冬の女王と青年
一部修正しました。稚拙な文章ですがどうぞ読んでみてください。
その国には季節を巡らす四人の女王様がおりました。
四人の女王様は国の真ん中にあるとても立派な塔に順番にお入りすることでお互いの季節をまわしておられました。
春の女王様が塔にお入りになると花が咲きだし暖かな春がやってきます。
次に夏の女王様が春の女王様と交替で塔に入られますと、暑くも気持ちのよい夏がやってまいります。
今度は秋の女王様が塔へとお住まいになります。するとやはり様々な実りをもたらす秋がやってくるのです。
そして、冬の女王様が塔に入られるころとなりました。冬の女王様が塔に入られますと寒い冬がやってきて冷たい雪が厚い雲から降り注ぎます。
この国の人々はそんな冬を家の中ですごし、やってくるであろう春を今か今かといつも心待ちにするのが常でありました。
しかし、いったいどういうことでしょう。やってくるはずの春は訪れず、冬の女王様は塔に閉じこもったままです。
王様は使いの者をよこしてその理由を聞かせにいかせます。
コンコンコン、使いの者は扉を叩いてお尋ねします。
「冬の女王様、どうして出てこられないのでしょうか?」
するとすぐに雪のような美しい声が返ってきます。
「どうして私に出てほしいのですか?」
使いの者は戸惑いながらもそれに答えます。
「女王様、それは皆が春を待ち望んでいるからでございます。このままでは作物が育たず、いずれ食べるものがなくなってしまいます」
使いの者が言ったことはとても正しく、誰が聞いても頷くようなことです。
ですが、女王様からの返事はいくら待てども来ませんでした。使いの者はしかたなくお城へと戻り、王様にそのことを伝えました。
困った王様は他の三人の女王様にお聞きなさりました。どうして冬の女王様はいつまでも塔にいらっしゃるのかと。
すると三人の女王様は同じように口をそろえてこう言いました。
それは、貴方たちが見つけねばなりません。
王様とその家臣の者たちと、頭の良い学者たちが呼び出されて一晩中話し合いをしました。しかし、その答えは見つけることは出来ませんでした。そうして、悩んだすえに王様はこうお触れを出しました。
–––「冬の女王が塔から出て来なくなった。冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない」–––
それを聞いた者たちはみな、急いで塔へと駆けつけました。もし自分が冬の女王様を交替させれれば、望む褒美を賜れるからです。
たくさんの人たち塔へと参上しては冬の女王様に様々な呼びかけをしました。
そして冬の女王様は使いの者にしたのと同じようにこう返すのです。
「どうして私に出てほしいのですか?」
やはり多くの者が使いの者と同じ答えを返しましたが、中には違う答えを返した者もいました。
とある学者はこう答えました。
「冬は寒く人間も動物も、植物も虫でさえも外では生きていけません。ですからこのままでは全ての生物が死んでしまうでしょう」
すると冬の女王様は悲しい声でこう聞き返しました。
「では、あなたは冬は全ての生き物を殺してしまう恐ろしい季節だから、いらないと言うのですね」
学者は大変慌てて返事もせずに逃げ出しました。
ある有名な詩人はこう答えました。
「私の詩をどうぞお聞きになってください。そうすれば、きっとあなたの頑なな氷の心も溶けることでしょう」
そして扉の前で素晴らしい詩を歌ってみせました。春を迎える喜びと、情熱的な恋の詩でした。しかしそれでも冬の女王様が出てくることはなく、こう返事だけが返ってきました。
「素敵な詩をありがとうございます。でも、私がほしいのはそれとは違うのです」
そう言うばかりで冬の女王様が出てくることはありませんでした。詩人はがっかりして帰りました。
結局、誰も女王様を外へ出すことは叶いませんでした。そしてしばらくすると、塔へとやってくる人は一人たりともいなくなってしまいました。
冬の女王様の心は凍りついてしまった、もう誰も外へ出すことは出来ない、とそのような話が広がってしまったのです。
そんなある日、冬の短い日が沈み始めるころに一人の青年が塔へとやってきました。彼はまったく特別なことが出来るわけでもない、薄汚れた服を着た普通の青年でした。
「冬の女王様、いらっしゃいますか?」
