フラグをぶち折りたいものです
「しかしまぁ、花華にも可愛い一面があるんだな。人間を殴り飛ばしているイメージしかないから、女の子らしい側面を想像しづらいんだよなぁ。なんつーか、こう………悪魔のイメージしかないよな」
妹の花華は笑いながら、目で完璧には捉えきれないような速度のパンチを繰り出す狂戦士って感じだ。戦士ってか戦いに飢えた化け物?……人間でないのは確かだ。
「本当だよなぁ。[な、何このモンスター!私聞いてないんだけど!?無理無理無理勝てるわけないじゃない!何あの大胸筋と上腕二頭筋は!!鉄板!?私別に胸厚な展開とか期待してないから!!!いやぁぁぁぁあ!!!]とか言ってよー!なんでゴリラがゴリラに怯えてんだよ!」
そして、俺の隣で先程の花華のモノマネをして爆笑する弟の光輝。
まぁ、去年のお前もそんな感じだったけどな…………
「うーー…………いいん別に!相手が人間サイズだったらボッコボコに出来たもん!相手があんなに大きいなんて反則だよ!」
穏やかな帰路、他愛もない兄弟のやり取りといったところか………ただまぁ、ここが少し現実と違うという部分が、和やかさ以外の異彩さを発揮しているといえるな。
ここは表面世界。
それは現実との写し鏡。人間がいなくなった世界。他者の別の一面が垣間見える異世界。
まぁ、そんなどうでもいい言葉を幾ら繋げようが、この世界を表す言葉はもっとシンプルで、もっと簡単で………一言で事足りる。
[勇者と魔族が戦う危険な所]これで十分だ。
まぁ、そんな危険な所で俺達兄弟は何をしていたかっていうと、花華の洗礼の儀式を手伝っていたのだ。
洗礼の儀式を説明するならば魔力発現の為の試練といった所だ。これをしないと、この世界での活動に支障をきたす。
さて、花華は今年ようやく中学1年生になった。だから、花華にとって表面世界は今日が初めて。それなのに初めて対面した相手が身長10メートルぐらいのゴリラだってんだから、流石の男だろうとなんだろうと拳で黙らせる戦闘狂でも泣きわめくのはしゃあないか……………
「てか今私のことゴリラって言った!?兄ちゃんだからって、私に対してゴリラって言って許されると思わないでよ!!」
ピュピュン!
花華のパンチが空を裂き、光輝にヒットする!
ああ、ただですら速い花華のパンチがこの世界に来たせいでさらに速くなってる………怒らせたら防御力のない俺なんて一撃でやられるな。同じ階級の光輝ですら、ただのパンチでふきとばされてるし…………
ああそうそう、余談なんだが……我が家の権力者は1位が花華で2位が光輝、そして3位が俺だ。
だってぇ……彼ら困ったら暴力で訴えてくるから俺の非力さじゃ太刀打ちできないんです。そう!我が家は法でも年齢でもなんでもない!力が全ての世界なのだ…………まさに世紀末!モヒカンと肩パットが常だ!
「いってーー…………そうやってすぐに手をだすからゴリラって言われんだぜ!なぁ、そう思うだろう兄ちゃん!」
立ち上がりながら、俺に話題を振ってくれやがる光輝。
お前………なぜここで俺に話を振るんだよ!やだよ!?俺、花華のきつい1発受けたくありませんよ!?
