はい、シャット。
アハハハハハ!!!
また、笑い声が聞こえる。屈託のない、心の底から出てくる笑顔。迷いも何もない、本当に幸せそうな笑顔。明るくて、弾けそうなほどの喜びに満ちた笑顔。たくさんの笑顔が、俺の目の前に出現している。まるでスクリーンに映し出された映像のようだ。1つ1つの記憶が、それぞれのスクリーンに出力され、映像を映し出している。
幸せな映像だが、これもまた、いずれは終わりを迎える。そんなことは分かっている。どんなに素晴らしい夢であろうと、終わり方は決まっているのだ。
ピシッ
1つの画面にヒビが入る。微かな傷跡。傷の周辺部分の映像が少し映らなくなる程度の僅かな傷だ。
ビシッビシッ
けれど、その微かな傷は周りに広がっていく。一度生み出された亀裂は、終わるまで走り続ける。ビシビシビシビシと音を立てながら上下左右に広がっていく。笑顔に、亀裂が入っていく。幸福に、亀裂が入っていく。
ピシッ
亀裂が、スクリーンの端にまで到達した。そして………
パリーーン!!!
大きな音をたてて画面が割れて砕け散る。ガラスが、光を反射しながら空中で回転し、吹き飛んでいく。
ゆらり。と、割れた画面の中に男が現れた。全身を、真っ赤で、ゴツい鎧で隠したつまらない男だ。俺に体の側面を見せ続けている
ズァァア!!!
割れた画面の中から手が伸びてくる。ゴツゴツとしていて、真っ赤に染まった腕が、こっちに向かって伸びてくる。
徐々に。徐々に徐々に徐々に徐々に。ゆっくりと俺に近づいて来る。まるで、追い詰めるように。端へ端へと追い込むように。
けれど、それは俺の目の前で止まる。俺に真っ赤な手のひらを向けた状態で停止している。指さえ動かせば俺の顔を握れるほどの距離。けれど、男は握るつもりはないらしい。手のひらを広げたまま、硬直し続けていた。
そして、
「逃げられはしないさ。お前が例え何をしようとも」
ゴウッッ!!
目の前が真っ赤に燃え上がった。
ヒュヒュヒュヒュヒュンン!!
それと同時に頭の中で記憶が暴れまわり始めた。ガンガン!ガンガン!と、俺の頭の中を、まるで無重力の球場の空間の中で跳ね回るスーパーボールみたいに、強く俺の頭をゆすり動かし、衝撃を与える。ぶつかった時、頭が揺れていると錯覚してしまうほど、頭が痛い。まるで頭が割れるようだ。
本当に頭の中に何か異物を入れられているんじゃないか?内側から脳味噌を殴られているような感覚。頭の中で高鳴りが止まらない。目の前がチカチカとする。
ガン!ガン!ガンガンガン!!
彼女達の記憶が脳内で暴れまわる!ぶつかるたびに笑顔と幸福が目の前にチラつく!
ガガガガガガガンンン!!!
記憶はさらに速度を増して動き続ける!目まぐるしく俺を責め続ける!
「なぜ俺が、お前ごときに見られなきゃいけないんだ」と、いうかのように、暴れまわり続けるのだ!!耳鳴りがひどい!もはや頭で何かを考える余裕すらもない!ただただ頭の中の痛みと、ただの一言、「逃げられはしない」というありふれた言葉で埋め尽くされていた!
やばい!やばいやばい!!このままぶつかる衝撃が強くなりつづけたら、頭がもたな………
パン!!
