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死ぬな死んじまえ

眠っていたのか、起きていたのかもよく分からない果てのない微睡みに青色の陽が射した。……いつの間にか夜が開けていた。

ピッピッピッ………カーー

鳥達のさえずりが喧しいから目を閉じて眠ろうとしたが余りにも明るすぎて眠れなかった。………そもそも眠り過ぎなのだ。この5日間ずっと目を閉じているのだから、眠れるわけがない。

でもそのお陰であの夢を見ずに済んでいる。浜辺の打ち寄せる波のあるのかないのか分からない水のように浅い睡眠が、今なんとか俺を正常な状態に留めているのかもしれない。


ガチャ………

玄関の扉が開く音がした。光輝と花華が練習しに行ったのだろう。……あいつらはやはりすごい。自分の夢のためにひたすらに走り続けている。才能に溢れた彼らが、他に引けをとらないほどの努力を行なっているのだから、それは誰も相手にならないわけだ。

………それに比べて俺っていうのは、こんな布団の中でウジウジ目を閉じて籠っているのか…………一体どこらへんで差ができたんだろうな…………ふっ、生まれた時からだろうな、きっと。


ガチャ

また扉が開く音がした。

………光輝か花華のどっちかが忘れ物でもしたのだろうか?

ギッギッギッ

廊下を歩く音がする。ここ最近目を閉じているせいか耳が良くなっている。人間っていうのはどうしても世界と繋がっていたい動物なのだろう、と、考えていたりいなかったりするのだが、とにかく耳がすこぶる良いから音を鮮明にキャッチできる。

ギッギッギッ

ちょっとずつこっちへと近づいてくる………花華の部屋は通り過ぎたな。

ギッギッギッ

ちょっとずつこっちへと近づいてくる………光輝の部屋も通り過ぎたな。

ギッギッギッ

………俺の部屋の前で止まったな。


「………入るぞ。」


耳に入ってくる聞きなれた声。耳が良くなろうと劣化しようと理解できるこの声………


「どうぞ、宏美。」


ギィ…………

宏美が扉を開けて俺の部屋に入ってきた。


「………おはよう。」

「…………早すぎるだろ。」


時計を見てないから分からんが、季節的に今は5時付近だろう。………早すぎるでしょ。


「花華ちゃんから[マジでやばい]という連絡があったから来たんだ。お前昨日全然ご飯食わなかったんだって?」

「………まぁ、栄養使ってないからな、食う必要もないだろ。……てか、だからってなんでお前が来るんだよ。料理できないだろ。」

「むっ…………まぁ、あれだ、料理を口に突っ込むことはできる。」


……なんてことを…………


「どんなに抵抗して口を閉じて私を拒もうが、歯を貫いて喉に流し込んでやるよ。」


ビュンビュン!!

