エピローグ
「皆、本日はご苦労。各々の訓練成果、しかと見せてもらった。全員が素晴らしい成長を遂げていたこと、何の飾りもなしに評価する。今日進級出来なかった者でも、必ずや戦士として世界に通用する実力を手に入れられるだろう。
では、三名の合格者を発表する」
今日この日が特別だということで、夕食はおばちゃんたちが本気を尽くした豪勢な貴族式のパーティー料理が並んでいた。しかし起立している生徒全員は、そんな色とりどりのテーブル上に目もくれず、じっとミスリアに注目して発表を待っている。
頃合の精霊を掴み、ミスリアは息を吸った。
「アザリカ・ベルチ。
イルフィナ・エイレイン。
マリアン・エスリン。
以上三名、マスタークラス進級とする」
ワアア、と歓声。そして温かい雨のような拍手。この場の精霊に嫉妬の悪意がまるで無いことから、生徒全員納得の合格者なのだろう。
エフィリーも、ミルルも、マテリアも、にこやかに拍手していた。……ちょっとまだ目を合わせるの怖くてまともに見れないけれどね……。
「それから」
ゴホン、とミスリアが咳を入れ、拍手を引かせた。
「開幕試合のアザリカ・エフィリー戦であるが。
ここで正式に、あの試合結果を「引き分け」と発表する。
試合内容は予想外に人知を超えた技の応酬で、双方「魔法を使ったのでは?」などと噂されているようだが、間違いなくあの試合は正々堂々とした武闘試合であった。
あの試合を見たからこそ、己の闘志に火がついた者も多かろう。今回の試験結果はそれが如実に現れていると感じられた。
試合の最後は私が強制終了させた形になってしまったので、改めて皆、闘ったアザリカとエフィリーに拍手を送ろう」
ミスリアが率先して手を叩く前に、全員が先ほどよりもさらに大きい歓声を交えて、アザリカとエフィリーを心から賞賛した。
エフィリーはもう涙目になっており、グシャグシャの顔で何度も何度も頭を下げていた。
そうだよな。この学園で……いや、もしかして初めてなのかな。
君がこうやって、他人からその存在を認められるというのは。
嬉しいはずだよ。だって俺も、自分のことのように誇らしいからね……。
俺が勇者として戦っていたのも、強大な敵を倒して己の強さを実感するためではない。
脅威を取り除き、こうして大勢の笑顔に囲まれて……「ありがとう」の声を聞きたいがために命をかけたんだから。
「では、いただこう。皆、今夜は大いに労え! ……乾杯!」
……まあ、逃げられないよネ。
乾杯の後は無礼講で、皆がパーティーのように好きに席を立って食事とお喋りを楽しんでいる。だから……台所に隠れていようとも、エフィリー、ミルル、マテリアの三人は俺のところにやってこれる。怖い精霊を表情に宿し、にこやかに微笑みながら。
もしかして撤退はかなりの悪手だったのかな……。ハハハ。
俺はミルルに正座させられつつ、アザリカの一件を必死に弁明した。あれは向こうが勝手に言い出したことで、俺は無関係だと。
それが真実なのに、「これだから男はいつも自分勝手!」と益々好感度メーターは下がっていくのが全く持っておかしい。
本当に、女の子は、ワカラナイ……。
結局我がデシが「ジュドウさんを信じますから!」と押し切り、天使マテリアも「エフィリーがそう言うのでしたら、そうなのでしょう」と同意して、運命の子裁判は二対一で俺の無罪が決まった。俺の弁明がまるで通ってないのにちょっと納得いかないけれど、薮蛇になりそうなので突つかないでおこう。
「しかし、残念だったな」
もうこの話題にならないよう、俺は全然別の話を三人に提供する。
「エフィリーはともかくガーネラゼルフさんにマテリアさん、二人は試験に合格出来そうな実力なのに。どうしてあの後二人とも試験を棄権しちゃったんだ?」
そう言ったら猛烈な勢いでミルルに足を踏まれた。
「バカバカッ! もう、本当にデリカシーのないっ! 何でそれをエフィリーの前で言うのかしら!? 信じられませんわ!」
え……? 俺、何かマズイこと言った……?
