閉ざされた光
「まだだ………まだ遠い。もう少し、もう少し近づいたら…………」
草を踏む柔らかな音が夜空に響いている。
2人は一定のリズムを保ったまま、歩き続ける。1人は月の光を浴びて金色の髪を輝かせ、1人は真っ黒な髪が月光を吸収させて。……月光のようだ。
「あと5秒だ…………5………4………3」
2人が山岳地帯を抜け、平地部分へと入る。だけれど……まだだ。限界まで近づけて、そこで魔力を利用しないと相手は驚いてくれない。
俺は鎧を出現させて装着する。花華と光輝も鎧を生み出し顔と体を隠す。
「………2……………1………………今だっ」
ザザザザンンン!!!
俺と光輝と花華が岩陰から出たと同時に、千体ほどの兵隊が現れる!
それらは一糸も乱れることなく、完璧に整列している。圧巻、それ以外一体何の言葉を使えばいいのだろうか。
これほどまでの人間が、完璧に列をなしている状態なんて普通じゃ見れない。
「花華………さっき魔力を覚えたばかりだけれど、この人数をうまく動かせるか?」
隣にいる花華に声をかける。
俺たち3人はこの隊の先頭にいる。本当は後ろにいたかったのだけれど、後ろにいるとあの2人の行動に対応できなくなるからやめた。この兵隊背が高いから前が見えないのよ
「あははっ、声こもって変なのー………うん、大丈夫だよ。私の天才っぷりをなめてもらっちゃ困るね」
兜をつけているから表情は分からないが……まぁ、いつもボクシングとかで戦ってるんだ。そこまで緊張はしてないだろう。光輝の方の顔も分からないが………大丈夫に違いない。
俺と違って運動神経も並外れだし、運動量も努力量も規格外の2人だ。俺なんかよりもよっぽど安心できる。
「オーケー、なら安心だ。これから1分もしないうちにあの2人と接触する。多分、てか絶対に相手は俺達の存在に気づいたはずだ。気を引き締めていくぞ。」
「わかってるっての」
「デカくなければ大丈夫だよ」
「……さぁて……………」
ザッ!!!!
俺達3人が一歩を踏み出すと、それと同時に後ろの隊が一斉に一歩を踏みしめる。巨大な音だ。地面が揺れたんじゃないかってぐらいの衝撃。
「行きますか」
ザッザッザッザッザッ……………
一切乱れることのない巨大な足音が、静寂なる夜空を蹂躙する。
たった二足の足音なんてもう聞こえない。この、金属が地面を力強く踏みつける千体の足音だけが夜を支配していた。
花華の能力は人間を生み出すこと。階級は全て花華に劣るけれども、このように千体ぐらいまでなら同時に出せる。それに、これを見る限り簡単なことならプログラムしてオート操作出来るようだ。かーーっ!!つえーなーー!!
「…………止まるぞ」
ガシャン!!!
俺の合図で行進が一斉に止まる。いままで響いていた轟音が急に掻き消え、辺りに静寂が訪れた。
「……………」
「……………」
「……………」
耳をつんざき不安にさせる無音だけがこの場にある。
俺達千の部隊の前にはたった2人の人間。
雰囲気から察するにかなり上位の勇者だろう。2対3で戦ったら確実にこちらに損害が出る。てか光輝と花華が確実に怪我を負ってしまう。それだけは避けたい。スポーツマンに怪我とかシャレにならないだろ。
…………こっちは千人だ。例え相手が強かろうと、賢明な人間なら戦いは避けるはずだ。それにいきなり現れたんだぜ?君たち2人が感じる間もなく急に現れたんだ。勘のいいやつならここで、[この現象にはワープとか何かの魔力が関わっているんじゃないのか]とか思ってしまうに違いない。そう考えてくれればこちらの戦力が相手の中でより強大なものになり、相手は必然的に逃げざるをえない状況になるはずだ。
「……………え?だって、え?」
「花華、今は静かにしておいてくれ。声なんて出したらこの緊張が解ける」
俺は2人の動向を見つめながら花華を咎める。この無音状態が俺達の優位性を生み出しているのだ。それを壊すわけにはいかない。
何か会話を交わす2人。
きっと逃げ出すかどうか話しているのだろう。さぁ、さっさと逃げてくれ。俺は早く家に帰ってボクシング見たいんだよ。
「…………」
2人の会話が終わったのだろう。金髪の女性の方がこちらへと向く。そして…………
パァアン!!
女性は勢いよく俺達へと向かって飛び出した!
なんっっっでだよ!!!!
俺は自分の周りに火球を生み出すと、女性めがけて放った!!
ドンドンドンドンドン!!!!!
横に移動すればかわせるようにわざと火球を発射し、地面を粉々に吹き飛ばす!!
なんでなんだよ!なんで攻撃してくるの!?こんなに敵がいるってのに攻撃してくるなんて、お前………バカ!?バカなのかよ!!
