園へ向おうと、身支度をする。すると、ユウトがそれに反応して起き上がり、一緒に行くことになった。
「ここが霊園か……」
興味がありそうな声で呟くユウト。朝の霊園はとても清々しく、神秘的な光景だった。この霊園の隣にある花畑へ行くと、一つ一つの花が主張するように光り輝いていた。
「ユウトさん、お花を摘むの、手伝ってくれませんか?」
「あぁ、分かった」
ユウトはミドリの言葉に従い、色とりどりの花を摘む。
「……これでいいかな」
「うん。ありがとう」
素早く摘んだ花をユウトはミドリにその花を渡す。その花はとてもきれいで、アザミ、青いヒヤシンス、黄色いチューリップなど。
「さて、これを持っていこうか」
二人はシュウの墓まで歩き、すぐに花を供えた。
「これで、シュウも安らかに眠れるだろうな」
ユウトの言葉は、ミドリを気遣ってのことだったのだろうが、彼女にとってその言葉は剣山に等しく、心に深々と刺さった。
それでも、ユウトに心配させまいと思い、ミドリは涙腺をしぼめるように奥歯を噛み合わせる。
シュウ君。私、どんな姿でもあなたに会いたい。たとえ、どんなところに行っても。
そう考えた時だった。
ミドリ達に強い風が吹き、思わず目をつぶった。ミドリが再び目を開けると、そこには信じられない光景が映っていた。
「シュウ……君」
そう、彼女の目には短い一生の中で一番愛したシュウがいたのだ。
普通の人間なら、これを見間違えだと思い、目をこするだろう。しかし、ミドリは違った。シュウの姿を見るや否や、それを追いかけて走り出す。
しかし、追いかけても、追いかけてもシュウには届かない。
「待って……!」
その悲痛な声を届いた。しかし、最悪な形で。
「えっ……」
結論から言えば、彼女の行動は失敗だった。何故なら、彼女が来たところ、それは……霊界だったのだ。
ミドリが感じた感覚はこの世のものではなかった。
芥川龍之介の作品を読んだことがあるだろうか?羅生門や、蜘蛛の糸だ。あの類には地獄や、それに類似した描写が描かれている。まさに、霊界はそれを具現化したようなものだった。死体が放つような特有の腐敗臭、視界はほぼ真っ暗だが、徐々にその暗さに慣れると、人の体のようなものが積み重なっていたり、木々にぶら下がっていたりと、様々だ。
通常の人間がこのような状況に置かれた場合、即座に嘔吐し、出口を探すだろう。しかし、ミドリは違った。ここが霊界だと分かった瞬間、迷わず歩き出した。彼女にはシュウに会いたい、その気持ちしかないからだ。
「あぁ……」
時折、霊界の亡者がミドリの体に触れようとするが、触れる前に先を歩き、亡者を拒絶する。
彼ら亡者は自分の仲間を作ろうとする。なので、甘い誘惑をかける。
「君に富を与えよう」「君に名声を与えよう」「君に権力を与えよう」
通常の人間なら、その言葉に群がり、亡者と成り果てていただろうが、彼女は違った。彼女の願い物はたった一つなのだから。
だからこそ、一人の亡者にそれを感じ取られてしまったのだ。亡者というのは狡猾で、残酷だ。それを感じ取れば、使わないなどあり得ない。
「君を彼に会わせよう」
迷うことを知らない歩みが止まった。そう、彼女の求めていたものをその亡者は提示したのだ。さらに亡者は畳みかける。
「もし、君が彼と会えば、永遠にここで暮らせるだろう」
ミドリが、その言葉に反応しないわけがない。その声のする方向へ、彼女は歩き出す。
亡者はほくそ笑み、さらに手招きをする。しかし、
―――「そっちに言ってはダメだ!」
声とともに腕をつかまれ、その方向へ引っ張られていく。
