しかくを消して………
「かこにぃ………大丈夫?」
明かりを消し、目を閉じた先に浮かぶモザイク状の世界。チリチリと光をうかがわせるようにザラつきながら蠢く。その世界に僅かにだが光が差し込んだ。どうやら花華が食べ物を持ってきてくれたようだ。
停学を食らってから4日間が過ぎていた。俺はずっと布団にこもっていた。この世界は何もないのに無駄に暖かすぎる。足の筋肉が衰えていくのが嫌にはっきりと感じる。ここから抜け出せなくなる………自分の足で歩けなくなってしまいそうだ。
「………ああ、大丈夫だ。」
俺は目を閉じたまま花華に応えた。扉から漏れる光が今の俺には明る過ぎたからだ。
「大丈夫って………そんなわけないでしょ。かこにぃがいままで人に攻撃したことないもん。よっぽど悩まされているんじゃ………」
「悩むようなことなんて何1つとしてないよ。喧嘩もあれだ、金を取られたくなかったから暴挙にでたんだ。結局人間は金が1番なのさ。」
「………やっぱり、あの世界でのことが…………」
グッ
俺は深く目を閉じた。より残影が強く映ることなど分かっているのに………
「違う。あれのせいじゃない。俺はもう受け止めた。あれで俺の心が乱れるなんてことはない。」
自分が殺人者であることはもう理解している。それによって頭が、感情が……かき乱されることはない。
「………受け止めることと、自分を責めることは違うんだよ。」
ズッ………
食べ物が、俺の机の上に置かれたようだ。音でわかる。
「もっとちゃんと、自分を見てよ。痛みから抜け出せなくなるよ。」
そう言うと花華は部屋から去っていった。
………さすが、常に痛みと戦う者は違う。
コンコン
「入るぞー兄貴。」
ドアをノックして今度は光輝が部屋に入ってきた。忙しいなぁ兄妹よ。
「停学くらってから動いてないってマジ?」
「…………お前らがいない時はブレイクダンスしてるぞ。」
「なんだよ、やっぱり休憩してるじゃないか。運動はいいぞー運動は。嫌なことを忘れられる。」
「ふっ……生憎俺みたいな凡人には嫌な事が沢山あり過ぎてな、運動した程度じゃ全部をふりきれんのよ。」
「頭デッカチ。」
「体が小さいだけだ。運動に向いてないのさ。」
「………………」
ギシッ
俺の椅子に光輝が腰を下ろしたようだ。椅子の背もたれが軋む音がした。
目を開いていないのに見えている現実。それはとても暗くて、光輝の顔すらも見えやしない。ノイズのように世界が不規則な音を立てながら掠れていく。
「…………いつもの兄貴ならもっとスマートにやってたはずだ。」
漂っていた静寂を払うように、光輝が口開いた。
「わざわざ角材でブン殴るなんていう猿以下のことをするなんてらしくない。もっと人間らしく対応できたんじゃねぇのか?」
「…………人が人間の真似をするのは難しい。俺みたいな出来損ないが、スマートになんて出来るわけないさ。」
「………ダメだ、兄貴を説得できる気がしない。本当、ああ言えばこう言う。その口減らしたほうがいいぜ?」
「…………かもな。」
ここのところ毎日光輝や花華、遼鋭、宏美が家に来ては何か言葉を残していく。他愛のない言葉だったり、何か意味がありそうな言葉だったり…………彼らのおかげで口を閉じている暇がない。
「…………人間ってさ、不幸だよな。」
「……なんでそう思うんだ?」
「他の動物と違って、要らないことも考えれるからさ。大切な事が目の前にあってそれで安心………だけじゃ済まない。自分以上のことを、身の回り以上のことを考えてしまう。」
………光輝はサッカーをしていて、そして、強いチームに入っているから、いつも試合の相手を打ち負かす。その時に負けて悔しがって泣くやつを見るから、色々と思うことがあるのだろう。………まぁ、試合前にいつも以上にハードに練習しただけの奴が、毎日ハードに練習している光輝になぜ勝てると思うのか俺には分からないがな。むしろそんなのに光輝が負けたら俺が泣くわ。努力を簡単に才能が食い尽くすのなんて、最低すぎるじゃないか………だから俺はスポ根系の漫画が嫌いなんだ。
「自分の現状をほっぽいて、他人を心配する………辛すぎると思わない?」
「まったくだな、そんな人生送ってる奴がいるのなら可哀」
「兄貴のことを言ってんだぜ。」
ギシッ
椅子が軋んだ。
「自分が今、どれだけの痛みを抱えているのか兄貴はまだ頭で理解していない。体はずっと悲鳴をあげているのに…………常人じゃ狂うレベルだ。」
「そうか?敵を殴り倒せたぞ。」
「心の話をしてんだよ。兄貴は自分で自分を虐める癖がある。勉強でもなんでも、自分にひたすら負荷をかけて虐めぬく。」
「そりゃあ誰だってするだろ。運動だって負荷をかけて自分を鍛えるだろ?勉強だって難しい問題に取り組めば頭が発達するだろ?」
「兄貴の場合は常軌を逸してんだよ。俺達の負荷が殴られる程度なら、兄貴のは頭にかかと落とし10発だ。痛みが比じゃねーよ。」
いや、さすがにそれは言い過ぎだろ………死ぬぞ俺。
「通常でそれなのに、今の兄貴はもっと酷い。剣に突き刺されてるようなもの。なんで死んでないのか不思議なレベルだぞ。」
「だから、そこまでの苦痛じゃないから死んでないんだろ?簡単な話じゃないか。」
「…………チッ、本当、自分を貶す時だけは強情っぱりだな。」
ギッギッギッ
椅子が小刻みに軋む。
「あーー…………これ以上俺が言ったところで意味がないっぽいな。自室に戻るわ。」
「ああ、そうした方がいいぞ。」
ギッ
光輝が立ち上がった。
「…………自分のことぐらい労ってやれよな。」
そう言うと、光輝は光の中に吸い込まれていった。
ガチャ………
そして、俺の周りは真っ黒になった。……いや、目の奥にある砂嵐のような赤と黄色の輝きだけは消えていなかったか…………
………俺は、自分現状を理解している。人を殺し、そのイラつきを抑えることができずに人を病院送りにした最低な人間だ。痛みなど、いくらあっても足りない。俺のこの罪を償うには…………
軋む事のない部屋の片隅で、俺は弾けるような明暗をただ見続けた。
ここから暗いですね……間違いない
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