うぉい!お前!
2週間なんて日数は、多いようで実は少ない。これがもし小学生ならば長いと感じるのだろうが、俺たち高校生からすればあっという間だ。
「ねぇ、いったいどの学校に通ってたの?」「どんなあだ名だった?」「そう言えばさ、中学生の頃にこんな事が」「好きな物?ペペロンチーノだな」「今度はエスタの2階に行ってみようよ」なんて会話が、ガヤガヤと周りから聞こえてくる。
高校に入学してからまだ2週間しか経っていないというのに未だに熱が抜けきっていないようだ。周りの他人に片っ端から声をかけて友好関係を築いて友達になろうとしている。そこには建設的な会話は何も存在しない。ただ快楽を貪ろうとする感情だけだ。
「高校生活は人生で一度しか訪れないんだ。だから、楽しまなかったら損じゃないか」なんて言葉も聞こえてくる。
まぁ、確かにその通りだ。高校生というのは言ってしまえば青春の真っ盛り。八分咲きじゃない、満開の時期と言っても良いだろう。子供のほんの少しの瑞々しさと、大人のほんの少しの色気を併せ持ち、互いに揺り動かし溶かし合い混ざり合い………まるで水分を多く含んだ桃のように、輝きと旨味と気品を同時に放ち続ける。この時期なら大人のような知識があって、経済力はバイトもできるから余裕もあって、そして未だに子供だから何をやってもほとんど許されるのだ。完璧な時期だと言っても良い。
だが、俺から言わせれば高校生活だけじゃなくて毎秒毎秒訪れる[今]というのもまた人生に一度の出来事なのだ。大人のほんの少しの一瞬も、高校生活と同価値なのだ。高校生活で遊んで楽しんでばかりなのは勝手だが、その後の事を考えずに人生を棒に振るなんてことはやめた方が良い。勉強でも部活でもなんでも良い、努力によって何かを掴み取る質の高い[楽しさ]。それを追い求めるべきなのではないだろうか?
熟れた果実はなにもせずにただただ無作為に放置すれば腐りゆくのみである。だが、加工を施し一工夫を加えれば今以上に美味しい物にすることだってできるし、シロップに漬けこめば長時間味わうことができる。
なんの努力もせずに、腐らせるのは勿体無いと思わないか?
「なんてつまんない事を考えていたりいなかったり…………」
俺は頬杖をつき、何も書かれていない真っ青な黒板を見続けていた。
今は昼休みだ。俺はもう弁当を食べ終わり食後の優雅な時間を楽しんでいる。
「君がつまんないって言った時ってマジでつまらない時だよね」
俺がボソッと独り言を言うと、後ろにいる遼鋭が反応する。この1年1組には俺と遼鋭と宏美がいる。いままで宏美とは同じクラスになれなかったからすごく新鮮だ。また、席順は出席番号順で、[あいうち][いいだ][いわむら]と、このトリオの最強苗字には死角がない。俺たち3人は前の方でダマになって座っているのだ。…………まぁ、俺は出席番号が1番じゃなくて2番だけどな。やっぱり[あきむら]には勝てなかったよ。
「………そりゃあそうだろ。俺が考え付くことなんて常につまらないさ。面白かった試しがない」
俺はくるっと振り返り、遼鋭の方を見る。
いつも通りの遼鋭だ。髪は短いし黒いし、少し天パが掛かってるところとかイケメンだわ。もうね、見た目がすげー勉強できそう。てかすげー勉強できるのだけれど。頭いいんだよなーーこいつ。努力家の俺からすれば羨ましいったらありゃしないぜ。
「そうだね。こういう雰囲気の狩虎は常につまらないもんね。確かに狩虎の言う通りだ」
「…………こういう雰囲気って一体なによ。俺はいつも通りよ?小、中、高と一貫して存在し続けているつまらない人間よ?」
食後のデザートにポリポリと飴を舐める遼鋭。飴をデザートに入れてしまってもいいかは正直悩みどころではあるが、まぁ、遼鋭の好物だ。遼鋭の時だけはデザートに分類してもオーケーなような気がする。
