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3.江上弥生(委員長)



 私は優等生顔をしている。

 非常に頭のよさそうな、お堅そうな、真面目そうな顔だ。


 しかし、中学の時の成績は並の下だった。小学校のときもあまりよくない。普通に馬鹿だった。


「思ったより馬鹿なんだね……」とびっくりされることも多かった。

 私のお母さんは国語教師みたいな顔をしているし、お父さんも生まれたときから公務員みたいな顔をしているのでこの顔は遺伝なのだ。しかし、見た目とは裏腹にそこまで学力の高い家系でもない。そこもしっかりと受け継いでいる。呪われた家系だ。


 今行ってる高校の偏差値は並だ。素行のよさでなんとかギリギリ推薦で入ったので勉強はせずにすんだ。試験結果が張り出されることもないので一年のときは馬鹿は隠していた。しかし、そのうちばれるだろう。委員長でもないのに、委員長というあだ名までつけられた。このままでは高校でもあまりに見た目と合わないとガッカリ、あるいは馬鹿にされるだろう。


 私はこの家に伝わる代々の呪いを打ち砕くために有名進学塾に通うことにした。実際賢くなれば何も言われまい。

 塾に入るための試験すら一度落ちてだいぶ挫けそうになったけれど、二回目でなんとか入った。甲斐あって二年になってからは高校のクラスでは秀才になれたがこれは猛勉強してやっとこれだ。それより上にはまだ壁がある。


「すげー頭良さそうな顔してんな」


 塾に入ってしばらくしたころにたまたま隣に座った他校の男子生徒に声をかけられて、またか、とそちらを見ると、あまり頭のよくなさそうな顔をしていた。

 馬鹿っぽいわけではないが、身体が大きくて、どう見ても脳筋の体育会系だった。


 しかし、彼は私とは真逆で昔からそこまでやらなくても勉強ができてしまうタイプのようだった。

 適当にやってもいい点が取れるので最初はそこまで勉強に面白味も感じなかったようだけど、あるとき大学受験の過去問が教室にあって有名難関大学の問題が解けなくて、そこで初めて勉強に興味を持って、自分の学校より難しい問題を教えてもらうためにこの塾に入ってきたらしい。


 話を聞いてこういう人は私とは分かり合えないと思った。


 私は今いる高校で見た目相応の優等生になりたかっただけで、そこまで難関大学に入りたいわけでもない。勿論そこそこの大学に入れればいいなとは思うので、そのためにも人並み以下の頭を人並みより少し上しようと頑張っている。


 賢い脳筋体育会系は名前を赤田と言った。


 隣に座ったその日、消しゴムを忘れてきた赤田君に分けてやって、その後の休み時間に少し話した。

 私は見た目の割にさほど賢くないこと、赤田君は見た目の割にそこそこ賢いこと、そんな情報の交換をして、多分明日からは話もしないと思っていた。


 しかし、赤田君は私が見た目ほど賢くないことと、我が家に伝わる呪いの話に何か面白味を見出してしまったようで、次に塾に来たときもなぜだかニコニコ笑いながら挨拶をして隣に座ってきた。


「赤田君、部活とか入ってるの?」


 必要以上にデカい身体を前に当然の疑問をぶつける。ラグビー部とか、似合う。あるいはバスケ、野球、柔道。


 返ってきた返事は「ラーメン」だった。何かまるで心を読まれたかのような衝撃でどきんとした。


「あら、運動部じゃないの?」

「え、俺運動苦手じゃないけど特別好きじゃないんだよ。身体がでかいのは遺伝だし……」

「え、ラーメン? ラーメンて、部活でラーメン?」

「三人しかいないから、正式な部活にはなってないんだけどな……ラーメン研究会」

「は? え?」

「ちょっと変わってるだろ。でもなんか友達同士で集まってラーメン食ってだべってるだけだから」

「ラーメン……研究会」

「江上は見た感じだと文芸部とか? 生徒会とか……あ、でも中身は違うんだっけ」


「ラーメン……」


「へっ」

「だから、私も幕翠女子ラーメン研究会なのよ!」


 顔を見合わせて沈黙の後に二人で笑って、あっという間に打ち解けた。ラーメン好きに悪い奴はきっといない。


 私はそのときあまりにテンションが上がって、考えなしに二校でのラーメン会合の約束をしてしまった。後から考えてだいぶ後悔した。


 しかし、塾以外でも赤田君と会ってみたかったのだ。





 ラーメン会合を口実に何度も業務連絡をし合って、一週間もするころには私は彼が豚骨醤油が好きなことや、替え玉のある店で7回それをやったことなどにすっかり詳しくなった。