ミドリはその腕を振り払おうとしなかった。何故なら、その声には聞き覚えがあり、そして、その感動で嗚咽し、それどころではなかった。
ある程度まで離れたのか、引っ張られる感覚はなくなった。ミドリはやっと自分を引っ張っていたものの姿を見ることができ、見た瞬間にさらに涙が流れる。
「やぁ、久しぶりだね」
それは、彼女が最も求めていた者……シュウだった。
「しゅ……シュウ……君……」
すでにミドリは声にならない言葉で、彼、シュウの名を呼んでいた。
「ミドリ、僕も会いたかった。と言いたいけど、まさか霊界で会っちゃうなんてね」
冗談のようにそう語るシュウだが、ミドリにとって、自分の行動は冗談ではないのだ。
「だって……えっぐ、私は……っ、シュウ君のことが、忘れならないからっ」
まだ泣きじゃくるミドリをシュウは自分の胸で抱きつつ、頭をなでる。
「ごめんね。僕は、君を守るって言ったのに、約束守れなくて」
ミドリが落ち着くのをシュウはそっと待った。
ミドリが落ち着くと、シュウは真剣かつ冷静な表情でミドリの顔を見る。
「ミドリ、君が何でここに来たのか、それは、君の思いが強かったからだと思う」
「気……持ち?」
首を傾げるミドリに、シュウは説明をする。
「霊界は人の思いの強さで霊界と現世への道、霊道を作り出すんだ。だから、君が僕を思う気持ちがあまりにも強かったから、霊道を作り出したんだろう」
説明し終えると、シュウはミドリの肩をつかみ、諭すようにこう告げた。
「霊界へさまよいこんだ人間がそのまま霊界へいると、体を精神が分離し、死に至る。だから、君はここにいてはいけない。僕が出口まで案内するよ。だから、行こう」
彼の優しい微笑みがミドリを照らす。しかし、
「ぃゃ……」
「え?」
「いやっ!」
しかし、ミドリははっきりと拒絶をした。
「私は、やっとシュウ君に会えた。もう、このままでいい。これで死ぬのなら、本望だもの。だから、もうシュウ君と離れたくないの!」
彼女の言葉はあまりにも悲痛すぎた。シュウにも彼女の気持ちがわかる。だから、彼女の気持ちは理解できた。彼女の決心が理解できた。でも、シュウは彼女とは別の決心をする。
「聞いてくれ、ミドリ」
シュウはミドリを少々強引に抱きしめる。
「僕は、霊界で少し暮らした後、もう一度現世に行くんだ。別の誰かとなって。君は僕のことを愛しているし、僕も君のことを愛している。だからこそ、君にこんなところで永遠に過ごしてほしくないんだ」
その言葉は力強く心優しい、まさに太陽のようだった。彼女も、自然に涙を止めていた。
そして、シュウは青いペンダントを渡した。
「君と別れるのはほんの少し。また、僕が現世で誰かになった時、君のそばに行くよ。それは、その証。だから……待っていてね」
「……うん。なら、早く戻ってきてね?」
ミドリは上目遣いでシュウを見ながらそう言った。シュウも「分かっているよ」と言って、出口まで歩き出す。
出口までの間、ミドリとシュウは話し合っていた。恋人だった頃の話、現在の状況。
「……それでね、私、迷っているの。その人の告白、受けようかどうか」
「君が幸せになるのならそれがいいと思うよ」
シュウの言葉に後押しされ、ミドリの気持ちは固まった。それと同時に、出口が目の前にあった。
「じゃあ、ユウト君と付き合ってみるよ」
その言葉に、シュウは硬直し、俯いた。
「どうしたの?」
ミドリがシュウの顔を覗き込む。すると、焦りと恐怖の表情を露わにしていた。
「ミドリ、本当にユウトさんなのか?」
シュウは余裕のない表情でミドリに問いを投げかけた。
「う、うん。そうだけど」
その言葉で、シュウはミドリの肩をつかんだ。
「あいつはダメだ!」