「狩虎が常につまらないなんてわけがないじゃない。つまらない人間は自分のことを[面白い]と言うものだよ。」
「おいおい、なに言ってるんだ。つまらない人間が自分を面白いと言うわけがないじゃないか。そいつがネタを披露した時、周りは誰も笑ってないに違いない。それだってのに自分を面白いと錯覚?………はっ、あり得ないね。俺たちには目があるんだ。目の前の状況が見えないとは言わせないぞ」
「言わせない?言わせないといったところで僕は言うよ。つまらない人間は周りが見えてないんだよ。自分のネタが至高だと考え他人のことは考えないんだ。」
ガリッと、飴を噛んだ
「そういう人って空気が読めないんだよ。そして、相手がなにを思うのかを推し量り理解しようとしない。いや、できない。だからつまらないことを面白いと思いながら他人にぶつけることができるんだ」
「まぁ、言いたいことは分からんでもない。でもよ、俺みたいにつまらない人間が自分のことを[つまらない]っていう時もあるじゃないか。それは一体全体どう説明するんだ?」
…………うーーん、自分で言うのもアレだが性格悪いなー俺。
「………そんなの簡単じゃないか。つまらないなんていう人間につまらない人間はいないんだよ。」
飴を粉々に噛み砕き、遼鋭はそれを飲み干す
「しかし君、意地が悪いね。今の答えなんてどうせさっきのやり取りで想像がついていただろうに、僕にわざわざ聞いてくるんだから。いつもなら微妙にズレた質問をしてもっと会話を楽しんでただろうに…………やっぱりここ最近の狩虎はつまらないよ」
顎に手のひらをつけ、ほんの少し考え込むように俺を見つめる遼鋭。目つきがほんの少し、付き合いが長い人間じゃないと分からないぐらいの違いであるが鋭くなった。
この状態に遼鋭がなると大抵嘘がバレる。洞察力と直感が見た目以上に鋭くなるのだ。猛禽類のように全てを見通すのだ。
「だからよーー俺なんてつまらない人間なんだよ。きっと俺なら、大事な場面で全然面白くないダジャレとか言ってその場の空気をぶち壊しかねんぞ」
「…………さすがにそれはないんじゃないかなーー」
やはり簡単に嘘がバレたな。
「………じゃあさ、もうめんどくさいから君がいつもつまらないってことにしようか。それでも最近、君はいつも以上につまらないよ。間違って僕のゲームのデータを初期化した時ぐらいだ」
「そうか?俺はいつも通りだぜ?まぁ確かにここ最近は勉強に身が入らなくて困っているがな。5時間ぐらいしか出来てねーよ」
「やっぱり調子が悪いんだね。5時間なんて君にしては少なすぎる。………宏美も心配してたよ。[なんか最近狩虎に覇気がないんだよなー。逆剥けを剥いたら失敗してピンク色の部分まで向いちゃった時みたいなんだよ]だってさ。まったく、言い得て妙だよね」
「全然わからないんだが…………」
宏美の例えがイマイチわからない。
「[やりすぎて想像以上の痛手を負った。そしてそれは、自分で修復なんて出来ない、時間が解決してくれるもの]ってところがだよ」
「…………………」
俺はいつも通り遼鋭の目をゆっくりと見据えた。
………遼鋭はなにも知らないはずだ。それは宏美も同じだ。なのにあの言いよう………きっと、今までの俺の落ち込んだ時の条件と照らし合わせてこの結論に至ったんだ。ただの推測だ。
変わらずに俺の目を、いや、心を射抜くように見つめてくる遼鋭。俺の内部を粗方食い尽くされたような気分だ。足で押さえつけ、嘴で肉をついばみ、引きちぎり、グチャグチャと食い荒らされる。正直、遼鋭は俺の肉で味のわからないところがないんじゃないのかってぐらい、俺の全てを把握しているような気がする。
だから俺は、