頭付近から、何かが飛び出したような気がした。
「……………」
俺はゆっくりと目を開けた。本当は飛び起きたかったのだけれども、体がすでに疲れ切っていたようだ。飛び起きようとしてもひどい倦怠感に襲われて、出来なかった。
俺は首だけを動かして、目覚まし時計を見る。
5時………また2時間程度しか寝れなかったか。
俺は起き上がり、居間へと向かった。
「………狩虎、やっぱなんかあっただろ。昨日よりも具合が悪そうで、今にも吐きそうだ。」
いつも通りに来た学校の昼休み、前の席の宏美が声をかけて来た。
心配なのか、哀れんでいるのか、とにかく俺に同情するような表情を向ける。
「考え事だよ考え事。家にある大きなゴミをどう処分しようかなってさ。」
そして、俺は、それに、顔をそらすことによって返事をする。
「………そうか。」
宏美は微かに笑うと、黒板に目を向けた。
「どうせ狩虎じゃ捨てれないだろうな。本当のゴミじゃない限り、そいつに少しでも価値があったなら、お前はちゃんとそいつを見繕ってやるもんな。」
「………そんなわけがないだろう。俺は断捨離が出来る男だ。昨日だって半分しか文字で埋まってない裏紙を棄てたからな。」
「要らないもので部屋が溢れかえっている人間のセリフかねぇ。」
………まっ、良いじゃないそこは。
「遼鋭はどう思う?狩虎は明らかに具合悪そうだよな?」
宏美が俺の後ろの遼鋭に話をふる
「最悪だね。毎日毎日吐いてるレベルだ。どうせ寝不足も合わさってるんだろうね。………まぁ毎日睡眠時間が4時間だから大した差はないだろうけどさ。」
「吐いてるってお前………そこまで具合は悪いのか?学校休んだ方がいいんじゃないのか?」
「そんなの遼鋭の推測だろ。俺は実際のところ吐いてないぞ。毎日ご飯も食べてるし、ちゃんと寝ている。学校を休むほどのことじゃないさ。」
「でも…………」
「あっと、ほら。もうそろそろ昼休みも終わりだ。授業の準備とかしないと大変だぞ?」
予鈴まであと1分もない。周りもセコセコとバッグから授業道具を出し始めている。呑気に会話している暇はない。
「安心しろよ宏美。俺はいたって平常だ。心配するほどのことじゃない。」
俺は宏美に笑いかけると、すぐに黒板の方に向き直った。
キーンコーンカーン………
そして、予鈴がなった。
ガヤガヤガヤ………
残りの午後の授業も終わり、俺は帰る支度をしていた。
宏美はもうすでに部活動に行っている。
「今日は見学やめて家まで送る」と言われたのだが、俺は断った。宏美の親切は正直嬉しかったが、俺なんかのために見学に行くのをやめるというのは後ろめたかったのだ。
遼鋭はさっさと家に帰っていた。
「狩虎1人なら、何も起きないから大丈夫でしょ。僕は家帰ってマジックの練習しているね。」と言っていた。
さて、俺も家に帰って芳香族あたりの知識を深めておくか。
俺は席を立ってドアへと向かった。
ガラガラ
ドアを開けると、昨日の女性がいた。小柄な彼女は俺の方を睨んでいた。
ピシャン!!
だから俺は、勢い良く扉を閉めて後方の扉に向かった。
「ちょっと!!なんで何も言わないのよ!!少しぐらい驚きなさいよ!!」
女性は俺の襟首を掴み、俺の動きを止める。
「……いや、驚きましたよ。驚いたから閉めたんです。僕って口よりも先に体が動いちゃうタイプで」
「なんかそれちょっと意味が………じゃなくて!ちょっと話があるの!ついてきて!」
俺はズルズルと、女性に引きずられていった。
そして、辿り着いたのはベンチ。有っても無くても変わらないような意味のないベンチ。そこでまた俺と女性は座っていた。
………てか口調が昨日と全然違う。昨日みたいにオドオドしているって感じでは無く、アグレッシブだ。ガツガツタイプの雑食系感がある。
「昨日、私のことを[友達がいないくそさみしい人間]って言ったわよね。」
………そこまで言ってません。
「………ええ、そうよ!あんたの言う通り私は友達のいない根暗人間よ!!高校デビューしようとして思いっきりズッコケたクズよ!!」
いや、あの、そこまで自分を卑下しなくても
俺の心中での制止は彼女には聞こえない。聞こえるわけがない。大声で語り続ける。
「私のオタク癖と集めているフィギュアが気持ち悪いっていうのも相まって、もう、完璧に人が寄り付かない!!やらかしたのよ!!」
ギャァァアアア!!!と叫ぶ女性。
わぁ………高校デビューってそんなに大事なのかよ。俺なんてそんなこと考えたこともねぇよ。
「そ、そうなんですか………それでも今の貴女の喋り方なら友達ぐらいたくさん作れそうですけどね………」
ヒステリックだけど、明るく喋れてはいる。昨日みたいに全然喋れないってわけではないからチャンスはあるように思える。
「………違うわ。これはあれよ、吹っ切れたのよ。私に友達がいないってのがバレたからあんたには本性をさらけ出しているだけ。もう隠す必要ないのよ。」
………はぁん。友達がいないのを隠すために躍起になって、そのせいか内気になっていたのか。中学生の時にそんな奴いたな。