そう思ってエフィリーを見たら、確かに彼女はすまなさそうな、久々に見る自分を責める時の表情を見せていた。
「えっ……どうして……? どうして二人とも試験受けなかったの……?」
そうか。エフィリーは知らないのか……。
あの試合の後、この二人はずっとエフィリーの傍にいた。俺もそれが当たり前だと思っていたけれど、よくよく考えてみれば試験を放棄してまでそうする理由が見当たらない。
……何となくは察するけれど、聞くのは野暮というものなのかな。
ミルルはしきりに自分の縦巻きを指でクルクルいじっていたが、やがて言葉が纏まったのかフン、と鼻息を鳴らしてエフィリーに答えた。
「エフィリー、貴女の名誉を重んじるためですわ。分かっているでしょうけど、近日私たちは戦士としての役目も兼ねて、メイジアの式典に参加します。
その時三人揃った私たちの中、貴女だけ落第していたら色々と面目が立たないでしょう。
ですからあえて、私とマテリアは足並みを揃えたのです。
これはノブレスオブリージュ、持つ者の義務です。弱者に強者が合わせるのは、当然のことですわ」
「ミルルはあんなこと言っているけど、本当はちょっと違うのよ。
エフィリー、私とあなた、ミルルは聖書に定められた運命の絆があります。
私たちはいつでも三人一緒。……本当はもう一人、アシュインさんがおりますが、女の子同士の大事な親友として、私たちはいつも三人一緒。ただ、それだけのことなのです。
そしてそれが何より大事なことなのです。だからエフィリー、気兼ねしないでいいのよ。
その代わりあなたもずっと、私たちと一緒に……いてくださいね」
そう微笑む天使の笑顔に、飛びつかない者などいるだろか。エフィリーはわぁっと泣いて、両手を開いて迎えるマテリアの胸の中に飛び込んだ。
「やっとミルルも素直に認めてくれたの。あなたが私たちと同じ道を歩む運命の子だって。
試合の中で、泣きながらそう叫んでいたんだから」
「ちょっとおおおおお! マテリアッ!? 変なこと言わないでくださいますっ!?」
「お顔が真っ赤ですわ、ミルル。照れてしまったのね」
「こっこここ、これは怒りで真っ赤になっているのですっ!」
その時エフィリーがミルルの腕を掴み、引き寄せた。三人が一丸となって、それぞれの顔を間近にする。
「ありがとう……ございます。ガーネラゼルフさん。
あたし……あたし……。今まで迷惑かけた分、絶対に……頑張りますから……!」
そんなエフィリーの涙声に、ミルルはふっと優しく笑って、小さな肩を引き寄せる。
「貴女は自分で証明したのです。己が「持っている者」だということを。
認めるのは当たり前です。そして……ごめんなさいね、エフィリー。私は貴女に今まで随分と厳しく当たってきてしまいました。それも認めます。私の個人的な感情によるものです。
どうか、許してくださいませ」
「そ、そそそそんな! いいんです! 本当のことですし! 謝るなんてそんなっ!
いいんですガーネラゼルフさ――」
ブンブンと首を振るエフィリーの前に、ミルルはビシっと人差し指を突き立てる。
魔法にかかったようにエフィリーがピタリと止まったのを見て、ミルルは続けた。
「それとエフィリー」
「は、はい」
「……私たちは対等です。ですからその……。
め、面倒臭そうなので、呼び名は「ミルル」で結構ですわ」
嬉しさのあまり大声で「ミルル!」と叫んだエフィリーが全員の注目を集めてしまい、真っ赤になったミルルに殴られていたが……
それを含めて、よかった。何もかも。
俺もエフィリーを通して、やっとというか、ようやくというか……本当にこの学園生活に溶け込めた気がする。カチューンの言っていた「この世の天国で、女の園」という幸せいっぱいな空気を、本当に実感出来るように……なった。
今のこの空気を守ろう。いつまでもミスリア女学園が厳しくも幸せであるように。
俺が今守るべき世界は、ここだ。そして――
奇跡の出会いを得たエフィリーとその運命の子たちも、ずっと見守っていこうと思った。
――世界は精霊で出来ている。
――どうか学園の未来と彼女たちの行く末が、幸せな精霊で満たされますように。
<ミスリア女学園には勇者がいる? 終>