「間違いだな。俺は剥き過ぎたら絆創膏を貼るタイプなんだ。空気に触れさせないから痛むことはないんだよ」
すぐにバレるような簡単な嘘をついて席を立った。
ワイワイガヤガヤといまだ騒ぎ続ける教室。宏美は教室の真ん中で、俺にはよくわからない奴らと一緒に会話をして楽しんでいる。
俺と遼鋭と違って社交的だよなあいつ………
俺は教室のドアに向かった。なんとなく、飲み物が飲みたくなったからだ。
「絆創膏は貼らないほうがいいよ。あれって傷を隠すだけで、痛みは全然ひかないんだ。それに痛みが余計に長引くからね。」
そして、歩こうとした俺に、遼鋭は笑いながら言った。
その言葉が俺の足を一瞬だけ止めた。ただ、遼鋭が俺になにを言おうとしているのかがすぐに分かったから、俺は再度歩き出した。そして、2、3歩進んだ後に
「それじゃあ別の場所にそれ以上の傷でも作るわ。それなら逆剥けは痛く感じないだろ?」
そう、遼鋭にまた嘘で返した。
俺達の周りにいた、談笑していた奴らが俺の言葉を聞いて俺の方に意識を集中させる。「なに言ってんだこの変人」って感じの視線だ。
俺はその視線を自分の体から引き剥がすように、大股で歩き教室を後にした。
ガチャン
自動販売機から飲み物が落ちた。俺はそれを取り出し、ラベルを見る。[仲違いやねん]が製造元の[うぉい!お前!]という名前のお茶だ。なんというか、凄いギリギリな名前だ。
そして、このお茶にはフィギュアが付いていた。可愛らしいリンゴのモンスターだ。見る限りこれとは違うモンスターが他にも数十種類あるようだ。
…………このお茶の目指している物がわからない。
俺はそれを持って、屋上に行こうとした。時間を潰したかったのだ。教室に行っても笑い声しか聞こえないだろうし、遼鋭にまたなんと言われるかわからない。それならどこかで昼休みが終わるまで時間を潰したかった。
…………が、屋上に向かう途中に俺は立ち止まった。この学校は屋上を解放していないのを思い出したのだ。
…………さて、どうしたものか。
俺は廊下の窓から空を見上げながら考え込んだ。
昼間だから、太陽がほとんど南中していた。いや、もう南中して今は下降しているのか。眩しい、直視なんてしたら目がくらむような酷く明るい陽射し。「お前ごときが俺を見るんじゃねぇ」なんて上から目線で言っているようだ。
黒くない、白色の雲が空に立ちこめている。分厚い氷の大地みたいに雄大に空の上を漂っている。油絵のような雲だ。これが夕方とかならばより綺麗なのだろうなぁ。今が昼間なんて時間で台無しだ。
「ねぇ、」
俺が今の空模様についてどうでもいいような批評を述べていると、後ろから肩を叩かれ、そして声をかけられた。
………聞いたことがない声だ。それに、女性のように声色が高い。
「………な、なんでしょう?」
俺はその人に聞こえるか聞こえないか、いや、絶対に聞こえないような小さな声で後ろの人に応えた。俺はいまだ空を見ていた。振り返れなかった。
「貴方1年1組よね?」
「まぁ…………」
「私も同じ1年1組なのよ」
「はぁ……………」
「あんた暇でしょ?」
「…………まぁ、」
「ちょっと私と付き合いなさいよ」
「…………………はぁ?」
久しぶりに、凄い間抜けな声が出た。
重要関連作品
狩虎とイリナが出会い始まった本編まだまだ更新中→https://ncode.syosetu.com/n2411cs/
カイが死んだあの事件とそれ以降をイリナの視点で追っていた作品。全4話約94000文字→https://ncode.syosetu.com/n6173dd/
カイが死んだあの事件とそれ以降を狩虎視点で追っていった作品。全15話約60000文字→https://ncode.syosetu.com/n1982dm/