 もっと知りたい。

 味噌ラーメンは、どうなのか。

 煮干しダシはどうなのか。

 細麺と太麺ではどちらが好きなのか。好きな女の子のタイプは。

 今なにかおかしなものが混じった気がするけれど、とにかく、赤田君はとても良い奴だった。もっと仲良くなりたい。





 しかし、会合はまったく盛り上がらなかった。

 普段は豪快なゴウカイギャーこと桜子が借りてきた猫のような顔で麺をチビチビ啜り出すし、元々大人しい志乃にいたっては摘まれた瀕死のハムスターのような動きしかしなかった。


 食後に公園で集まったときに赤田君が周りの様子を見て、私にだけ聞こえる小声で「みんなあんま乗り気じゃなかった? ゴメン」と謝ってきた。


「ううん、その、みんな緊張しちゃってるみたい」

「……俺んとこも、青河は普段はもうちょい騒がしいというか、砕けた奴なんだけど……あ、石黒は普段からあんな感じだけどな……」

「やっぱり近所のいつもの店じゃなくて、変わったお店に行ったほうが盛り上がったのかしら」

「いや、そういう問題でもなさそう……」


 そこから赤田君が手招きして少し近付いてさらに小声で言う。


「あくまで見た目の話なんだけど……青河はあの、桜子さんみたいな感じが好きで、そのせいだと思う」

「えっ、ぜんぜんそんな風に見えないわよ……」

「桜子さん大人しそうだから……青河性格的にはああいうタイプその、あまり得意じゃないんだよ、大人しい子は何話していいかわからないんだと」

「あぁ……」


 桜子は普段は決してあんな感じではないのだが、言われたくなさそうにしていたので黙っておく。


「石黒は、普段からローテンションであんな感じ。ゴメン! でも青河まであんなだと思わなくて……」

「こっちこそゴメン……みんな緊張して普段の調子が出ないみたい。あ、志乃は普段からオトナシノって言われてるくらい大人しい子なんだけど……まさか桜子があそこまで萎縮するなんて……」


 ふと気がついて周りを見るとみんなバラけていた。赤田君が頬をぽりぽりと掻いて言う。


「今度……ふたりで行く?」

「え、ラーメン?」

「うん、本当は江上を誘いたかっただけなんだけど、周り巻き込んで……なんか悪いことしたなぁって」

「うん……私も……そう思ってた」


 なんだか気恥ずかしくて、眼鏡のつるをクイクイ上げながら返した。





 休日に約束をして待ち合わせた。

 だけど、私は放課後は部活のない日は塾に行ってるのでバイトをしておらず、今はちょうど遠出をする程のお金がなかった。


「ごめんね、結局近場になっちゃって……」


 駅前の見慣れた道を赤田君と歩きながら言う。


「いや、もう俺は単に……江上と休みに会って話したかっただけだから」

「えっ!」

「ほら、塾の休み時間だけだと、いろいろ、話すにも限界あるだろ……」

「そそそそうだね……ゲンカイアルよね……」


 漫画の中国人のような返答をしながら歩きがぎこちなくなる。


「普段そっちはどんな活動してんだ?」

「うちは週一で、希麺屋、麺ばしょっと、天龍軒をローテしてるわ」

「俺らんとこも似たようなもんだけど、会ったことないよな」


 詳しく聞くと曜日がズレていた。


 駅前の雑貨屋なんかをぶらりと見て、お昼は近場の天龍軒ですまそうと店のある路地に足を踏み入れた。


「あれ?」


 奥に知った顔が見える。

 桜子と青河君、それから志乃と石黒君だった。二組向かいあって、青河君と桜子は手をパタパタ振って一生懸命何かうったえていたが、石黒君と志乃は首を捻って、店に入っていった。