「ああん!?本当!?」
そして、花華が俺を睨みつけてくる。何が怖いって目もさることながら、微動だにしない拳だ。どんなに怒り狂った状態でも、拳と腕だけは常にベストコンディションを維持しているのだ。力みません、冷やしません、外しません。常に殴る準備万端なんですよこのお方は………
「え、いや、別に、そのえーっとぉ………」
「何どもってんのさ。まさかお兄ちゃんは私のことをゴリラとでも思っているの?こんなに可愛らしい妹を、本当に……ゴリラ……だと、思っているのぉ?」
俺の胸ぐらを掴み、持ち上げながらそんなことを言う花華。あれーーおかしいね。花華は俺よりも10センチほど小さいはずなのに、俺の足が地に着いてないね。
…………思っているとは、口が裂けても言えないな。
「もし思っているんならどつき回すからね?言葉通り、ぶん殴って地面を転がし回すから。立ってる時間があると思わないほうがいいよ?起き上がろうと思ってほんの少しでも膝が地面を離れた時には、地面を転がり滑ってるだろうからね。お兄ちゃんの膝は、地面とキスすることしかできないの。」
花華の口から漏れだす、毒以外に何と形容すればいいかわからないような言葉。
あれーー?おかしいなぁ、目が全然笑ってない。これあれだ、冗談じゃないやつだ。真面目にやる時のやつだわ。宣言を宣言通りにやるやつだわ。
「はぁ、悲しいぜ花華。お前が光輝の冗談に気づいてやることができないなんてな……」
俺は右手で自分の顔を覆う。もうね、目を見ただけで睨み殺されそうだからね。
「あんなに速いパンチを打てるのに、なぜ自分をゴリラだと思うんだ?スマブラの定理を利用すればおかしいじゃないか。ドンキーコングはAボタンを連打しても連続で2回しか弱攻撃をしない。それなのに、花華は1秒間に何回してるんだ?5回は確実だろ?」
スマブラの定理…………それは俺が中学1年生の時に証明したこの世の絶対法則の1つだ。全ての人間はスマブラのキャラクターで説明することができるという、まさしく絶対真理。ちなみに俺はボム兵。キャラクターではございません。
「お前はゴリラじゃないよ。どちらかと言うとあれだ、ピカチュウだ。Xの時の、敵に当てずにAボタン連打した時に似てるよな。」
トトトトトトッて感じの頭突き。残像が見えるレベルだからな。多分あの時の速度は時速300なんて軽く超えてるだろう。
「……………」
「……………」
「…………まぁ、許しちゃる」
そう言うと花華は俺を離してくれた。
いやーーよかったよかった。足が地面についてるって幸せ………
やっぱりピカチュウは凄いな。こんなに鬼みたいな花華の気を鎮められるんだからな。
「ほら!さっさと帰るよ!家帰って、録画してある世界タイトルマッチを見るんだからね!」
プリプリしながら先へと行く花華。
…………うーーん、やっぱり女の子っぽくない。もっとこう、プリプリじゃなくてプンプンと………
「なぁ兄ちゃん。パンチが速いキャラクターーってピカチュウじゃなくてキャプテンファ…………」
「おーーっと、それ以上言っちゃいけないぜ光輝。やっとの事で花華の気を鎮めることができたんだ。なにも真実を言って蒸し返すなんて、彼女の最新衛生上よろしくないと思わないかい?」
「……………言葉もいいようだよなぁ」
まったくそう思うわ。
「まっ、ささと帰ろうか。花華が言うように、なんたら対かんたらの大切な試合があるんだろ?ご飯でも食いながら見ようぜ」
「………まっ、そうだな。花華もようやくこれで魔力を手に入れたんだから、今日ぐらいはあいつの好きにさせてやろうか。……これからあれでバカにしてやろ。」
まぁ、いつも好きにさせられてるんだけどな。
俺と光輝は小走りで花華に追いつく。
「遅い!遅いよ2人とも!晩御飯の焼き鮭を2匹に増やすよ!」
「うおっ…………いや、切実にやめてくれ。そろそろ苦痛に感じてきたぞ。」
俺を頭痛が襲った。
親が毎日鮭を買ってくるようになった。かれこれ2週間ぐらいかな?俺は鮭が好きだったから、最初は確かに嬉しかった。しかし、これが2週間も続くと地獄以外の何物でもない。
…………まぁ、どうせあと1、2週間で買ってくるのをやめるだろう。なんつったってあの変態親父だ。長く続くわけがない。
「俺は今日は豆腐の味噌汁がいいなぁ。絹とか言ったら俺怒るからな?」
「いや、今日は舞茸のお味噌汁だね」
「うおっほい!最高じゃないか舞茸のお味噌汁!なんだよ、それを先に言ってくれよ花華ぁ。お兄ちゃん怒っちゃうぞ!」
「ちなみに舞茸の天ぷらと舞茸ご飯もあるからね。親が今日置いてったんだよ、大量の舞茸。」
「……ちょっとお兄ちゃん怒ってくるわ。」
俺はこの世界の出口に向かって走り出す!
