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【introduction ――試合――】

 試合開始の号令は出たが、奇妙なことに二人は構えようともしなかった。

 並んだその様子を見ると、体格の違いからまるで大人と子供。それは見た目に限らず実力もそうであると言えよう。

 小柄な「子供」のほう、エフィリーは掛け声に合わせて目を瞑り、のちぼんやりとした視線でどことない宙を眺めているように見える。

 対峙する「大人」のほう、アザリカは子供をあやすのに構えるのは大人気ない、とでも言うかのような棒立ちで、エフィリーの様子を伺っていた。

 しかし二人の審判を務めるキクミは知っている。アザリカの立ち姿は一見戦闘行為に臨む姿勢ではないが、訓練で教えた「自然体」がきっちり出来ている上での「構え」なのだ。その一方でエフィリーは……よく、分からない。

 全然出来ていないようにも感じるし、一方で体術の奥義である「無配」を体現しているようにも感じる。キクミですらその域には未だ達していないので判別はつかないが、エフィリーの気配が「何も感じない」に至っているのは確かのようだった。

 だからアザリカも動かないのだろう、自然体の構えは相手の動きに合わせる受けの姿勢である。だから相手が何もしてこないのは、こちらも何もしないという動きに結論するのだ。

 戦闘の究極的な目標は「勝つこと」ではない。「争いを終わらせること」である。

 すなわち「戦闘開始」と号が出て、お互い何もしないのなら「戦闘終了」であり、その点で二人の目標は達せられたことになる。理屈はそうだとキクミは授業で教えているが、いかんせん今の二人にはそこではなく、お互いの技量を交わすことを第一にしてもらいたい。

 しばらく動かない二人にその意を伝えようとキクミが息をついた時、一瞬早くにアザリカが対戦相手に言葉を投げかけた。


「エフィリー、遠慮はいらねえよ。かかってこい。あたしも騎士の家の子だ、正々堂々をモットーにしているからな。

 正直、あたしから仕掛けたらあっという間に終わっちまう。それじゃオマエの為にならないだろう。少しでも「戦い」をやりたきゃ、オマエからきな」


 アザリカの言葉に、エフィリーは戸惑っている様子だった。その意味は――何となくキクミは分かるような気がしていた。

 そもそもエフィリーが攻撃に出たとして、その技がアザリカに通ずるだろうか? ということである。彼女のそれはキクミの見る限り未だ人を打倒するのに不十分で、未熟だ。本人も分かっているから、こうして二の足を踏んでいるのだろうと思う。

 だが何かが吹っ切れたのか、エフィリーは明らかに覚悟を決めた様子になって、「無配」を解いた。拳を固め、訓練で何度も練習していたすり足を使い、一応は様になっている構えでアザリカの懐に入り――

 簡単にアザリカの蹴りを受けた。大柄な彼女の足はエフィリーにしたら丸太で殴られたような感覚だろう。実際大きく横に弾ける彼女の姿を、キクミはそんな絵で捕らえていた。

 一応は防御したようだ。でなければ立っていられない。しかしエフィリーの足取りはその一発で最早危うくなり、勝負の行く末が明らかになったように思えた。

 終わりか、と告げるように、アザリカが前に出る。彼女の一歩は大きく、速く、ほとんど一足で完全に間合いを詰めてくる。対峙した者から見れば時間と距離の感覚を簡単に奪われる踏み込みだろう。ゆえに次に繰り出される攻撃を避けるのは難しい。

 難しいはずだが、死に体のエフィリーはそれをキレイにかわした。アザリカの攻撃が足を高く上げた後の踵落としという大技だったせいもあるが、それでもエフィリーは最小限身体を動かすだけで軌道から外れた。アザリカの踵が体の傍を掠めても、目で追わないし表情も変わらない。よく見ればまだ回復しないだろうと思われたダメージは、彼女の身体から抜けたようだった。その「変わらない表情」でキクミは判断した。

 アザリカはそれを認識しているのかどうか分からないが、自分の間合いに入れたエフィリーに対して一撃必殺となろう大きな攻撃を惜しみなく繰り出していく。

 回し蹴り、腰溜めからの中段突き、大柄な体躯を生かした体当たり、フルスイングで放つ左右のフック……。

 大振りだが、決して遅い攻撃ではない。そもそも彼女の攻撃を間近に感じて捌ける驚異的な冷静さ、鉄の心臓を保つことは経験を積まない少女の身では難しいだろう。

 しかし――エフィリーはキクミが口に感嘆を漏らすほど、極めて自然体でそれらの攻撃を捌いていた。動きは少なく、動揺もなく、相手の攻め気を完全に察知しているような理想の防御だった。

 これはひょっとしていい勝負になるのでは?

 キクミがそう密かな期待感を抱いた時、勝負は一気に傾いた。

 アザリカの攻撃が止まり、明らかに大きな隙がエフィリーの前にできる。当然彼女はそこを狙って渾身の突きを入れようとするが――

 エフィリーの攻撃面の稚拙さと、アザリカの熟達した受けの差が、そのままエフィリーに対するアザリカの鮮やかなカウンターとなって現れた。

 己の攻撃の間に相手の攻撃を死角から側頭部に受けたエフィリーは、それで倒れるかと思えたが、驚異的な粘りで耐えた。

 だが結局耐えただけだった。アザリカの反撃は一撃ではなく連撃となって放たれており、続く左のフック、そして右の突きを鳩尾に入れられ、エフィリーの小躯はフワリと宙に浮く。

 膝を着いて前のめりに倒れるエフィリーに、アザリカはもう腰を入れて右の蹴りを用意していた――

 が、キクミがそれを止めた。

 幻の蹴りだったが、エフィリーはそれをもらったかのように……

 顔面から地面に伏した。


「……寸止めするつもりだったさ。キクミ先生なら分かってただろう?」


 アザリカはそう言い放つとピタリと止めていた蹴りのモーションをゆっくり元に戻す。

 ハッ、と笑うように息をつき、エフィリーに向かって背を向け、そして歩き去った。

 ……つまり。


 エフィリーはアザリカに、敗北したのだった――。




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