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イブだと言うのにこの暗さ

キーンコーンカーンコーン

授業、もとい通常課程が終わったことを示すベルが鳴り響く。

担任の壁山先生の退屈なお話を聞き、それが終わると掃除当番以外のクラスメイツは馬鹿騒ぎをしながら教室から出て行った。

さて、俺も帰らなければいけないか。

俺も身支度を整え、立ち上がる。俺は悲しいことに帰宅部だ。放課後に同級生や先輩達と友情を育み青春を謳歌する予定はないのだ。灰色の人生である。白秋と玄冬の間の中途半端に寒い時期みたいだ。俺はこの季節が大っ嫌いだ。

俺と違って宏美は入る気はないが一応全ての部活動を見たいと行って2週間経ったいまでも部活動見学に行っている。さっきも帰りの挨拶をしたら宏美は一目散に教室から走って行ったからな。……大量の部活勧誘の人達と一緒に。宏美は運動神経も抜群だし空手で体を鍛えているからな。大抵のスポーツは1ヶ月もあれば基礎は全て覚えきってしまうほど筋もいいからな。運動部系はこぞって欲しがるのだろう。でも宏美は見学をしたいだけだ。だから勧誘を全て無視して、走りながら行くんだとさ。なんなんだよ一体。主人公を変わりやがれって話だ。

遼鋭は「僕がいない方が今回は話がスムーズになるね」なんてことを言いながら、いつも舐めている飴の買い出しに向かった。遼鋭もまた部活に入っていない。入っても良かったのだが、「部活なんかやってる暇がないんだよ。僕は趣味が多くてね」とかなんとか言って勧誘を全て拒否している。と言うのも遼鋭は筋肉質だ。きっと、その、趣味とやらで身体が鍛えられたのだろう。帰宅部のくせに運動ができるのだ。しかも身長も高い。180センチメートルぐらいあるからバスケ部とかサッカー部がメッチャクチャ欲しがっているのだ。

…………なんなんだよ一体。俺の幼馴染はなぜこうも運動ができるのだ。疎外感が半端じゃないよ。てか帰宅部のくせにレベルが帰宅部を超えている。超エース級の帰宅部じゃないか。

だから俺は今1人だ。帰宅部でもポジションはベンチ温め係。2人とは違いこれといった才能がない人間の宿命だなこれは。孤独………うむ、ぴったりな言葉だな。そんな俺はさっさと家に帰って勉強でもするか。運動ができなくたって勉強をすればいいのだ。勉強というか学習なのだけれども


俺の机を早く下げたがっている掃除当番の視線をぬるりとかわしながら、俺は教室を出た………


「あんた、暇でしょう?ちょっと付き合いなさいよ」


のだけれども、ドアを開けるとそこには昼休みの時の女性がいた。160センチメートルぐらいか………改めて見るとまぁまぁちっちゃいな。


「………えーーあーーその、いいえ、暇じゃないです」


俺は視線を泳がせながら、なんとなく目に止まった女性のバッグに目を向けた。チャックの部分に大量の気持ち悪いモンスターのフィギュアがぶら下がっていた。これはさっきの昼休みの時に彼女がいっていた、俺が当てたフィギュアの同シリーズのモンスターらしい。話を聞く限り俺が当てたリンゴのモンスター以外、可愛いモンスターは存在しないようだ。なんか大抵気持ち悪いらしい。妙にリアルなミミズのモンスターとか、妙にリアルな豚のモンスターとかカッコいいわけもなく可愛いわけもない素晴らしく狭いニッチな客層を狙ったものであった。まったく、そんなの一体誰が欲しがるんだと言いたくなったが、まぁ、目の前にいるわけだし、素直には言えなかったけれどもね。

彼女はすごい目を輝かせながら「他の人は気持ち悪いとかいうけれどね、私はこの気持ち悪さの奥に、愛くるしさを感じるのよ。見た目はひどいかも知れないけれど、本当は心の奥底では他人をいたわっているというのか、慈しんでいるというのか…………」と力説していた。俺は彼女の話を聞いていて、切実に「このフィギュアを見ただけでそんなことを考えられるその想像力はマジですごい」と彼女をべた褒めしていたものだ。


「あ………そう、ごめんなさい…………」


しょんぼりとしながら、女性は背を向けて靴箱へと歩いていった。

う、打たれ弱い!俺の元から去って行く女性の背中があんなにも小さく見えるなんて!