「はぁ………なるほど。理解し難いですがそういう人っているんですね………それで、なんですか?なにか用ですか?まさか僕に本性を見せるためだけに引き留めたってわけではないんでしょう?」
「ええ………見た所、あんた。友達がいないわね。私と同じような気配を感じる。」
ニヤニヤとしながら女性は俺を見てくる。
………まぁ、いるっちゃいるが2人だけだし、昨日に俺のコミュ障を存分に見せてしまったからはっきりと否定できない。
「ここはひとつ提案としてさ、私と友達にならない?クラスであぶれた者同士、仲良くやっていくのが賢明だと思うの。」
………なるほど、そう来たか。
俺は長い時間考えたフリをして、言った。
「…………無理ですね。良い案ですが、僕の気が乗らない。」
俺は立ち上がると、バッグを背負った。
「ちょ、なんで!?ボッチは寂しいでしょ!?一緒に乗り切ろうよ!!」
俺の言葉を聞いて、まるで16世紀の人間を見るかのような目で俺を見てくる女性。
「ボッチは寂しい?………ちょっと分からないですね。自分のやりたいことをしていたらそんなこと感じないですよ。」
俺はさっさと玄関へと向かう。
「待って!待ってお願いだから!!」
俺の服の端を掴んで俺を止めようとする女性。
だがしかし、小さな女性が、例えひ弱な俺だとしても、175センチある男を力で止めるのは難しい。
女性は俺に引きずられていく。
「……………」
俺は無言で歩き続ける。
他の誰かと関係を作りたくない。女性ならなおさらだ。どうせ俺なんかと関わったらロクでもない人生を送るに違いないのだから。
「何が嫌なの!?私だから!?宏美さんみたいに人気者じゃないから!?」
「……………」
「友達のいない一匹オオカミがカッコいいとか!?」
「……………」
俺は足を止めない。
「………止まってよお願いだから!!……あんたがいなくなったら本当に私、頼るものがないの………」
グン
俺を減速させる力が衰え、俺の歩く速度が速くなる。どうやら女性は俺を止めるのを半ば諦めたようだ。……いや、諦めたというよりかは気が弱くなったと言ったところか。
「頼るものがないって………うちのクラスには30人ほどいるじゃないですか。なんとでもなりますよ。何も僕である必要はない。」
俺は立ち止まり、後ろの女性に振り向く。
「ダメなのよ!!全員何かしらのグループにもう入っていて、私が入れるような余地がないの!!」
………グループか。また意味のないものが形成されてるな。こんなお金持ち学校でもあるのか。やはりそこらへんは高校生か。やることに変わりはないのか。
「それじゃあ他のクラスに」
「他のクラスも同じに決まってるでしょ!!もうみんな仲良しになっちゃって、私みたいな根暗のコミュ障を入れてくれるわけがない!!」
………高校生めんどくせぇぇ!!無駄なところで団結意識を生み出しやがって!!
「本当に、もう、あんたみたいなボッチしかいないの………お願いだから友達になってよ……1人は寂しいの…………」
涙目で俺を見つめてくる女性。
………泣かせるわけにはいかないよな。あの日以来そう決めてるからな……
「………分かりました。僕も一応は男です。女性を泣かせるわけにはいかないですからね。友達になりますよ。」
なんか決まりが悪かったので、俺は廊下の壁を見ていた。
なんでこうも俺は芯がはっきりとしていないのだろうか………
「ほ、本当!?それじゃあ」
「といっても条件はありますよ。2つだけですが。」
俺は涙目の女性に人差し指と中指を立てて突き出す。
「な、なにさ………」
緊張する女性。
「………まず一つ目。貴女が僕との関係で不快を感じたらすぐに友情を破棄すること。」
「………何その条件。意味分からないんだけど。」
「意味分からないも何もまんまですよ。僕は結構嫌な人間ですから嫌な思いをするかもしれない。現に今さっき嫌な思いをしたでしょう?そういう時はさっさと僕の元から離れるべきだと言っているんです。」
「………なるほど、分かった。」
女性は目をこすりながら頷いた。
「そして二つ目なんですが………これはちょっと難しいかもしれないですね。何せ相手が僕だ。憚れるかもしれない。」
「…………な、何さ。なんか変なことでも頼むつもりなの?」
女性の顔が曇る。
「まぁ、その通りです。………言いますよ?」
「い、良いわよ。私も覚悟は決まったからね。」
俺の言葉に頷く女性。
フーー
俺は鼻から思いっきり息を吐いた。
「………貴女の名前はなんですか?教えてください。」
「…………え?だけ?」
「……だけですが?」
「………ぷっ、あははは!!何、そんなこと!?良いよ、教えるよ!」
女性はしこたま笑った後、俺の目を見て
「私の名前は樟葉優里香よ。優里香と呼んで頂戴、狩虎。」
と言い、俺に右手を差し出してきた。
「………俺なんかでよければどうぞ宜しくお願いします、優里香さん。」
俺も右手を差し出し、握手をした。
………本当に、申し訳なく思う。俺なんかを友達にさせてしまって。
俺は樟葉さんの笑顔を見てらんなくて、また廊下の壁を見続けていた。
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