タンタンタン!
炎によって生み出される爆発の中、女性は軽やかなステップで爆発と火球をかわす!
速い!やっぱりこいつら結構強いぞ!………それならもっと!!力の差を見せて驚かせてやるしかないか!!
ドンドンドンドンドン!!!!
今度は火球を縦横無尽に放つ!
女性はそれを軽快なステップでかわしていく
………そりゃそうだろうな。わざと、かわせるルートを一箇所だけ作ったからな。そして、わざとかわせるルートを作ったってことは当然……………
ゴォオオウウッッ!!!
俺は女性がそのルートに入りかけたのを見極めた瞬間、少し大きめの火球をそこに放った!!
ボォォオオオンンン!!!
しかしそれを女性はなんとか紙一重でかわし、再度俺達に向かって来る!!
………オーケー。相手の動きを少しは把握した。今度はもう少し大きめの武器を使い、一歩で移動することのできる限界距離と、速度を割り出す!
ズァァアアア!!!
俺は7本の大剣を生み出し、空中に出現させる!!
さぁて、頑張ってかわしてくれ!!
ダン!ダンダンダン!!ジャリン!!!
たったの一振りで地面は爆発し吹き飛び、空気は加熱しより息苦しさを増していき、更に一太刀毎に、気付くかわからないようなほどではあるが加速していく大剣。
そして、その太刀の加速に合わせて女性の速度も無意識的に加速していく。
空を薙ぐ大剣の軌道に、美しい黄金の奇跡が刻まれていく。
…………やっぱり最初は力を抜いてたな。今の彼女はべらぼうに早い。これが彼女の本気といったところか……
バチバチバチッッ!!!
時折俺の攻撃の合間に、相手は雷に同化したり、俺に向けて放ってきたりしてくる。きっと彼女の魔力は雷なのだろうまぁ、攻撃の全ては俺の炎に飲み込まれて消すから大丈夫だが………あの速さだ。気を抜いたらやられる。
………さぁて、ある程度分析はできたな
パチン!
ザクザクザク!!
指を鳴らすと、浮いていた7本の大剣が地面に勢い良く突き刺さる!そして………
ドゴォォォオンンン!!!!
7本の剣が眩い光と熱を伴って巨大な爆発を生み出した!
その火炎は、触れたもの全てを焼き溶かし、地面に大きなクレーターが生み出された。その爆風は、周りの岩や木が吹き飛ばした。
ジャッッ!!!
それをなんとかかわした女性は相方の場所まで戻って何か会話をしている
「ね、ねぇお兄ちゃん!あの男の人!」
「安心してろ花華。俺がさっさとこの戦いを終わらせてやるからな」
「あぁぁあ!!兄ちゃん!花華が言いたいことはそんなことじゃねえっての!耳を貸せっ!」
不安なんだな…………まぁ、分からんでもない。相手は女性の方しか戦ってないからな。男の方の魔力が未知数だから、男の方に意識を集中してしまうのは仕方のないことだ。
でもまぁ、さっきも言った通りお前ら2人は安心して待っていれば良いんだよ。2人は俺が守ってやるからな
俺はさっきの女性に標準を向ける
相手の最高速度と一歩の最大距離を把握した。次に出すのはいままでのよりも少しだけ速いが、彼女ならなんとかかわせる速度の火球だ。まぁ、威力は桁違いだけどな。着弾した後も熱が周りを覆い尽くすほどの威力だ。あの女性は雷を操るからある程度の熱耐性はあるだろうが………男の方は分からん。でもまさか彼女と能力が被ってるなんてことはないだろ。それならコンビを組む必要がない。
手のひらに火を溜める。
この一撃で全てを終わらせる。俺は兄としてこの2人を守らなければならない。守らなければならないのだ。それが今の俺の使命。
さて、さっさと逃げてくれよ。当たったら大変だからなっ!
ドン!!!
手から放たれた巨大な火炎弾は高速で、逃げようとしている女性へと放たれた!
……………え?速すぎる………
ゴォォオオオオッッッッ!!!!
俺が想定していた速度を上回る速度で飛んでいく火炎弾!
待て待て待て!なんだよこれ!なんでこんなに速いんだよ!
俺は飛んでいく火球の速度を何とかして落としていく!
くそっ、速すぎて速度を落としている間にあの女性に近づいちまってる!なんでだよ!おかしいだろ!俺は自分の魔力がコントロール出来ないほど未熟じゃねぇ!
ゴォォオオオオッッ!!!!
少しずつ減速していく火球だが、それでもやはり止まることはなく、女性へと突っ込んでいく!
ああ!お願い!逃げて!女性の方逃げてくださいお願いしますからぁぁあ!!!
バチンッ!
その祈りが通じたのか?女性の方の体が雷に包まれ、今にも逃げようとしている!
あれは雷との同化だな!あれなら雷並みの速度で移動できるからあんな火球簡単にかわせるぞ!いいね!最高!ほら、さっさとかわしてくれ!