何かが空を切る音が聞こえる。………こえええ………こいつの力なら簡単に歯を潰せるからなぁ。本当人間じゃねぇ。


「分かった分かった。食うよご飯。停学中の課題をやるためにエネルギーを蓄えなきゃなんないしな。」

「そうか、それは良かった。」


ギッ

俺の椅子が軋む音がした。宏美が椅子に座ったのだろう。


「………で、それで?」


俺は目を閉じ、仰向けのまま宏美に尋ねた。


「………それでというと?」

「それだけのために来たのなら、そもそもご飯を食う7時ごろに来るもんだろ。それなのにこんな朝早くに来ちゃって………食事以外で何か他にないとおかしいだろ?」

「…………そうだな、ちょっとお前を慰めてやろうと思ったんだ。」


ギッ

椅子が軋んだ……椅子から離れたのだろう。

ボフッ

そして俺のベッドに何かが乗る音と、感触がした。宏美がベッドに乗ったのだろう。


「花華ちゃん達から聞いたんだが、お前は立派だよ。自分の大切なものを守るために頑張ったんだからな。」


………口止めしておいたのに奴らめ、言いやがったのか………


「その時、不幸なことに相手側が死んじまったってだけだ。そう落ち込むことじゃないだろ。お前は良くやった。」

「………人1人が死んでんだ、偉かねぇよ。むしろ愚かだろ。」

「でもさーあんな戦闘ばかりの世界なんだ。生き死にはどうしても軽くなっちまうよな。」

「ああいう世界だからって、戦争だからって、人殺しは人殺しだ。そこに正当化する為の言い訳は存在しない。」


………そうか、なんで戦争で人殺しが認められているのかが分かった。認めなければ、罪で自分が潰れるからだ。やってられないんだ……現実から目を逸らさないと。


「………だからってお前、このまま腐り続けたままだと取り返しのつかない事態になるぞ。不登校とか……もっといけば退学なんてことにも………」

「………まぁそうなったらそうなっただ。人殺しをした俺には相応しいことだろうよ。」


……いや、足りない。そんなんであれが清算されるわけがない。もっと堕ちなければいけないのだろう…………


「おいおい、それは勿体無いだろう狩虎。お前頭が良いんだからそんなんで腐るなんてさ…………」

「俺は頭が良いわけじゃない。勉強に時間の全てをつぎ込んでいるだけだ。素の才能ならお前には勝てねーさ。」

「勉強ができるって凄いことじゃないか。私達の学校の選挙制度なら生徒会長に簡単になれるし………そうだ、生徒会長になってみたらどうよ。」

「………やだよ面倒臭い。人の目の前に立って決められたことをベラベラと喋るような仕事。俺には出来ない。」


うちの学校は学力重視の学風であるがために、その生徒を束ねる生徒会長は学年上位3位以内の学力を持つ人間じゃないとなれないのだ。………なにそれ、恐ろしい。本当うちの学校を作った人間はどういう頭してるんだ?


「そもそもダメだ、俺みたいな人間が人の上に立って導くなんてことできねーよ。間違った道に誘導して傷つけるのがオチだ。」

「…………やってみなきゃわからないだろ。」

「やらなくてもわかるだろそんなこと。どこに人殺しの生徒会長なんている?いないだろ?そんなクズみたいな奴が生徒会長なんて務まりはしねーよ。無理無理、出来っこない。」


俺は目を閉じたまま笑った。宏美の提案があまりにも馬鹿らしかったからだ。

キレて人を殺しかけたクズ野郎なのだから、当たり前だ。こんなのが人の上に立ったら生徒達が人殺しになってしまう。………ダメだろそんなの。


「俺みたいな奴は今みたいに布団の中でウジウジしてれば良いんだよ。そうしたら誰も傷つかないからみんなハッピーだ。むしろ俺なんかを見ずに済むからさらにハッピーだな。」


俺みたいな汚物が人の目の前に立つなんて、その人からすれば不幸以外のなにものでもないはずだ。俺がいる時点で必ず誰かが不幸になる。それなら、いない方がマシだ。存在しない方が幾分かマシだ。

欠落者に存在価値はあり得ない。もしそれを見出そうとすれば必ず誰かが不幸になる。


「俺みたいなクズがいるから世界は不幸なんだよ。なにも出来ない、出来たとしても何かを傷つけるだけ。こんなの、いっぺん死んだ方が良……」

ベシン!!!

俺の右頬を何かが叩いた。痛すぎて腫れのような張りを感じるだけで、痛みはなにも感じない。痛すぎて痛覚が遮断されたのだろうか。……予想外すぎて未だに感知できてないのだろうか。


「まるで自分が救いようのないクズみたいに言いやがって………死んだ方が良いだぁ!?お前何様のつもりだ!!」


グン!!