青年がそう尋ねると中からはえぇ、確かに、と透きとおった返事が返ってきます。
「冬の女王様、失礼とは分かっております。しかしどうか小さなお願いがあります。僕と少しお話をしてくれませんか?」
「貴方は私を外に出すためではなくおしゃべりをするためだけにいらしたのですか?」
「えぇそうです、おっしゃるとおりでございます」
冬の女王様は不思議に思いました。それもそうでしょう、お話をするためだけにやってくる人は今まで一人もいませんでした。
「どうして私と?」
「僕には優しい母上がいました。でも、今はいません。死んでしまったのです」
「それは……悲しいことね。でも私は貴方のお母さまにはなれないわ」
「いいえ女王様、僕は仕事が終わるといつも母上のお話を聞き、僕のお話を語って聞かせていました。
どうぞ女王様、僕はとても寒いのです。冬だからではなく、心に温もりを与えてくれる母上がいなくなって、心が凍えているのです。僕とお話をしてくれませんか?僕の心を温めてくれませんか?」
冬の女王様はとても驚きました。なんとこの青年は寒い冬を届ける自分に温めて欲しいと言うのですから。
「分かりました。それが貴方の助けになるのならここへいらっしゃい。いつでも待っているわ」
「ありがとうございます!では早速、僕のお話を聞いてください」
そう言うと青年は元気な声で語り始めました。
自分が羊飼いであること、どんな生活をしているか、楽しいことや母との思いでを。
それは想像するだけでどこか気分がうかれてしまいそうな素敵なものでした。
そして少し悲しそうな声で辛かったこと、母がいなくなってしまってからのこと、誰もが家にこもり話し相手がいなくなったことを静かに話しました。
冬の女王様は自分のせいで皆が困っていることが思いだされ、やはり心苦しく感じました。
「そろそろ帰らなねばなりません」
青年は言います。
「僕ばかりが話してしまって申し訳ありせん。明日も来ていいですか?」
「えぇ!ぜひいらして、とっても楽しかったわ」
明日も彼が来る、そう思うと冬の女王様は心が不思議と温かく感じた気がして、ほんのり幸せな気持ちになったのでした。
それから、青年は毎日のように塔にやって来ました。そして冬の女王様は青年がやって来るとたいそう楽しそうな声で笑うものですから、彼も嬉しくなって色々なお話を聞かせたり聞いたりするのでした。
「私はね、小さいころに冬の女王になったの」
冬の女王様は自分のことを語ります。
「前の女王様が亡くなられて、次の女王様には私がなるんだって聞いた時、とても嬉しかったわ。お母さまとお父さまもたいへん喜んでいらしたけど、でも少し悲しそうな顔をなさっていたの」
小かった自分にはそれがとても不安だった。優しい笑顔をしているのに、素敵なことのはずなのに、その瞳の裏には違う何かが隠れている、冬の女王様はそう思ったと言います。
「お別れの時、お母さまとお父さまはたくさん泣かれたの。元気でね、元気でね、愛しい子よ、ありがとう……私もとても悲しくなってしまって泣いてしまったわ」
「それは、さぞお辛かったことでしょう」
「そうね。お母さまお父さまと離れてすぐに会いたくなったわ。でもダメなの、四季の女王様は神様の子だから、親に会ってはいけないの」
それがどれほど苦しいことであったか、沈んだ声を聞くだけで青年にも十分に感じ取れました。
彼女はずっと一人でその悲しみを胸に秘めていたのでしょう。
青年は自分に何が出来るか考えましたが良い方法は思いつきませんでした。
あくる日、冬の女王様は青年に尋ねました。
「ねぇ、冬は好き?」
「正直に申し上げれば、僕は春が一番好きです」
「……そうよね。私も、春が好きよ。いっそのこと冬なんか来ない方が良いんじゃないかなって、春と夏と秋、どれもが素敵な季節だから」
冬の女王様は青年に打ち明けます。木々は枯れ、動物は引きこもり、冷たい雪が命を覆う冬のことを、そしてその冬を運ぶのが自分であることを。
「私は冬の女王、神様の子として役目は果たすわ。でも、時々思ってしまうの。冬が来ない方がみんな幸せになれるんだろうなって」
「それは違いますよ女王様。私は冬が好きとは言えませんが、とても大切な季節だと思っています」
「それはどうして?」
「実は私も母に同じことを聞いたのです。すると母はとんでもないと言って私に教えてくれました」