そう叫ばれ、ミドリは怖気づく。しかし、状況がわからないので首を傾げる。
「何で? ユウトさんはいい人だよ?」
「あいつは……」
シュウが言葉の続きを言う前に、ミドリは出口から伸びた手に引き込まれた。
「あっ……」
「ミドリ!」
シュウはミドリを追いかけて、出口を出る。
眩い光が視覚を刺激し、気が付けば霊園の花畑にいた。誰かに手をつかまれて。
「ゆ、ユウトさん?」
つかんでいた人の正体はユウトだった。しかし、目はうつろで、とても正気があるとは思えなかった。
「何で……」
「え?」
聞き返すと、ユウトは頭を両手で強く掻き毟り、大声で笑う。まるで狂ったように。
「何で、何でまだあの男を想っているんだよ! 俺は、俺は君のことを小学校の頃から思い続けていた。君のことが好きで、好きで仕方がなかった。だから、君によりたかる羽虫は全て排除してきた。なのに、あのシュウってやつは君を誑かして、ものにした。だから、あの時轢き殺したのに」
最後の言葉にミドリは強く反応し、同時に恐怖した。あの時のひき逃げ犯は捕まっていない。そして、一切の痕跡が残されていなかった。ということは、ユウトが言っていることは……
「でも、君は俺のものにならなかった。なら、もういいや」
そう言って、ユウトが背中に隠していいたあるものを表に出した。
「ひっ⁉」
ミドリは短い悲鳴を上げた。ユウトの手にあったもの、それはワイヤーだった
「君の体をできるだけ傷つけないで殺して、その体だけでもものにするよ」
ユウトが詰め寄ってくる。ミドリは逃げようとするが、あまりの恐怖に動けず、ユウトに押し倒される。
「ミドリ、ミドリ、ミドリ、ミドリィィィ!」
狂気と言わざるを得ない声がミドリに覆い被さり、ミドリは動けなくなる。ユウトはワイヤーをミドリの首へと巻く。そして締め上げようとする。
――シュウ君!
ミドリは声にならない叫びを上げる。ユウトの締め上げる力は強くなる。ミドリの意識が薄れ始めたその時、
ゴンッ!
鈍い音が響き、同時にユウトが倒れる。
「ゲホッ、ゲホッ!」
呼吸が戻ったミドリは必死に息を吸った。誰が…… そう思って顔を上げる。
「大丈夫か⁉」
ミドリを助けてくれたのは、ナオキだった。
「ナオキ君、何で……」
――早朝は墓守として活動していないはずなのに……
「いや、朝の散歩中に急に体が霊園の方を向いて。気になって来てみたらこうだったんだ」
――急に? ……まさか!
ミドリはナオキの体周りを見る。すると、眩い光がナオキの体に付いており、すぐにどこかへ消えた。
「ありがとう……シュウ君」
「ん、なんだって?」
ミドリは「なんでもないよ」と言って空を見る。本当の意味で彼女の心に曇りは無かった。
――十年後
ミドリはナオキと結婚した。ユウトはシュウ殺しの一件で逮捕され、今も刑務所にいる。今のミドリにはナオキしかいない。そして、ナオキとの間に子ができ、その子を産んだ。
ミドリの親とナオキの親から祝福され、一時病室は賑やかだった。
そして、ミドリが一人になった時、窓辺からやさしい風が吹き、彼女と赤ん坊を包み込んだ。すると、いつも身に着けていた青のペンダントが光り、赤ん坊の方に光が行く。すると、
―――「やっと、君のそばに来られたよ」
空耳だったのだろうか、赤ん坊がそう呟いた。しかし、その言葉をミドリは微笑みとともに受け止める。
「もう、遅いんだから。でも、嬉しい。今度は離さないんだから」
END
どうだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。
では、また機会があれば会いましょう。