なぜ思うのだろうか
樟葉さんは右手にコンビ袋を持ち、男の腕を必死に振りほどこうとしていた。コンビニ袋………きっとお気に入りのお茶でも買ったのだろう。
先に言っておくが、俺は結構嫌な性格をしている。もし樟葉さんが不良にでも集られたら全力で逃げると事前に言ってたように、俺は今から全力で逃げるつもりだ。[嫌なことを言ってて本当は助けてあげるんだろう?]みたいなことを期待していた人にはね、申し訳なさが何1つとして含まれていない謝罪をしておこう。ごめんなさい。
宏美なら勝てるだろうが、俺だからねぇ。勉強で鍛えた筋肉でどう不良に勝つというのだ。
「離しててってば!!……あ、狩虎助けて!!」
全力で逃げ出そうと後ろを振り向いた瞬間、樟葉さんが俺を発見したのか俺に声をかけてきた。
………まじすか。
「………おい、狩虎っつったか。ちょっとこっち来いよ。」
わーい!不良の偉そうな人から名指しダァ!全力で逃げてえなぁ!
「逃げたらこの女、どうなるかわかるか?」
リーダー格の男は樟葉さんを取り巻きの奴らに渡した。
わーい!!逃げることも封じられた!!宏美呼びてえなぁ!!
「………はいどうも、弁護士の卵飯田狩虎です。」
俺は何食わぬ顔で不良達の近くまで歩いて行った。
「………お前弁護士志望なのか。」
「ええそうです。得意な攻撃は六法全書アタックと弁護士バッチブラストです。」
「お前ふざけてるだろ。」
「いえ、全然ふざけていないです。機会があったら免許証を持った弁護士に聞いてみてください。これらの会得は合格の最低条件なんですよ。極めた人はクマをも一撃で倒すとか………」
ドン!!
男のパンチが俺の顔面の横の壁に当たる。
うわー………拳痛そう。
「ゴチャゴチャ言ってねぇで金を出せ。」
「………金ですか。あいにくですが持ってないです。ゲームに全部つぎ込んじゃいましたから。」
金を集るタイプか………こういう奴は金を出しとけば攻撃はしてこないから一番楽でいい。まぁ出す気はないがな。クズに出す金はない。
バキ!!
今度は俺の顔面を殴ってきた。どうやら力で俺をどうにかしようとしているらしい。
「どうせ持ってんだろ?早く出せよ!」
バキ!!ドカ!!
リーダー格の男は俺の顔やお腹を殴り続ける。
それでも俺は出す気はない。ノックダウンされて取られるぶんにはどうしようもないが、自分からは絶対に出さない。それはもう小学生の頃から決めていた。
負けるのは構わないが、自分からは絶対に負けを認めない。
「…………」
だが俺は何も言わない。呻くことすらしない。ただ黙って殴られるだけ。
どうやら俺は宏美の攻撃に慣れすぎてしまい痛みに鈍感になってしまったようだ。こいつのパンチや蹴りが何も痛くない。不思議な感覚だ。体の内部が揺れている、脳が揺れている、瞳が霞む。それなのに全然痛くない。だから冷静に物事を観察し続けていた。
俺を殴ってる男の制服……サイズが合ってない。多分誰かのをひったくって着ているんだ。後ろの男達は樟葉さんを掴んだまま俺達を見て笑っている。俺が殴られていることがよっぽど面白いらしい。どこらへんが面白いのかを作文して見せて欲しいなぁ。
「ま、待って!!出す!!私がお金出すから!!もう殴るのはやめて!!」
俺がボッコボコに殴られるのを見ていた樟葉さんは慌てて自分のバッグから財布を取り出し男達に渡した。
バシッ!!
それを男達は荒々しくとると財布の中身を見てニヤニヤと笑っていた。結局奴らはニヤニヤすることしかできないらしい。
そうして俺に対する攻撃は止まった。でも俺は地面にバッタリと倒れた。これだから喧嘩は嫌いなんだ。痛い思いをするだけ。殴った方も手の皮が擦れて痛い思いをする。そんなんで力を誇示しなきゃいけないやつは獣となんら変わりはしない。だから嫌いなんだ。
そして男は俺のポケットから財布を取り出し、自分のポケットにしまった。
「………ずっと思ってたんだけどさ。」
多分奴らはこれからさっさとここから逃げて、食べ物でも買って楽しく遊ぶのだろう。カラオケかな?ボウリングかな?何が面白いのかわからないが、まぁ、そんなところだろう。それが分かっているから俺はこいつらにどうしても聞きたいことがあった。小学生の頃から答えは分かっているが、理解できない考え。それを今この場で理解してみたかったからだ。
「なんであんたらは他人を傷つけてまで物を盗ろうとするんだ?生きる為に仕方なくやってんのか?」
「………変なことを聞いてくんじゃねーよ。」
ベシッ!!
男は俺の顔面を思いっきり蹴飛ばした。
あーーさすがにこれは痛い。顔面に蹴りはなしだろ。
「奪いてぇから奪うだけさ。いや、つーか、奪えるから奪うってのか?だって俺達つえーもん。だから弱い奴らがどんなに痛い思いをしても関係ないじゃん。」
男達が樟葉さんの手を引っ張って、路地から出ようとした。
「他の奴がどうなろうと知ったこっちゃねぇ。俺さえよければそれでいいんだ。………ぶっちゃけ、」
「や、やだ!!助けて誰か!!」
連れて行かれようとしている樟葉さん。多分これから目も当てられないようなことをされるのだろう。でもそんなこもよりも、俺は、このリーダー格の男の一言の方が、今の俺によっぽど凄惨に響いた。
「人殺しをしても俺は何も感じないだろうな。」
………ッッてめぇ。
「弱い奴が悪いのさ。んじゃあ彼女さん借りてぐっっっ!!」
メシィィ!!