青年は母から聞いたことを冬の女王様に語り聞かせます。
枯れた葉が土となって肥えた土となること、積もった雪が溶けて田畑を潤す水となること、そして苦しい冬を越えて春を迎える喜びのことを。
「女王様、冬は幸せを蓄える季節なのです」
「……幸せを」
「そうです、もし春しか来ない楽園があればそれは素晴らしいことかもしれません。でもきっと人々は春の喜びを忘れ、いつしか幸せを失います。それはとても悲しいことに違いありません」
そう青年はキッパリ言い切りました。そして彼の言ったことは冬の女王様が求めていた答えの一つでもありました。
寒く恐ろしい季節を運ぶ冬の女王、しかしこの思い込みは今、青年の言葉によって打ち消されたたのでした。
それはそんな風にして青年が幾度も訪ねて来たある日のことでした。
帰り際に青年が、思い詰めたような声でこう言いました。
「女王様、扉を開けて出て来てくれませんか?」
冬の女王様はそんな青年の突然の問いかけに顔をかたくします。そしてやはり、こう返しました。
「どうして、私に出てほしいのですか?」
青年は恥ずかしそうにしてしばらく黙っていましたが意を決したように口を開きます。
「女王様とお話しをしているうちに、女王様のことが気になるようになりました。どんな顔なのか、どんな笑顔をするのか、どんな人なのか、僕はもっと知りたくなりました。
愚かなこととは分かっています。ですが、女王様とお話しをしていると、僕は心が温まるのです。扉越しではない、もっと近くで、あなたと話したい、共に笑いたい」
その熱のこもった力強い声は確かに彼が本気であることを示していました。
冬の女王様はただ黙ってしまいます。扉も開かず、寒空の下、しかし青年は返事が来るまでじっと動かず待ち続けました。
そしてとうとう、冬の女王様は震える声で答えました。
「……私の名前は、スノウよ。お母さまとお父さまがつけてくれた、私の名前よ」
「スノウ……素敵な名前、あなたにぴったりだ。スノウ、君に会いたい」
静かに、ゆっくりと、冬の雪が溶けるように、その扉は開き別れを告げます。そして、出会いは懐かしく新しく、彼と彼女だけのもの。見ていたのは久方ぶりに顔を出した夜空の星々とお月様だけでしょう。
冬の女王様が塔を出なさったことはたちまちのうちに国中に広まりました。代わるように春の女王様が塔へとお入りになり、季節は巡って誰もが待ちわびた春がやって来ます。
王様はさっそく冬の女王様を見事塔からお出しした青年をお城にお呼びになりました。
「今回の件、真に大義であった。もしお主がいなければこの国は亡くなっていたかもしれぬ。約束どおり、好きな褒美を言うがよい」
青年は顔を下げて跪いたまま答えます。
「では王様、望みのものを奏上させていただきます。冬の女王様を、スノウ様をいただきたい」
王様とその場に居合わせていた者は皆一様にたいへん驚きになりました。広間は騒然となり、けしからん!と反対の声が飛び交います。
「静まれ!」
王様が鋭く一喝するとざわめきはあっというまに凪いでゆきます。
「面を上げよ。それがどういうことか、分かって言っておるのか?」
「はい、もちろんです」
青年はどこまでも真剣でした。王様の厳しい目つきにも微かに揺らぐことなく見返しています。
「ふむ、よかろう!わしも他の女王に言われたものよ、彼女らは神の子であると共に人の子であるとな。次もこのようなことがあっては堪らぬ。しかと冬の女王を支えてみせよ!」
「ハッ!ありがとうございます!心に誓って」
王様はフッと厳粛な表情を崩すと歳に似合わぬ無邪気な笑顔でさらに大きな声を張り上げした。
「さぁ、宴じゃ!春の宴じゃ!いつもより立派な、素晴らしいものにしてみせよ!我らが四人の女王を祝おうぞ!」
少し長かった冬が明け、咲き誇る花々はいつもより少し綺麗に見え、遊びまわる子供たちもいつもより少し元気に見えます。
開かれる宴はとても盛大で笑顔に溢れたものとなることでしょう。
夏が来れば人々は外を駆け回り、秋が来れば自然の恵みに感謝します。
そして季節は変わり冬の女王様が塔へとお入りになるのです。
「春に会いましょう」
「必ず」
しかし彼女が出て来ないことは、もうないでしょうね。
お読みくださりありがとうございます。感想などいただけたら幸いです。
修正点、改善点もガンガンお願いします。