 路地に残った青河君と桜子の二人に声をかける。


「あ、お前らも昼飯? 天龍軒だけは止めておいたほうがいいよ」

「……なぜ?」


 赤田君を見ると彼もぽかんとした顔をしていた。


「なんでもなにも、店の親父が青春を憎んでるの!」


 桜子も妙なことを熱いテンションで伝えてくる。


「でも俺腹減ったなー」

「私も……」


 もうお腹が天龍軒の塩ラーメンモードに入っている。


「お前らも言うこと聞かないんだな……」

「知らないよ……」


 青河君と桜子が止めるのも聞かず、店に入った。


 店に入ると店主が私と赤田君を見てクワッと目を見開いた。


「アカぁァァアア……やゆょういちゃんまで……!!」


 その形相に扉の前でびっくりして立ち尽くす。

 奥のテーブルでは平然とした顔の石黒君と青い顔の志乃がプルプルしながら座っていた。テーブルには水が置いてあったが、相当乱暴に置いたのかべちゃべちゃに溢れている。


「お前らは〜! なんだよ! なんなんだよ!? 俺が高校生のころなんてチキンラーメンと結婚するって言ってたぞ!!」


 店主はお玉を中華鍋にガンガンぶつけながら叫んでくる。何なんだはこっちの台詞だ……。誰もいないからよかったものの他の客がいたらドン引きで卒倒してるぞ。


 赤田君が私の肩を抱いて黙って店を出て扉をしめた。まだ扉の外にいた青河君と桜子が揃って「……な?」と言わんばかりの顔で見て来る。


 十秒後くらいに石黒君も志乃に引っ張られて出てきた。志乃のメンタルだと限界だったのだろう。脂汗をかいていた。


 全員で黙って立っていると『不純異性交遊撲滅!!』と赤い字で書いたハチマキを頭に巻いた店主が、お玉と中華鍋を手に真っ赤な顔で勢いよく外に出てきた。


「待て!! おめェら!! 俺の高校時代唯一の甘酸っぱい、チキンラーメンの思い出を42回聞いてからけェりやがれ!!」


 全員で悲鳴をあげて逃げた。


 とりあえずあの店も店主もいろんな意味で心配になる。



 走りながら可笑しくて笑えてきた。


 疲れて立ち止まったころには他の人達とははぐれていて、また赤田君と二人きりになっていた。


 息を整えて赤田君を見ると全然疲れていない。流石だ。目を合わせてまた声をあげて笑った。


 結局近くのファーストフードに入った。


「ていうかあいつら……付き合ってたのか? 江上なんか知ってた?」

「あ、ちょっとだけ知ってたわ。青河君と桜子は先週一回会ってて、なんか大失敗したとかなんとかで、今日は二回目。志乃のほうは……たぶん今日初めてじゃないかしら。びっくりした」

「あー……俺のほうはもっとぼんやりだな。石黒の様子がおかしかったから、青河と影で、あれは相当気にいったんだなって、こっそり話してたけど」

「何がおかしかったの?」

「話してたろ?」

「……え、志乃と? まぁ、話してたけど……なにかおかしいの?」

「あいつ学校では女子と全く話さない」

「え、そうなの?」

「バイトが深夜だからか、いつも眠いんだろうな……話しかけられてもねむい、とかしか返さない」

「……そうなの」


 愛想が悪いほうとは思っていたけれど、そこまでとは。

 ほうと溜息を吐いて目の前の赤田君を見ると、黙っていたけれど、目が合うと笑った。


「また、会合開く?」

「……え、ラー研の?」


 先ほどの桜子と志乃を思い出す。


「…………いいかも」


 ニンマリ笑って答えた。


「天龍軒以外で」

「うん、あそこ以外で」


「その前にもう一回くらいは二人で遊ぼうぜ」


 そう言われて、嬉しいけど恥ずかしくなって、今度は何も言わずに頷いてみせた。




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