あのクソ親父がぁ!いや、親父だけじゃねぇ、あの母親も母親だ!あの男の凶行を止めてよ本当に!あんたストッパーだろ!?
ああ、くそ!あいつまだ家にいるか!?……もうそろ7時だから仕事に行ってるかもしれない!急がないと!急いであいつの口に舞茸をぶち込んでやらないと!
「…………ん!?」
ずざぁー!!
俺は急いで立ち止まり、物陰に隠れる!
「おいおいおいおい、何でこうも俺は運が悪いんだ?」
「どうした兄ちゃん?急に立ち止まったりなんかしてよ」
のんびりと歩いてきた光輝と花華が、俺に後ろから声をかけてくる。
「ばかっ、静かにしてろ!あそこの2人組が見えるか?」
俺は遠くの方を指差す
「…………?見えないけど?」「何があるってんだ?」
花華達が見えないって事は、相当離れてるな………いや、この暗さだからか?わかんねぇ。
「………勇者がいる。1人は金髪の女性でもう1人が男だ。見るからにして良い装備をしてるし、あそこまで余裕な雰囲気を出してるってことは相当強いぞ」
距離にして約1キロちょい、彼らは山間を歩いている。あと5分もすれば見晴らしの良い平原についてしまうだろう。
「…………さっきから聞いてると、その、勇者ってのが近付いてきてるの?じゃあなんで慌ててるの?正義の味方でしょ。ハローって挨拶すれば良いじゃん。」
「確かに正義の味方ではあるが、俺達の味方ってわけじゃないからな。俺達一応魔族らしいから」
「えぇえ………私そんなの一度も聞いてないんだけど」
あーー確かに、[今日異世界に行かないといけないから時間空けとけ]としか言ってなかったもんな。
「まぁ、そんな事は今はどうでもいい。今俺達が把握しなきゃいけない事は、俺達の敵が近付いてきているってことだ。それに、こんな夜に喋りながら歩いていられるほど余裕ってことは相当に強いはずだ。さぁ、どうする?」
「どうするって…………そんなのちゃっちゃと逃げたほうがいいに決まってんじゃん。メシ前に厄介事とかやだよ俺?」
「ああ、全くだ。俺もさっさと家に帰って味噌汁をすすりたいからな。さっさと逃げたいんだが…………ここの地形がなぁ」
ここら辺は平地で、唯一隠れられる場所なんてここの小さめな岩陰ぐらいだ。
あいつら五感半端ないからこんなとこにいたらすぐばれちまうぞ。
「あいつらがあと5分ぐらいでこの平地部に来るんだが、こうも見晴らしがいいと動いたらバレてしまう。だから逃げるのはナンセンスだ」
ここが山とかならすぐに逃げるんだけどな………
「それじゃあ戦うっていうのはどう?ほら、お兄ちゃん達って強いんでしょ?」
「何言ってんだよ。なんでわざわざ死ぬリスクを負ってあんな化け物どもと戦わなきゃいけないんだ。戦闘の鉄則と飯田狩虎の鉄則で共通して言えることは[戦いなんてクソ食らえ!]だからな。戦ったら負けだ。」
「それはさすがに戦闘の鉄則には入っていないんじゃない?」
「まぁとにかく無駄な戦闘は避けるに限る。………だからそうだな、俺が考えてることわかるか?」
俺は後ろを振り向き2人の顔を見る。
2人とも俺の顔を見ると頷いてくれる。………よし、それなら…………
「花華、光輝、準備するぞ。ちょうどいいタイミングであいつらを驚かせてやろう」
頭の中で組み立てた計画は完璧だ。運が悪くなければ成功するはず。
俺は少し顔を引き締め直した
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