立ち止まるまで進み続けろ
それから俺は執筆の練習のために、どうでもいい小説を書きながら本筋の[地底800マイル]の構成を着々と積み上げていた。どんなにつまらなくても親のコネをバンバン使うから関係ない。俺が最も力を入れなければいけないのはたった1人、そう、イリナに伝えるということ、ただそれだけなのだから。
「よし、狩虎。生徒会の仕事を手伝いに行くぞ。」
停学期間が終わり、みんなからなんとも言えない視線を受けながら復帰した俺は、生徒会の仕事を手伝うようになっていた。本当はさっさと生徒会役員になっても良かったのだが、小説と勉強の方に時間を割きたかったからやめた。全部をこなせるほど俺は器用じゃないからな。つーかペン回しもできないから。
「あーーめんどくさーー。好き好んでこんなものをやりたがる人間の心情がわからないね俺は。」
「役に立ちたいんだよ人の。そうやって自分の存在価値を見出そうとする。」
………なんつーか、俺とは似て否なるものって感じだ。人に認められるためか、人に認められるために這い上がるためか………俺なんかよりも良い場所にいる奴らを、自分のためだけに踏み台にするっていうのは複雑な気分になるなぁ………まぁ、俺が嫌な奴なのは元から分かっていることだから、遠慮なんかしない。容赦無く踏み台にしてやるぜ。良かったな、俺の体重が軽くて。
「人間って大変だな。」
「………だな。」
リュックを背負って教室の前の扉へと向かった。
ガララララ
扉を開けると、そこには小柄な女性が立ってい
ピシャアアアン!!
俺は勢い良く扉を閉めて後ろの扉へと向かった。
「ちょ、ちょっとー!!なんで私を無視するのさ!!」
ガッと襟首を掴まれ、ユサユサと揺らされる。
おぅっふぇ………吐く、吐いちまうぞこんなの。樟葉さんめ………やってくれる。
「いや、関わったら面倒なことになりそうだなぁと思ったので。あ、ゲーセンに行きます?1000円渡しときますが………」
「だからあんたは私の母親か何か!?対等に接しろよこのぉーー!!」
やばいやばい………吐く吐く。本当やばいからそれ以上されると…………
「………ひ、宏美……先に行っててくれ。」
「お、おう。変なことすんなよ。」
俺は変なことをしないのだけが取り柄だ。なめるな。
てなわけでまたまた用途不明でかつ人目につかないベンチに2人で腰を下ろしていた。
「……………」
「……………」
やはり変わることなく2人は無言である。斬り合うことなく、殴り合うことなく、ただ地面を見つめて無言である。
「………あ、あのさ………」
そしてやはり、樟葉さんが先に話しかけてきた。
「助けてくれて………ありがとう。」
「………助けたつもりはないですよ。逃げようとしたら見つかっただけです。」
俺は宏美みたいに助けに飛び込んで華麗に人を助けるなんてことは出来ないからな。逃げるのがやっとさ。俺に期待をしないでくれよ本当。
「…………やっぱり、怒ってる?私が先に帰ろうとしたの……………」
「……………」
樟葉さんは俯きながら申し訳なさそうに言い続ける。
「怒ってるよね、そりゃ。あんたの言葉を深くまで知ろうとしないで………勝手にその場から去ろうと…………私から話しかけたのに、勝手な人間だよ………」
「……………」
彼女の言葉から聞こえてくる申し訳なさとやるせなさ。どうしようもない後悔を胸に言葉を紡いでいるのだろう。
「友達失格だよね………私はあんたとの友情を破棄しなくちゃいけない。私があんたといるなんて…………無理だよ。私のような人間が相手じゃ…………」
………この人は俺と似ているなぁ。自分の何も出来ない不快感。自分の出来ないことに対する憤り。自分の存在を認められない劣等感。………人を傷つけた罪悪感。そんなものに縛られている。
イリナにそっくりだと思っていたが、全然違った。この人は限りなく俺に近い。まるで自分を見ているようだ………でも、だからこそ、嫌だ。認められない。俺のような人間が、この世にいることが認められない。
「………まったく、何を言ってるんだか。」
リュックを持ってこの場から去ろうとしていた樟葉さんに俺は言葉を投げかけた。