とぼとぼ、とぼとぼと歩いて行く女性。ああ、凄く哀愁とやらを感じる。


ここで話しかけないとダメな気がする。このまま無視したらやばい気がする。彼女の背中が言っているのだ。「話しかけろよ」みたいな懇願が聞こえるのだ。


「あ、あ、………ごめんなさい。嘘です。嘘なんです。実は暇なんです、大いに暇なんです。家に帰っても数式と英単語と歴史と戯れるようなことしかないんです。」


「…………本当?」


女性は振り向いた。うーーむ、凄い嬉しそうだ。


「ええ、本当です。なんなら今から僕のスケジュール表見せましょうか?真っ白ですよ」


俺はスケジュール表を探るフリをするために、ズボンを探る。正直スケジュール表なんて使ったことがない。持ってすらいない。大抵のことは覚えてられるからな。


「いや、いい。なんとなくわかるもん…………」


「はぁ、そうですか……それで、なんでしょうか、僕に一体何のようでしょうか?」


俺はスケジュール表をズボンの奥にしまうフリをして、話を振った。その間俺はずっと、廊下の窓縁を見続けた。


「え、ええ、その、うーんと…………」


モジモジし始めた女の人。何かを言いたそうにしているのだが、うまく言葉に出来ないようだ。挙動を見る限り必死に言葉を探しているって感じ。

………何なんだ。俺に何を言いたいというのだ。何を聞きたいというのだ。


「…………あ、フィギュアについてまだ語り足りないんですか?」


「そ、そう!そうな………いや、そういうわけじゃ…………ない、んだけど」


えーーーちゃうのかーー。じゃあ何だというのだ。一体全体何をしたいと言うのだ。教えてくれぇ!


「だからね、その、ね………その、あのね、だからつまり………その、…………わけでね。」


「………………」


身振り手振りをして何かを俺に必死に訴えかけようとする女の人。だが、言葉もジェスチャーも不足している。言葉は[あの]か[その]か[つまり]に[か]とかの助詞をつけただけのシンプルなものであるし、ジェスチャーなんて腕をワチャワチャ振っているだけだ。これで何かを伝えられる訳がない。うまく相手に言葉を伝えられない俺が言っているのだ。間違いない。

彼女は一体何を言おうとしているのだろうか。こう言っちゃ何だが、俺は女性と面と向かって立っていられるのは8分が限界だ。それ以上経つと俺の目がさらに細くなって意識が遠のいて死にかけるのだ。恥ずかしさのあまり死んでしまうのだ。もうそろそろやばいぞ。あと4分ぐらいで俺は死ぬ。


「あのーーすいませーん。そこにずっと立っていられると掃除が出来ないんですけどー」


俺と女性が目をそらしあって、側から見たら会話なのかどうかも怪しいやり取りをしていると、後ろから声をかけられる。

そうだったそうだった。今は掃除中だ。こんな所にいたら掃除の邪魔になってしまう。


「………丁度いいですね。立ち話もなんですから、座りません?」



てなわけで、昼休みと同じような状況になった。

あの、地味目な場所に設置された用途不明のベンチにまた俺達2人は座っていた。

………なんじゃこりゃ。一体俺はどうすればいいのだ。


「…………ね、ねぇ。名前なんて言うの」


俺が額に手を当て計りあぐねていると、女性から声をかけられる。


「い、い、飯田狩虎……です…………おひ………」


牡羊座の卯年です。と言う鉄板ネタを使用しようと思ったのだが、今の俺のテンションで言っても面白くないなと言うのが分かったので、すぐに言葉を引っ込めた。


「………おひ?」


「……お引越しは一回もしたことがありません」


「……へぇ。」


「…………」

「…………」


そして、沈黙である。

おいおい、まさかとは思うが、もしかしてこの女性は………その、俺と同種なんじゃないのか?ここまで会話が出来ないのなんて相手が俺と同レベルかそれ以上じゃないと成し得ないことだ。相手がおしゃべり上手ならば俺が無口でも畳み掛けるように話してくるからな。

相手も喋り慣れていない?………まさかな。それだったら俺に話しかけてくる意味がわからない。


「…………」

「…………」


チラチラと互いに顔色を伺い合う。

また来てしまった。またこの、居合斬りもどき状態が来てしまった。この状態に一旦入ると抜け出すのが難しい。

…………ええい!やむを得まい!こうなったら、俺から話しかけてこの状況を打開するしかない!この沈黙に終止符を打ってやる!