バッ
………え?
いままでなにもしてなかった男が女性と火炎弾の間に飛び出した。
……………なんでぇぇぇえええ!?!?
俺は必死になって火炎弾の速度を落としていく!
止まれ!止まってくれ頼むから!なんでだよ!なんでお前がそこに来るんだよ!
止まったような意識の中で、ゆっくりと伸びていく俺の右手。どこの筋肉が伸びて縮んでいるのかがはっきりと分かるぐらい感覚が鋭敏だ。
けれども、手がどんなに伸びようがあの男の元まで届くわけがない。何メートル離れてるんだよコンチクショウが!!…………それでも、
届け届け届け届け届け届け!!!届けよこの腕!!少しでいいんだ!!!………いや、やっぱり少しじゃダメだ!あと十何メートルかでいいんだ!!!そうすればあの炎を叩き落とせる!!!
頼むから!!!頼むから!!!頼むから!!!少しでいいからそれてくれ!!!!
ゴッ………ゴゴゴゴゴゴッ!!!!!
巨大な爆発が男がいた場所で発生して、周りの物を飲み込んでいく!地面は深くえぐれて離れた場所にあった石は焼け焦げていく!
………全てが溶けていく。
…………からん
そして、爆発が収束すると、鎧が1つ大きな大きな穴に落っこちた。
金属の、無機質な音が俺の耳を埋め尽くす。からん……からん………
小さな音のはずなのに、大軍の足音なんかには絶対に敵わない音量なのに、2人の足音にすらも敵わない音量なのに、………そんなもの以上に、俺の耳を、脳を響かせた。
「………あ、ああ…………………つっっ」
「………まっ、待てよ兄ちゃん!!」
俺はすぐさまその場所から駆け出した。後ろから静止を求める声が聞こえてくるが、俺の脳はそれを拒絶する。
逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい………今のこの現実から逃げ出したい。
はぁはぁはぁ………
パキッパキッ………
草原に乱立している木々の枯れ枝を踏み折りながら、俺は走り続ける。止まりたくない………この場に、いたくない。
ジャッ……
しかし、俺は急に立ち止まると鎧を脱ぎ捨てた。そして………
タッタッタッ!!
俺は再度走り出す。
邪魔だ。こんな、俺の体を守ることしかできない飾り物、走ることには向いてない。とにかく、遠くへ。逃げなきゃ………
タッタッタッ!!
喉を昇ってくる嘔吐感を必死に抑える。
吐き出しそうだ。思いっきり吐き出したい。………吐き出したら、どれほど楽だろうか………………
バシャバシャッ………バシャッ…………
「……………」
10分ほど走り続けた俺は、立ち止まる。
無我夢中で走っていたせいで気づかなかったがいつの間にか雨が降っていた。ザーザー降りの土砂降りで、濡れない人間なんていないだろう。…………けれど、
ジュッ
炎をうまく調整できてないからだろうか?俺の体から熱が放出されていて、体に触れる前に雨が蒸発していく。
煙のような水蒸気が俺の顔にかかった。
「………………ふっ……はははは……………はははははははははははは!!!!!」
俺は腹を抱えて思いっきり笑った。体の底から笑いが込み上げてきたのだ。
喉が震え、腹が震え、世界すらも震えたように思える。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!」
「……………………」
思いっきり笑い終わったあと、笑うのをやめた。
雨が降り続ける音と、雨が蒸発する音だけが聞こえる。他には何も感じない。感じられない。心が外界を遮断してしまったのだ。
………けれども、それでもやはり、どうしてもこの想いだけは………これだけはっ………
「……………あああああぁぁぁあアァァァァァァアアアァァァアァァァアア!!!!!」
ゴォォォォオオオオ!!!!!
俺の体から炎が溢れ出す!
炎は触れたもの、近づいたものを全て焼き尽くしていく。もう何もコントロールされていない。ただただ、勝手に世界を焼き尽くしていくだけだ。
「ああぁぁああぁああぁぁぁああああああああアアァアァァァアァア!!!!!」
空っぽになるまで出し続けたかった。
自分の力が憎くって堪らなかった。……….けれど、俺の炎が空になることはない。
どんなに出してもほとんど無限に供給される魔力。それが余計、俺の憎悪を引き立たせる。
炎が無慈悲に全てを燃やし、溶かしていく。慟哭に似た叫びすらも………
…………どれほど時間が経ったのか分からない。もう何が何だかわからない。もう何もわかりたくない。俺は思考を止めようと頭を抱える。それでも俺の頭は動き続ける。思考し続ける。忘れまいと働き続ける。
残ったのは全てが真っ黒な世界。雲がより厚くなり、より雨脚を強めた雨空だけ。……雨すらも真っ黒じゃないか。
「…………やっぱ要らないんだな、俺って」
そんな言葉が、ポツリと漏れた………これだけは溶けなかった。
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