俺は殺さない。だが、俺になろうとしている人間は、俺に似た性格は、殺さなくてはならない。それが俺の生きている間にしなくてはならない義務だ。もう俺のような人間を作り出してはならないのだ。
「優里香さんはコーヒー牛乳をコンビニで買いにいっただけだ。それなのになんで貴女を恨まなければいけないのでしょうか。むしろ感謝をするぐらいですよ。」
樟葉さんは右手にビニール袋を持っていた。あの形状、そして薄っすらと透けて見える色合い……デザイン………それで、ああもう簡単にコーヒー牛乳だと分かる。………ふっ、コーヒー牛乳を見て触って飲み続けて10年磨いたこの俺のコーヒー牛乳力をなめないでほしいね。
「貴女は相手に不快な思いをさせたと思えば、言い訳をせずに潔く去るタイプだ。……そんな素晴らしい人間とえーっと何?友情破棄だぁ?いやいや認められないねそんなの。」
「で、でも!停学中にお見舞いにも行かなかったし………」
「行けなかったの間違いでしょ。なんで貴女が俺の家を知ってるんですか。むしろ知ってる方が怖いわ。」
「でも………私はやっぱり、あの時逃げ出したから………」
………きっと俺が相手全員を殴り終わった時だろう。
「………こんな人間が目の前にいたら誰だって逃げ出しますよ。貴女が悪いんじゃない、俺が悪いんだ。」
「でも……でもでも!!!」
ポンポン
俺は花華が小さな頃に寝付けなくなった時によくやったように、自分を追い詰め始めた樟葉さんの頭をポンポンと撫でた。
「…………あ……」
樟葉さんは小さく息を漏らすと、それ以来黙った。
「………本当はすぐにでも家に行って謝りたかった。でも家がどこにあるかなんて全然わからないし、そもそもどのツラ下げて行けばいいのかもわからないし………そうしていつの間にかこんなに時間が経っちゃってて……」
黙ってから3分後、ようやく樟葉さんは口を開いてくれた。………ようやく、言い訳をしてくれた。
「謝るだけじゃもうどうしようもないって心の底から感じて………だからもう……友達ではいられ、れ、ないって思っっ……で…………」
すすり泣く声が聞こえてきた。喉から詰まるようなちぐはぐの息。俺も子供の頃によくこの泣き方をしたものだ。止めたいのに止まらない、情けないって分かっていても流れ続ける行き場のない涙。
………俺は全部知っているんだ。抑えがたい涙も、悲しみも、不幸も………絶望も。
「貴女は俺と仲良くしようとしてくれた。コーヒー牛乳を買ってまでして近づこうとしてくれた。すぐに謝ろうとしてくれた。……すぐに別れようとしてくれた。だからもう良いんです。自分を責めないで。」
俺は彼女を撫でながら、思い巡らせていた。
俺のような人間をこれ以上作ってはいけない。立ち止まってしまう人間を、自分を責めてしまう人間を………
転ぼうが躓こうが倒れようが、それは前進だ。そういう、惨めったらしくも進み続けられる人間というものを増やしていきたい。
………そして、イリナに俺を裁いてもらって、俺の周りから俺みたいな人間を完璧に消し去る。
何度も言おう。俺はもう自分を殺さない。自分を止めやしない。俺の考えを無理をしてでも押し通すつもりだ。………そして、イリナに俺を消してもらう。立ち止まる人間を俺は認めない。
俺の立ち止まるための直進は始まった。
「停滞する人間を歩かせる。進ませる。どんなにみっともなくても、前を見続けろ。蛮勇だろうとなんだろうと挑戦し続けろ。立ち止まることよりはカッコいいのだから。」みたいな思いで希望溢れるイリナの元に乗り込み、[Face of the Surface]へと繋がっていきます。
そんな彼は自分を許してあげることができるんでしょうか………私は想像もつきません。
重要関連作品
狩虎とイリナが出会い始まった本編まだまだ更新中→https://ncode.syosetu.com/n2411cs/
カイが死んだあの事件とそれ以降をイリナの視点で追っていた作品。全4話約94000文字→https://ncode.syosetu.com/n6173dd/
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