「あ、あ、あの!すいません!」


俺は女性の靴を見ながら、大きな声を上げた。


「………友達いないんですか?」


「な、な、な、な、な……………」


俺はそして、顔を上げて、初めて女性の顔を見た。

顔が凄く真っ赤になっていた。口を大きく上げながら、[な]と言う音を出し続けていた。瞳からは混乱が見て取れる。………完璧に図星だな。


「とも、とも、友達なんてい、い、いるいるし?もうね、あんたの10000倍ぐらいはいるし?」


「知ってます?0にどんな数字をかけても0なんですよ。不思議ですよねー」


「うわぁぁああんんんん!!この、ひょろ長もやしろうがぁあああ!!!」


ドスドスドスドス!


ひねりの効いたいいパンチを鳩尾に数発かました後、女性はこの場から走り去ってしまった。

…………ふっ、結構いいパンチだったな。


俺は鳩尾部分をさすり、体を丸めて悶絶していた。

これで俺はあの女性に嫌われたわけだ。まぁ、いいんじゃないか?俺といたところでろくな目に合わないんだ。俺から離れるべきなのだ。

それに、間違いだ。もし友達が1人もいないとして、だからって俺に声をかけるということは。余計に人が離れていくだけだ。所詮は俺だぜ?ここ何年か自分の顔を見てはいないが、どうせ醜いだろうし、かっこよく運動が出来るわけでもない。2週間も経って未だにあの女性以外に声をかけられたことがないのが良い証拠だ。誰も近寄りたくなんかないんだよ俺なんかに。


俺は起き上がり、地面に置いていた自分のバッグを掴み上げ背負う。


それに、俺は人殺しだ。そんな奴と一緒にいたら不幸になることは確実なんだから………


ザザザザザ…………


ボーッと、長く続く廊下を見ていると、不意にあの光景が頭に映し出された。炎が人を飲み込む、最低な光景が。

それに合わせて、イリナとやらの過去の出来事が頭の中にフラッシュバックのように流れ込んでくる。一度も経験したことがないのに、フラッシュバックと言うのはおかしいが。

………そう言えば、さっきの人、イリナとやらに似ているなぁ。身長や髪の色とかは似ちゃいないし、顔も全て似ているってわけじゃないけれど、目の辺りとか友達がいないってところがそっくりだ。………いや、そうか。いたのか。友達………いたんだよな。俺のせいで消えてしまったってだけで。


「……………」


俺は、無言で両手を壁につけた。そして、


ガンン!!!

思いっきり壁に頭を打ち付けた!!

音が頭の中に響く感じだ。グワングワンと頭の中で振動が鳴り止まない。目の前が指の腹で擦られたみたいにボヤけている。いや、その中でピカッとよく分からない光が瞬いている。か細い光が、俺の頭の中で破裂するように、輝いている。


「………やっぱ最低だ」


自分で自分を殺せたらどれだけ楽か。でも俺にはそんな勇気はない。俺は小心者だ。人と会話する勇気すらもありはしない。だから、これ程度のことしかできない。誰のためにもならない無意味なことしかできない。


俺は揺れる視界のまま、振り返り、下駄箱へと向かった、

重要関連作品

狩虎とイリナが出会い始まった本編まだまだ更新中→https://ncode.syosetu.com/n2411cs/

カイが死んだあの事件とそれ以降をイリナの視点で追っていた作品。全4話約94000文字→https://ncode.syosetu.com/n6173dd/

カイが死んだあの事件とそれ以降を狩虎視点で追っていった作品。全15話約60000文字→https://ncode.syosetu.com/n1982dm/

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