俺は通路の脇にあった角材を握りしめると、男の顔面に思いっきり叩きつけていた。
無意識ではあるが、角材の角で思いっきり殴っていた。硬いものを殴るってよりかはゴムで補強された糞を殴ってる感じだった。
「じゃあ今からお前が死ね。弱い奴が悪いんだろ。」
俺は顔面を抑えて地面に倒れている男にトドメの一撃を振り下ろした!!
ゲシ!!
すると他の男の1人が俺の腹を蹴っ飛ばし、俺は壁に背中を打ち付けた。
あーーダメだ。感覚が麻痺してる。なんも痛くねぇ。
「てめぇ!!!俺達に喧嘩売ろうってのか!?」
俺は蹴ってきた男に向かって一歩踏み出し、そして、角材を振り上げる。
「隙だらけだバカが!!!」
バキッッ
男が俺の顔面に右ストレートを放った。でも、痛くもねぇんだよそんなの!!花華のパンチの方が数百倍痛いわ!!
俺は体勢を崩すことなく、そのまま思いっきり肩に角材を振り下ろした。
バキ!!!
骨が割れる音がした。
「ギャァアアア!!!!」
男は肩を押さえ、悲鳴をあげながら壁に体を預けた。こんな痛みは初めてだったのだろう。
それからはもう全力で、無我夢中で武器を振り続けた。正直覚えていない。……いや、1つ奇妙な感覚だけは覚えている。相手の攻撃を食らううちに、相手の動きがわかるようになってきたのだ。着実に、男達の攻撃が当たらなくなっていた。高揚感。じゃない……墜落していく気味の悪さ。
気がつくといつの間にか身体中が血だらけになっていた。返り血と自分の血だ。大通りから漏れる電灯に向けて腕を突き出し、光を浴びた。真っ赤で鉄臭い。なぜこんなものを男はカッコいいと言うのだろうか。血生臭いだけなのになぜ言うのだろうか。
周囲には呻きながら倒れている男7人。全員どこかしこの骨が折れているせいで起き上がれないらしい。それにリーダー格のやつは顔面に一番キツイのを食らっている。起き上がれるわけがない。
この光景を見て、暴力に訴える小物は暴力に弱い。切実にそう思った。
「あ………あ、え?あ……………」
そして呆然と立ち尽くす俺の前で、震えながら座っている樟葉さん。恐怖と混乱でいっぱいといった表情だ。………しょせん人殺し。向けられる表情はこんなもんだろう。
「これから救急車呼びますんで、逃げるのならばさっさと逃げてください。」
そう言い、俺はバッグから携帯電話を取り出し119番に電話して、今起こったことを詳しく説明した。
その間に樟葉さんはビクビクとしながらこの場から去っていった。それが当然の反応だ。
「医者の話によると相手方のは全治1ヶ月の大怪我だそうだ。」
翌日、俺は壁山先生に職員室に呼ばれた。
「本当なら2週間の停学になるのだが………お前が素直に自分のしたことを認め、正当防衛であったがために1週間の停学だけということになった。ちゃんと課題をやって1週間後ちゃんと学校に来るように。」
「………分かりました。」
俺は頭を下げて職員室を出ようとした。
「………なぁ狩虎。今回のはちょっとお前らしくないな。本当は何があった?」
すると壁山先生が話しかけてきた。教師というよりかは身近な大人といった口調。これからの会話は、教師と生徒の関係じゃないってことか………
「………言った通りですよ。1人でゲームセンターに行った帰りに、不良に集られて殴られ、財布を取られそうになったので、暴力を振るいました。ただそれだけです。」
「………まぁいい。お前が決めた行動だ。私が否定してお前が隠したがってる部分を蒸し返すわけにはいかんだろう。ただまぁ、なにか困ったことがあったら相談しろよ。お前がこんなことで潰れていくのは見たくない。」
「………ありがとうございます。」
俺は職員室を出てそのまま家に帰った。
人殺しを厭わないとあいつは言った。でもどうせ本当は、あいつは、人殺しをするつもりなんてさらさらなかったんだろう。世間では簡単に「殺す」なんていう言葉が使われているからな。あいつもそういう俗物と同じ人間だったに違いない。所詮はファッションだ。
………でも俺は、その言葉に反応して本当にあいつを殺してしまいたいと思ってしまった。もしあそこで攻撃を妨害されていなかったら、確実にあいつの骨髄を陥没させて殺していたと思う。死ななかったとしてもどこか麻痺するか植物状態となっていたはずだ。
手のひらに残っている人を殴った衝撃。じんわりと麻痺したように………分厚くなっている。
………結局、俺は人殺しで、ダメな人間なんだなぁ。
そう思えば思うほど、頭の中の[あの]映像は膨らんでいった。
これからどんどん狩虎の思考のるつぼにハマっていくことになります。真っ暗で泡だらけです。
重要関連作品
狩虎とイリナが出会い始まった本編まだまだ更新中→https://ncode.syosetu.com/n2411cs/
カイが死んだあの事件とそれ以降をイリナの視点で追っていた作品。全4話約94000文字→https://ncode.syosetu.com/n6173dd/
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