宏美が俺の襟首を掴み、引っ張り上げた!今の俺には、ずっと倒れ続けていたからか、妙な脱力感しかなく抵抗する力がなかったからあまりにも簡単に持ち上げられた。


「で、でも俺は………」

「人を殺してこんなに後悔しているのに、今度は自分を殺そうとするなよ!!そんなに何かを殺したいのかよ!!」


うぐっ………それは…………


「お前は罪の意識とか、責任感で周りが見えなくなっている!!そのせいでお前が刻んだ後悔が、苦悩が、反省が、全て消えようとしているんだよ!!理解しろ!!」


宏美が俺の目の前で怒鳴りつけてくる。顔にかかる宏美の怒声。俺の何かが震えていく……そうだ、こいつはいつだって間違った人間を震わせるのだ。真正面から立ち向かって。


「自分を狭めるな!!閉じ込めるな!!そんなの死んでるのとなんら変わらない!!!」


宏美の言葉が胸に響いていく。……なんでこんなにこいつの言葉は俺の心を打つのだろう。分からない……分かるわけがない……だけど、そうだけど………


「私は何度でも言ってやる!!それでももし変わらないって言うのなら、自分を殺し続けるのなら、偉くないとか凄くないとか俺には相応しくないとか適当にほざいて自分の可能性を狭めるのなら、それならいっぺん死んでこいよ!!そんなの生きてる意味はないからな!!」


……………

声が部屋を反響した。


はぁ……はぁ………

宏美の荒い呼吸音だけが俺の耳を支配していた。小鳥のさえずりなんて聞こえない。風の音なんて聞こえない。目の前のこいつの声だけが………俺の心を打ち続けていた。


「………本当お前、熱くなると口が悪くなるよな。」


俺は顔をそらして、笑った。やはりこいつは俺にとっての虹だ。輝きすぎてて直視できない。鮮やかすぎて真似できない。灰色の俺なんかじゃ比べ物にならない………手の届かない善人だ。


「分かった分かった。もう腐んねーよ、約束する。」

「………ほ、本当か?」


俺は目を開いた。

目の前にある宏美の笑顔。やはり、眩しかった。


「ああ、本当だ。お前に発破かけられたらウジウジしてらんなくなったわ。………そうだな、ひとまず生徒会長にでもなってみるか?」

「うんうん!!いいね!!私がいくらでもサポートしてやる!!」


宏美の笑顔。どうにも俺には強すぎる。まぁ、それでも俺の好きなものだ。絶やさないでおきたいものだ。

………ただ、俺だけが吹っ切れて良いものだろうか。俺だけがこんなに良い人間に救われて良いのだろうか?…………ダメに決まってる。そんなの、認めない。1番の被害者を放っとくわけにはいかない。


「…………そして、イリナも助ける。」

「………イリナって……もしかして、その………」

「ああ、俺が殺した人間のパートナーだ。」


イリナは俺のせいでパートナーを失い、不幸に陥った。その不幸を拭わなくちゃいけない。その為にはまず俺とイリナが会わなくてはいけない………小説がいいな。そこにイリナにだけわかる合図を暗号のように書いておけば近づけることができるからだ。その為にはやはり生徒会長にならなくちゃならないし………いや、それ以上に執筆能力だな。俺小説なんて書いたことねーもんなぁ………


「………やることは多いぞ。本当に手伝ってくれるんだよな?」

「ああ、勿論だ。」


俺はこれから起こる出来事を想像した。

自分は殺さない………でも、殺させてやる。俺は宏美みたいに輝いて生きていけない。人を殺してしまったからだ。この灰色の人生は、あのイリナに裁かれて初めて、普通に戻れる。

希望というよりも、希望にすがりつく泥のような世界が俺の目の前に広がっていた。

重要関連作品

狩虎とイリナが出会い始まった本編まだまだ更新中→https://ncode.syosetu.com/n2411cs/

カイが死んだあの事件とそれ以降をイリナの視点で追っていた作品。全4話約94000文字→https://ncode.syosetu.com/n6173dd/

カイが死んだあの事件とそれ以降を狩虎視点で追っていった作品。全15話約60000文字→https://ncode.syosetu.com/n1982dm/

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